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Andrew Groveさんの思い出

セミコンダクターポータル既報の通り(参考資料1)、インテル社を率いたGrove氏が先月に逝去されたと、伝えられた。私は光栄にも1967年にご本人にお会いしたことがあったので、急にそのことを思い出した。本人の御冥福を祈りつつ忘れないうちに書いてみたい。

1967年に米国のワシントンDCで、半導体デバイスの学会であるIEDM(International Electron Device Meeting)が開催された。この会議に出席して先端のシリコン技術を学んで来て報告するように、と会社から命ぜられて出かけた。その国際会議場で幸運にも筆者はGrove氏と短い時間ながら交流することができた。

もちろん、当時はFairchild社の研究所のトップで働いていたGrove氏は、つとに有名で、その名は我が国でも知れ渡っていたので、お名前だけは筆者も知っていた。有名なのは当然で、既に大量の技術論文を発表していた。

その論文の一つは、参考資料2に示した有名な論文だ。MOS構造をツールとして使って、MOSに関わるシリコンとその表面を覆う熱酸化膜との界面の物理を調べる画期的な方法なのだ。勉強のためにそのような論文を読んでいたのはラッキーであったと言えよう。

初日、IEDMの学会で席を確保して待つと、数人の部下を連れたGrove氏が現れた。その中にフローマン-ベンチュコブスキー(Frohman-Bentchkowsky)博士がいた。この方は、ユダヤ系でラストネームが長いために筆者はよく覚えていた。ハイフンを入れるとアルファベットで20文字にもなる。筆者が興味を持ったのはボスのGrove氏が何と呼びかけるかであった。ファーストネームはDovなので呼びかけは、「ドブ」なのだろうか?答えは直ぐに出た。Grove氏は、筆者の目の前で「ドクターフローマン」と呼びかけたのだ。「なるほど」と納得が行った。神聖な学会の始まる直前に筆者はこのように不届きなことを考えていた。ドクターフローマンは今やよく知られたEPROM(Electrically Programmable Read Only Memory)の発明者だ。

筆者は上記の参考資料2をはじめとして、Grove氏の論文を読んでいたので、質問してみたらどうだろうと次に考えた。どうせ会社に戻れば出張報告をさせられる、それならそれに花を添えるためにもGrove氏に質問すればエピソードになる。IEDMのセッションが終わった最初のブレーク時間に、論文に関して、自己紹介後に筆者はよく選んだ初歩的な質問をした。具体的なその中味は今、覚えていないが、即答を期待したのだ。Grove氏からの即答はすぐに得られた、そして「君は、MOSを何年経験している?」と尋ねてくれた。易しい質問であったので答えはすぐに出てきた。実は、筆者は当時4年程度MOSの勉強をしていた。

驚いたことにその国際会議場にはもう一人のよく知られた人物がいたが、最初はわからなかった。Grove氏がその方に話しかけたので知ることができた。「Dr. Sze,….あなたの新刊のご本は確かに、p-n-p-nデバイスのことなどを網羅していますが、最新のMOSについての内容は少ないですネ」。S. M. Sze博士は当時Bell Laboratoriesで活躍しており、「Physics of Semiconductor Devices」なる著書を発表していた。その著書は日本でも間もなく販売され筆者も読んだ。あらゆる半導体デバイスを扱った名著である。Sze博士はGrove氏に対して「あの本は半導体デバイスに関する百科事典を目指し、大学院生のバイブルになる」旨の発言をされた。

確かに国際学会は価値が高い。半日出ただけでこれほどの収穫があった。会社に帰ったらこれらをよく報告し宣伝しよう、と思った。

エイデム 代表取締役 大和田 敦之

参考資料
1. さようならAndrew Groveさん、安らかに (2016/03/23)
2. A. S. Grove, et al; "Investigation of Thermally Oxidized Silicon Surfaces Using Metal-Oxide-Silicon Structures" Solid State Electron., 8, 145 (1965)

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