英国特集2009・テラヘルツの開発進めるグラスゴー大、ミリ波製品を加速するMMIC
テラヘルツ領域への応用が見えてきた。テラヘルツは1GHzの1000倍高速の周波数である。波長に直すと、0.3THzすなわち300GHzは1mmの波長に相当する。電波の波長がミリメートル単位であるミリ波は、高級車の衝突防止レーダーに使われている。その周波数は60GHzや77GHz帯であり、その波長は5~6mm程度である。こうなると半導体回路やプリント回路基板でマイクロストリップラインを作り、ミリ波デバイスをモノリシックに設計できる。テラヘルツ領域での応用にはいくつかあり、それを意識した上での研究開発をグラスゴー大学が進めている。MMIC Solutions社は早くも製品を続々出している。
テラヘルツの研究は、これまでのような周波数を上げてより広帯域、より高速という応用だけではない。ミリ波以上の周波数となると、電波というより光としての性質に似てくる。直線的に飛び、途中で遮られると伝搬しない。水分は吸収する。硬い金属物は跳ね返す。干渉縞ができるという回折や屈折といった性質も見え始める。その割に、可視光以上の性質も備えている。例えばやわらかなものは透過する。
こういった性質を利用すると全く新しい電波の応用が開けてくる。セキュリティ関係では、拳銃やナイフを隠し持っている人間を発見できる。従来の金属探知機では発見できなかったセラミックナイフでさえ、くっきりと判別できる。医療関係では、ガン細胞と正常細胞の透過率の違いを利用してガン細胞を識別することもできる。歯内部の虫歯や炎症を起こしている症状も見つけられる。食品関係では、古い野菜や果物と新しいものとを区別できる。半導体チップに応用すると、パッケージの上から内部の例えばボンディングワイヤーの状況を透視カメラのように見ることができる。さらに、紙幣に透かしや目に見えない情報を埋め込めば偽札を判別できる。商品のタグの代わりに情報を紙に埋め込み、その読み取りセンサーとしても使える。こういった応用は、従来の光デバイスや電波デバイスではできなかった応用だといえる。
これまでできなかった応用がはっきり見えることで、テラヘルツ研究が活発になっている。一方で、従来の通信技術の延長にある4G通信の先などの応用になると、電波の伝達が直線的すぎて通信などには使われにくくなるが、そこにもMMICは市場を見つけた。
ラベルに埋め込んだ情報をテラヘルツ電波で読み取る(グラスゴー大学)
周波数を1.56THz(左)にすると拳銃が見えるが0.35THz(中)では見えない
テラヘルツ電磁波(電波)研究の難しさは、電磁波そのものをどうパワーアップするか、さらに半導体デバイスで発生できるか、である。フェムト秒のパルスレーザーを半導体材料に照射して表面で発生した、直流にパルスを変調した形で短いパルスを発生する。このパルスの高調波としてTHzの電磁波を発生させるというやり方が多い。半導体デバイスを発振させて電波を発生するやり方では、300〜500GHz程度にとどまっている。テラヘルツ電磁波の出力は小さいため、受信器をアレイ状に並べスキャンしてイメージを捉え、フーリエ変換など画像処理を繰り返しながらイメージを作っていく。
グラスゴー大学では、テラヘルツ帯の電波を制御するためのいろいろな部品を試作している。ガンダイオードを用いた発振器をアバディーン大学と共同で試作したり、電波の振動方向を変えられる偏波器、周波数を変えられるフィルタ、電波の飛んでいく向きを変えられるビームステアラー、電波を強めるために絞り込むフレネルレンズなどを試作した。
これまでのテラヘルツ用の部品や発振器は体積が大きく、まるで検査装置や製造装置ほどもある。グラスゴー大学での試みは、固体部品を使って小型化、持ち運び可能にすることだ。このことにより、光、電波に替わる第3の波を手軽に制御し、応用を広げていくことになる。これまでのところ、まだテラヘルツ帯で使えるほどの発振器はまだ存在しないし、部品の性能も不十分ではあるが、新たな市場が開けてくることは間違いない。
小型化、携帯化で大きな市場目指すMMIC
テラヘルツまではいかないが、ミリ波の各種部品やデバイスを小型にして使えるレベルに上げて来ている企業が3年前に設立されたばかりのベンチャーMMIC Solutionである。狙うべき応用はやはり、セキュリティ向けの透視カメラや、自動車用レーダー、そして60GHz/70-80GHzの通信である。テラヘルツ帯よりもセキュリティ性能は弱いが、着実に市場のありそうなところから参入していく。
MMICの手掛けるのはミリ波デバイスの小型化である。従来は導波管を使ったやや大きなモジュールが多かったが、それを小型で安価な回路基板上に実現する。例えば、従来のミリ波無線機だと35cm四方程度の大きさがあったが、これを回路基板で実現すると16cm×6cm程度に小型になる。94GHz帯の3段受信機では9cm×3cm×2.5cmあったものが、5.4cm×0.5cm×0.6cmと大幅に小さくなった。
ミリ波の応用では、分解能や感度を高めるためには受信機をアレイ状に多数並べる必要がある。このため装置に占める部品コストは高くなる。受信機1台から1個という小型の単位にすると装置の価格は下がる。例えば、装置コストを現在25万ドルから10万ドル、5万ドル、2万5000ドルと下げることは可能だ。受信機をアレイ状に並べミラーとスキャナーで対象物を走査することでイメージを検出するというわけだ。
同社が開発した94GHzのプラスチック基板の受信機MSi100は、3段のローノイズアンプを含み、GaAsFETやSiGeFET、GaAsICを利用している。「ミリ波帯は軍用通信や産業用に向く。軍用だと中東などの砂に対しては透過するため都合がよい。食品産業では食べ物の中に入ってしまった金属物を検出できる」と同社社長兼CEOのRodger Sykes氏は言う。開発したMSi100受信機は、米国の軍用エレクトロニクス企業のQinetiQ社に納めている。
最近は民生でも、WirelessHDのようにミリ波を利用したHDTV用のリモコン市場が立ち上がりつつあるが、同社は民生には進出しない。「民生市場は競争が激しいため、今後の戦略はより高い周波数帯や高いバンド幅の方向へ行き、ワイヤレスアクセスまでは狙うが、民生には行かない」とはっきり言う。例えば4G通信でも3〜4kmの短距離なら、ワイヤレスアクセスからバックボーンへ飛ばすというような応用がありうるとしている。
MMIC Solutions社長兼CEOのRodger Sykes氏
MMICは3月19日、57-64GHz帯の通信モジュールMSx600を開発、発売した、最初の顧客は米国のHXI社だ。1Gビット/秒というデータレートで全二重化の通信をサポートする。無線のギガビットEhternetに使える。
同社は今のところ、米国と欧州の顧客を獲得したが、この6カ月以内に日本の顧客にも通信用・産業用を中心に回る予定だ。