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EUVリソグラフィのCost of Ownership (CoO) −ASML NXE:3800Eをモデルに−

2024年12月に国産半導体メーカー ラピダス社が同社北海道工場に国内初となるEUVリソグラフィ(EUVL)装置(NXE:3800E) を1機導入した。価格は500億円と報じられており(参考資料1)、ボーイング777の価格の約2倍、ジェット戦闘機F35A(約120億円)の約4倍と、超弩級の金額だ。半導体デバイスの製造で利益を上げることははたして可能なのか否か、どの程度の価格の製品をどの程度量産すれば収益を上げられるのか?本稿では多くの人が関心を持っているのであろうこの問題を、「Cost of Ownership (CoO)」(いわゆる運転コスト)の観点から吟味する。

著者:元NEC中央研究所 鈴木克美

EUVL装置とマスク価格

高価なEUVL装置が500億円とし5年定額償却とすれば、露光装置1台の原価償却費は100億円/年となり、単純計算すれば1秒間あたり約18420 円になる。更に、EUVLはマスクも1枚あたり4500万円(参考資料1)(2021年3月時点)と超高価格だ。EUVL装置とマスクコストの飛躍的な増加は、半導体サプライヤーがそれらを導入する上で極めて高い障壁となっている。

EUVL装置価格については、従来様々な価格が報じられてきたが、EUVリソグラフィの研究も行われているニューヨーク州アルバニーの半導体研究拠点に初期から参加している東京エレクトロンの関係者が、2023年発表の記事でEUVL装置の平均価格を390億円と記している(参考資料2)。この時点でもArFレーザー露光機などのオプティカルステッパの価格と比べると圧倒的に高価だが、その後さらなる改良・バージョンアップを経て、今や一民間企業がおいそれと購入できるものではなくなった。

一方、EUVLのもう一つの重要なツールであるEUVLマスクには、波長13.5nmのEUV光を効率よく反射するよう、Si(シリコン)とMo(モリブデン)の薄膜を両者の繰り返しピッチが6.5nmになるように40層ほど交互に積み重ねた多層膜基板が用いられ、通常のフォトマスクと比べると製造工程が複雑かつ難しくなる。加えてEUV光はあらゆる物質に非常に吸収されやすいため、異物やコンタミネーション対策も特段に厳しいレベルが要求されることから、前述のように非常に高価になる。

また、ラピダスがEUVLで目指しているとされる、いわゆる2nm世代(実際の最小パターン寸法は10nm前後)では、光の回折現象による転写像のボケを低減するために、本来のパターン形状に様々な補正を加える必要があり、1枚のマスクに必要なデータ数は補正が不要な場合に比べ飛躍的に増加する。同時に、1層のマスクパターンを2層に分けて多重露光処理しなければならないクリティカルな露光工程が多くなるため、EUVLマスクの必要総数は1種類のデバイスあたり20〜30枚にも達する。この結果、1種類のデバイス製造に必要なEUVLマスクの総額はおよそ10億円に達すると予想される。
上記の諸事情から、EUVLの導入に際しては、CoOの分析が極めて重要である。

CoO計算式

ウェーハ1枚を1回露光するのに要するコストCは次の式で求められる(参考資料3)。

C = (CD + CO + CS)/ (T・N・U・Y) + CM + CR・・・(1)

ただし、これらの変数は以下のとおりである;
CD: 露光装置の年間減価償却費(5年償却)
CO: 露光装置の年間運転費用(消耗品代とその交換費用+メンテナンス費+用力費+オペレーター人件費)
CS: 建屋及びクリーンルーム設備の1m2あたりの年間減価償却費 ✕ 装置の設置スペース(m2)
T : 露光装置のスループット(300 mmウェーハ/h)
N : 露光装置の年間総運転時間(あらかじめ計画された定期メンテナンスの期間を除きフル稼働させた場合の運転時間)
U : 露光装置の実稼働率(製品ウェーハの露光時間割合。キャリブレーション、露光条件出し、パイロットウェーハの露光などの時間はアイドリング時間としてカウント)
Y : 露光プロセスの歩留まり
CM: ウェーハを1回露光するのに要するマスクコスト
CR: ウェーハ1枚を1回露光するのに要するレジストプロセスコスト


EUVリソグラフィ・コスト要素の吟味

露光装置の消耗品代及びその交換費用、メンテナンス費、実稼働率、歩留まりなどは、論文、インターネット、専門誌、新聞等で公にされた数値をかき集めた次第だが、企業秘密事項として一般には明らかにされていない数字も少なくない。また種々のパラメータをターゲットの機種(NXE:3800E)に限定して取得することができないケースもある。こうしたケースでは、類似システムあるいは施設の数値を引用する場合もあることをお断りしておく。

以下、具体的な数値とその根拠を示す。
a) EUV露光装置減価償却費CD
露光装置価格:500億円(参考資料1)、減価償却期間:5年(定額法)から、CD = 100億円。

b) 露光装置の年間運転費用CO
主なものは年に1回交換が必要とされているEUV集光ミラー(参考資料4)の交換費用、EUV光源となる微小Sn液滴供給ノズルの交換費用、ペリクル交換費用、EUV光源の電力費、光源モジュール内に供給される水素ガス代など。以下、項目別に吟味する。

b-1) 集光ミラー交換費用
集光ミラーはSn(スズ)プラズマから放射されるデブリによるエッチングやコンタミの影響を受けるため、一定期間ごとに交換する必要がある。Snターゲット液滴サイズの最適化によるデブリの低減や、Snプラズマと集光ミラー間に水素ガスを流して集光ミラーへ到達する各種粒子を阻止することなどにより、ミラーの寿命は大幅に改善され、現時点では1年に一度とされている。
集光ミラーはEUVL装置の消耗品の中で最も高額なものと思われる。しかし、その価格に関してはインターネット、専門誌、新聞等で過去に公開された資料にも見当たらない。EUV光による構造解析や光電子分光用の集光ミラーがEdmund社から約345,100円で市販されている(参考資料5)ものの、照射面積は微小で済むのでミラーは直径25mmと小口径であり、しかもレンズの表面粗さは1桁以上大きい<3 nmとされている。一方EUVL用レンズの表面粗さは<0.1 nmが要求され、加えて直径はNA 0.33世代のもので650 mm (40kg)、NA0.55世代では120 cm (350 kg)(参考資料6)と大口径であり、反射面のうねりやひずみ、欠陥に対する許容度要求も桁違いに厳しくなる。上記の諸事情と、EUVL装置の価格とを勘案し、NXE:3800Eを想定した本稿では集光ミラーの交換費用を1億円(推定)とする。

b-2) 微小Sn液滴供給ノズル交換費用
液化Snに約280気圧を加え、インクジェットと同様の仕組みを用いて直径約27µmのSnターゲットを50,000個/秒という超高速サイクルで発出させ、CO2レーザー光を正確に照射してプラズマ化させ、EUV光を発生させる(参考資料7)。ノズルの先端は集光ミラーと同様にプラズマ光源から飛来するSnイオン等の衝撃を受けて徐々にエッチングされるため、約6カ月ごとに交換する。小さな部品ではあるが、ノウハウの塊であり、極めて高精度な加工が必要となるため、ここでは交換費用も含め1回につき2千万円、計4千万円/年と仮定する。

b-3) ペリクル交換費用
三井化学工業(株)がpoly-Si薄膜(膜厚50nm)を用いたEUVL用ペリクルを販売しており、更にCNT製次世代ペリクルを2025-2030年の実用化を目指してIMEC, ASMLと共同開発している(参考資料8)。また、リンテック(株)も同様のCNT製ペリクルを2025年度中に量産開始する方針を打ち出している(参考資料9)。現時点ではEUV用ペリクルの価格は公表されていないが、152 mm角のEUVマスクを50 nmという極薄膜で覆う必要があり、しかも無欠陥という厳しい要求に答えなければならないため、その製造の難易度を考慮して、ここでは1個あたりの価格を、交換費用を含め1千万円とする。また、交換頻度は各月1回とし、年間1.2億円と仮定する。

b-4) 用力費(電力費)CE
EUVL装置の主な電力は光源で消費される(集光ミラー等の冷却にも相応の電力が使われるが、ここでは無視する)。EUV光は前述の通り50-60kHzの繰り返し速度で専用ノズルから連続射出される直径約27µmのSn粒子に超高輝度のレーザー・ビームを照射して発生するプラズマから放射される。Sn粒子のサイズや粒子間の距離、発出周波数などは長年にわたる研究開発の結果得られたものだが、同時にEUV光の強度を増すために、レーザーの高出力化が図られ、NXE:3800E には500 kWのCO2レーザーが用いられている。EUVL装置の年間総運転時間T(1日24時間運転)は、後述の計算から最大で約8580 hと見積もられるので、年間の電力費CEは次式のようになる。

CE = 20.88✕500✕8580 = 89575200 ≒ 9✕107

ただし、北海道電力の電力料金(特別高圧60,000 V):20.88円/kWh(2025年2月18日時点)(参考資料10
上記の結果、露光装置の年間運転費用Coは次のようになる。
Co = 10✕108 + 4✕107 + 1.2✕108 + 9✕107 = 12.5✕108 (12.5億円)

c) 建屋及びクリーンルーム設備の年間減価償却費(EUVL装置設置面積分)CS
ラピダス社のEUVL装置が設置された建屋の建設コストは単独では公表されていない。そこで、ほぼ同等クラスの施設と考えられるTSMC熊本第一工場 (72,000m2、1.29兆円)を、参考にして減価償却費(5年定額償却)を見積もり、EUVL装置の総設置面積分(装置本体サイズ:10.3 m ×3.3 m)(参考資料10)、レーザー光源サイズ:装置本体と同等と仮定)、計68m2)に割り当てて算出することとする。
CS = 1.29✕1012✕1/5 ✕68/72000 = 1.5✕108 (1.5億円)

d) EUVL装置のスループットT
スループットは、ラピダス社が導入したASML社の最新機種NXE:3800Eのカタログ値220枚/h(参考資料11)とする。

e) EUVL装置の年間総運転時間N
極めて高価なEUVL装置故に、必要不可欠な定期メンテナンス(集光ミラー交換、Sn放出ノズル交換)と縮小投影レンズやペリクルのクリーニングに必要な時間以外は連日24時間フル稼働が求められる。定期メンテナンスの主なものは、前述の集光ミラーとSn液滴生成ノズルの交換である。集光ミラーの交換に必要な時間(または日数)は、初期の露光装置では2週間という長さであったが、露光装置の世代交代ごとに短縮され、NXE:3800Eでは2シフト(1回/年)とされている。ミラー交換に伴う条件出しなども考慮すれば、少なくとも1日は必要と思われるが、年末年始休止期間(ここでは1週間と仮定)中に行うことで、実質的に無視できる。

Sn液滴生成ノズルの交換は年2回必要とされているが、少なくとも1回は集光ミラーの交換作業に合わせて行うものとすると、これによるダウンタイムは半日/年となる。なお、NXE:3800Eでは、不慮のダウンタイムは無視できる程度に成熟したとみなし、これを無視する。この結果、露光装置の年間稼働時間(最大値)は、年末年始休暇7日とノズル交換半日を除く357.5日、8580時間となる。

なお縮小投影光学系に関しては、レジストを塗布したウェーハを露光するのに伴い、レジストから揮発する有機ガスから遊離したカーボンが表面等に付着する。このカーボンコンタミは、光学系に水素ガスを供給しつつEUV光を照射することによって生ずる還元作用で除去している、したがって、厳密にはそのクリーニング時間も考慮すべきだが、無視できるレベルということであり、ここでも無視することとする。

f) EUVL装置の実稼働率U
EUVL装置の稼働率は、例えば参考資料4にNXE:3400Bの実績値として約78%というデータが報告されている。しかし、NXE:3600Dシステムのカタログ・スループット値160枚/hと、同機で2022年6月に記録した1週間あたりの瞬間最大処理ウェーハ数2900枚(1時間あたり17.26枚)とから、稼働率を計算すると10.8%となる(ただし、露光装置は24時間フル稼働した場合のものとして算出)。しかし、後者のデータは2022年とやや古く、その後種々の改良が加えられていることを考慮し、ここでは実稼働率をNXE:3400Bの実績値として78%とする。

g) 露光プロセスの歩留まりY
露光プロセスの歩留まりは、半導体量産工場の利益に直結する重要なファクタであり、各社ともこれを100%にするために日々改善を進めているはずである。しかし、歩留まりの数値は企業秘密であるため、ここでは簡便のために100%とする。

h) ウェーハ1枚を1回露光するのに要するマスクコストCM
EUVLマスクの価格が公表されることはほとんど無いが、2021年に4500万円と報じられたものがあり、その後4年間のさらなる微細化の進展や物価高の傾向を考慮し、ここでは1枚5000万円と仮定する。
また同一マスクを用いて露光する期間を1年とし、1ヶ月の処理枚数を1万枚と仮定する。

その結果、ウェーハ1枚を1回露光するのに要するマスクコストCMは次のようになる。
CM =5000✕104 /1✕104✕12 ≒ 417
100円未満の数値は他のコストとの割合で無視できるので、CM ≒400(円)となる。

i) ウェーハ1枚を1回露光するのに要するレジストプロセスコストCR
EUVレジスト(従来の化学増幅型)は1ガロン(4.546L)あたり約500万円である。12インチウェーハ1枚あたりに使用されるレジスト(スピンコート塗布)は約10mlなので、ウェーハ1枚の露光に使用されるレジストコストは1回あたり11,000円となる。

EUVLコスト計算

前節で明らかにした各コストを計算式(1)に代入し、ウェーハ1枚あたりに要するEUVL露光コストCを算出すると、

C = (100✕108 +12.5✕108 + 1.5✕108) / 220✕8580✕0.78 + 400 + 11000
≒ 7700 (露光装置関連コスト)+ 400(マスクコスト)+ 11000(レジストコスト)
≒ 19100(円)

となる。EUVLの利用が期待される最先端デバイスは、高度なAIやHigh Performance Computing(HPC)に分類されるような、超高付加価値半導体であり、それらの製造にはおよそ80枚ものマスク(露光)工程が必要とされる。そのうちEUVLが利用されることが想定される、いわゆるクリティカル・レイヤーは20数層であり、量産ラインではほぼクリティカル・レイヤーの数に等しい台数のEUVL装置が設置されることを考慮すれば、EUVL工程だけでもウェーハ1枚あたりにかかる露光コストは約40万円、ArF等の露光工程を含めるとざっと100万円にもなる。半導体の製造工程にはリソグラフィ工程以外に酸化、CVD、メタル・スパッタリング、エッチング、研磨、洗浄、スライシング、ボンディング、検査等々の工程が400-600工程もあり、それらのコストも加わることを考慮すれば、トータルの製造コストはウェーハ1枚あたり200-400万円にはなるだろう。

12インチウェーハ1枚から取れるチップ数は、チップ面積が150mm2で約400個、180mm2で約300個なので、仮に300個と仮定すれば、上記の推定中心価格ではチップ1個あたりちょうど約1万円となる。極めて荒削りな見積もりで恐縮だが、EUVLの本格利用を考えている半導体メーカーに、少しでも参考になれば幸いである。


ウェーハ単価は200〜400万円に

多くのコスト要素を推定で見積もった荒削りな見積もりではあるが、ウェーハ1枚あたりのEUVLコストは1露光につき約19100円、最先端AIデバイスなどの製造プロセス全体のコストは、ウェーハ1枚あたり200-400万円、約180mm2のチップでは1個あたり約1万円の製造コストがそれぞれかかることが明らかになった。また、当初は露光装置関連コストが支配的になると思われたが、レジストコストがその1.4倍になるという意外な結果も得られた。しかし、EUVL装置関連のコストは、露光装置の稼働率やプロセス歩留まりを推定しうる最大値に仮定して見積もった結果であり、ミラーのコンタミや様々なパーティクルに極めてセンシティブなEUV露光故に、実際には露光装置関連コストが支配的になり、それと同時に、上記に示した露光コストも大幅に跳ね上がる可能性が大いに有り得ることに留意すべきである。

参考資料
1. 北見晃太郎、NHK News WEB、(2024/12/19)
2. 伊藤元昭、「半導体の微細化に不可欠なEUV露光技術の現状とこれから」、東京エレクトロンTelescope Magazine Science report、(2023)
3. K. Suzuki,“CoO analysis for next generation lithography”, SEMI Forum Japan, 2004.
4. Saad Hasan, “New cleaning method for EUV machines-a game changer for chipmaking”, TRTworld
5. 極端紫外(EUV)用平面ミラー、Edmund社カタログ、
6. “ASML‘s high-NA and hyper-NA EUV: An update
7. “EUVL part 2 ASML EUV light source
8. 「2023年度第3四半期決算概要及び2023年度業績予想の概要」、三井化学工業
9. 「半導体微細化に貢献・・・EUVペリクル量産へ」、ニュースイッチ、日刊工業新聞、(2024/07/16)
10. 「標準電圧30,000Vまたは60,000Vで受電されるお客様向け料金単価表」、北海道電力HP
11. “ASML’s High-NA EUV Lithography: A 2024 Update

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