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光学の発展と応用―省電力AI開発のヒントを探して

現代のAI機器が抱える消費電力の課題解決に向けてイノベーション技術を探る目的で、セミコン分野に隣接する分野の岡目八目を行ってきた。バイオ分野はニューロンの仕組みなど省電力システムを探る目的で見ておかねばならない。前報2編(「医工連携の進化を望む(その1)および(その2)」)におけるバイオの中でも特にAIに近いと思われる医工連携を覗きその課題と対策を記述した。DNAの損傷、回復のメカニズムに関する説明一つを見ても医の実践の場である病院の説明は一般患者にとって難解である。一方工学の実践の場である工場では作業ミスを防ぐため、データの「可視化」を基にわかりやすさを第一にした作業指導を行う管理技術も使われている。工学では管理技術と要素技術とが車の両輪なので、医学もその両輪を合わせて取り込み、医工連携を図る必要性を説いた。切り口が的外れだったのかもしれないが、医工連携からはAIの省電力イノベーションに関する予兆は見いだせなかった。

省電力という観点でフォトニクスや量子産業もセミコン産業と隣接している。引き続き本稿ではこのフォトニクス分野、特に光学分野に絞り、岡目八目を続けよう。結論から言えば、この分野からはAIの消費電力問題解決のヒントもいくつか見られたので、以下に筆者の所感をまとめたい。いずれもまだ技術では萌芽ともいうべき段階で実用化には至っていないが、セミコン分野にもヒントとしては大いに参考になると考えている。

前報の流れからここも医学分野から入る。光学が医学分野に貢献した例は数多い。例えばコロナ時代に活躍した血中酸素飽和度(SaO2)を測るパルスオキシメータは、測定やモニタ用として身近な例であろう。これは日本光電の青柳卓雄博士による1974年の発明(参考資料1)で、筆者が肺の手術を受けた約30年前には既に臨床で使われていた。当時はまだ現在のような小型軽量化が普及する前であり、弁当箱ぐらいの大きさのセットにつないだ端末を指先に装着して測定するものであった。看護師(当時は看護婦)さんが首からセットをぶら下げてベッドを巡回したものである。それと比較すると今の小型軽量化に至る進展は目をみはるばかりである。青柳博士の論文はGoogle Scholar でも検索できるが、最近でも博士のご郷里である新潟の地方紙「新潟日報」に2024年4月28日の特集として詳細な記事が掲載されている(参考資料2)。その他パルスオキシメータに関する学術的な総説例(参考資料3)も多いので、より深く知りたい読者はそちらをご覧いただきたい。

近年の光学応用医療技術例

医療分野で活用されている光学技術や光学機器の例はそのほかにも枚挙にいとまがない。
最近でも光技術専門誌「月刊OPTRONIC」が防衛医科大学校川内聡子教授の統括による「光技術が拓く―脳・認知科学の最前線」特集を組んでいる(参考資料4)。そこでは二光子励起顕微鏡による神経回路のリアルタイム観測(参考資料5)や、光遺伝学による記憶のメカニズム探求(参考資料6)、そしてパーキンソン病の治療例(参考資料7)、また近赤外分光法による脳認知科学研究例(参考資料8)など、最近の成果がそれぞれの専門家によって解説されており、顕微鏡観察や光技術活用医療技術、そしてDNA技術にも触れた圧巻である。言うまでも無くDNA技術はナノの次につながる技術なので、我々もまた注目しておく必要がある。

筆者が調べたことも加えながら順に概略を紹介する。それにはまず二光子励起顕微鏡の復習から始めねばならない。これも古く1931年に論文が出ていて(参考資料9)、実現が予見されていたものである。蛍光体にレーザー光を照射して励起すると一光子励起と二光子励起、場合によってはそれ以上の多光子励起が起きる。二つ以上の光子を発生させるには強い励起光が必要だが、被写体が強い光で観察中に変化するのを避ける意味もあり、フェムト秒パルスレーザー光が使われている。また近紫外光を用いると、生体深部まで到達しやすい。頭蓋骨を薄くすればマウスの頭の中も覚醒状態で観測でき、リアルタイムで神経細胞間のネットワークを研究できるようになった。この研究はAI分野でも省電力ニューロン回路の開発に参考になろう。

しかし従来の二光子励起顕微鏡は視野が狭いのが欠点であった。それを克服するには高性能の対物レンズの開発が必要である。量子科学技術開発研究機構量子生命科学研究所上席研究員高橋弘之氏と同博士研究員田桑真奈美氏は広視野化された二光子励起顕微鏡を用いて最近の研究をまとめ、将来を展望している(参考資料5)。

また近年記憶の形成や保存のメカニズムも研究が進んでいる。既に光照射のもとで光遺伝学手法により神経作用を操作できるようになってはいるが、「記憶」に特化した操作は困難であった。京都大学白眉センタ特定准教授の後藤明弘先生は記憶形成時にコフィリン(cofilin)という蛋白質が、記憶を形成するスパインという構造体内に顕著に集積されることに着目し、マウスを用いて光でコフィリンを不活性化して記憶を遮断し、記憶作用を制御する方法を見出した(参考資料6)。人間の脳がAIより格段に省電力なのは、必要に応じて記憶を遮断し、また思い出せるからであると考えれば、このような研究も省電力AIシステムの開発には参考になるだろう。

光を用いた疾患治療の研究も多くなされている。その例として慶應義塾大学理工学部准教授小川恵美悠先生が光線療法の一つであるフォトバイオモデュレーション(Photobiomodulation:特定の光を照射してミトコンドリア内の代謝を促進する療法)と光渦を用いたパーキンソン病治療方法の研究を解説しており(参考資料7)、またハーバード大学マサチュセッツ総合病院助教授の柏木哲先生は同じく第二近赤外光フォトバイオモデュレーションで脳梗塞治療の研究をレビューしている(参考資料8)。さらにまた東京大学大学院薬学系研究科副研究科長富田泰輔先生はアルツハイマー病に対する光認知症療法の開発状況(参考資料10)をまとめている。このような研究は一見AI技術とは関係なさそうであるが、AI機器の故障診断や、その故障個所を回避して人工頭脳を正常動作させるリダンダンシー技術を考えるときに参考になると思われる。

このほかにも詳細は省かせて頂くが参考資料4では、東京都医学総合研究所夏堀晃世主席研究員による睡眠と脳代謝の研究や、更にまた新潟大学人文社会科学系(人文学部)准教授小林恵先生による他者認知の発達過程を近赤外分光法で研究された報告もある。筆者は医学専門ではなく抄録すらうまく記述できないので、ご興味がある読者はそれぞれの原文を当たってほしい。AIのメモリ保持や維持の省電力化に役立つ何らかのヒントが見つかるかもしれない。

更にまた学会誌「応用物理」では光誘導加速システムの紹介がなされている(参考資料11)。光誘導加速システムとは「『光の力』や『光の熱』が引き起こす流れを巧みに利用した光濃縮により、 多種多様な生体サンプルの機能を遠隔的かつ非破壊に計測・制御するシステム(Light-induced Acceleration System; LAC-SYS)」であると説明されている(参考資料12)。その技術をDNAに適用すると、抗原抗体反応を加速できる(参考資料11電子付録図C1(a))とのことである。

この光濃縮で情報圧縮もできるのではないかと思い、試みにWebに「光誘導加速」と「情報圧縮」を入力すると、東京科学大学腰原伸也教授のもとで、すでにその研究がなされていることを知った(参考資料13)。不勉強を恥じながらその記事を読むと、「光誘起相転移を利用した光デバイスを開発できれば、情報の書き換え速度を1,000倍以上に高速化できる上、大幅な省エネルギーが図れます。(原文のまま)」とある。まさに本稿執筆の目的である次世代AI技術開発に直結する記事であった。筆者にとってこの度の岡目八目で得た大きな成果でもあった。腰原教授の御研究も次世代AI技術開発の上で注目しておく必要がある。ご興味を持たれた読者はぜひ参考資料13をお読みいただきたい。

また同じ応用物理学会誌では、大阪大学高等共創研究員講師馬越貴之先生も近接場光学顕微鏡の新技術をレビューされている(参考資料14)。その中の図3(e)に蛍光染色DNAの高速近接場蛍光像が掲載されているので、これもDNAを観察できる技術として注目してよい。セミコン分野におけるナノ以降の技術開発にも関連するので、今後も研究のご発展を祈りたい。

このような最近の光学分野の進展には目を見張るばかりである。昔の教科書には出ていないことばかりで、筆者にはネットの情報を頼りに理解してついていくのがやっとであるが、ここでは主に参考資料5と11を元に愚見を記述する。

シミュレーション技術の活用も必要

今まで見えなかったものが見えるようになるのは画期的である。望遠鏡の分野でも宇宙の果てを調べて宇宙の始まりに迫ろうとしている。同じように顕微鏡の世界では微小寸法の極限まで観察が試みられている。AI機器製造技術分野では電子顕微鏡が主であるが、もし例えば真空にする必要が無い微小寸法観察技術が新たに登場すれば、ナノスケール以降の次世代のデバイス製造工程で、TEG寸法チェックやパターン形状モニタとして使用可能となる。本稿をまとめていた段階で、学士會会報に大阪大学名誉教授河田聡先生が「ナノの世界をこの目で見たい―光で分子を見る」という興味深い記事を発表された(参考資料15)。ラマン散乱光を飛躍的に増強させる技術であり、これも注目しておく必要がある。

別件の古い話でもあるが、以前、筆者は清浄化技術の研究で、フォトレジスト露光工程における管理すべきパーティクルの大きさの最小値を追求したことがあった。普通に考えれば、単なる波動論では露光波長より小さなパーティクルは管理しなくてもよいはずだが、どうも実態と異なるのが気になっていたからであった。

そこでパーティクルの大きさと実際のフォトレジスト露光パターンとの関係をシミュレーション技術で検討した(参考資料16)。そこではフォトレジストの露光パラメータと現像パラメータを使って計算し、実験結果と照らし合わせる手法をとった。その結果、露光波長より小さなパーティクルでも正確なパターン形成のためには無視できないという結論を得た。光学技術を製造現場に展開する場合は、対象となる材料や副資材などの物理定数も関係してくることに注意しなければならない。

医学分野で最新の顕微鏡技術を適用する場合にも、AIを用いて最も適した蛍光物質を選択することや、その蛍光物質の物理定数を用いてシミュレーション検討することも有効であろう。近年のシミュレータは上記の筆者たちが用いたシミュレータとは比較にならぬほど進化している。しかしながらもう一般化してニュース価値も少ないためか、AIや最新の各種シミュレーション技術の活用した報告は最近あまり見かけない。将来のAIシステムやAIデバイスの開発のために、既存のAI技術の活用も有効なので、ぜひシミュレーション技術の活用も検討してほしい。

光誘導加速反応中のDNAは観測中に変化しないものであろうか

光で化学反応をコントロールするアイデアは半導体製造技術の一つであるCVDやエッチングの世界では古くから活用されている。前記で紹介した飯田教授の光誘導加速反応技術はDNAを対象とした例もあり、かつDNA編集にかかわる最新技術である(参考資料11の電子付録C1の図)。

しかし杞憂であればよいが、誘導加速中に、何らかの予期せぬ反応が起こる可能性も否定できないのではなかろうか。特にDNAに関しては光照射中に意図しないDNA編集が自動的に進み、さらには何らかの遺伝性の優性癌が目覚めないかという点も懸念される。実用化に当たっては光誘導加速反応で一本鎖を用いて得た二本鎖の細胞寿命や、その後の細胞分裂でDNAコピーが正常に行われるかなど長期的な視点からの実用化研究も必要になろう。

実用化に向けての更なる進展を期待して

言うまでもなく本稿で記述した最新の成果も、それを実用化する場合は別の努力が欠かせない。いわゆる「実用化のための新しい考え方」が重要になる。東京大学名誉教授で元東京大学総長の吉川弘之先生が説かれる「第2種技術開発(参考資料17)」が必要なゆえんでもある。早いものでこの資料は発刊後20年以上になるが、その重要性は今も変わらない。

そこでは第1種基礎研究として「未知現象を観察、実験、理論計算により普遍的な理論を発見、解明、形成する研究」(原文のまま)と定義している。それに対して第2種基礎研究は「この第1種基礎研究で形成された普遍的な知識を選択し、融合、適用を繰り返して、その試行錯誤の中から新たな普遍性のある知見を導き出す研究」を指す。前者の成果は論文になりやすいが、後者はノウハウや企業秘密などが絡むため公表に制限が加えられことも多く、そのため評価もされにくい。いわゆる泥臭い仕事である。しかしこのような努力無しでは実用化はあり得ない。吉川先生らは「単なる応用研究ではなく、競合相手との競争を伴った場で実用化を目指すための新しい考え方が産学連携の谷間で必要になる」と述べておられる。

本稿の端緒は省電力AI技術と、それに関連する革新的デバイスの生産技術を探索する意図であった。その意味で光学技術分野ではかなりの収穫があった。ますますの発展と早期実用化が促進されることを心から祈念し期待したい。「光誘導加速」、「光濃縮」、「光誘起相転移」などに見たような次世代AI開発に役立つヒントに、筆者のみならず、僭越ながら、血が騒ぐセミコンダクタポータルの読者も居られたのではないだろうか。そのようなヒントに触れられるとすれば、時々このような岡目八目を行う意味もあると思う。

謝辞
毎回のことであるが、査読をして頂いた津田建二編集長に心から感謝し、御礼を申し上げたい。また当初の原稿段階では、本稿は前報医工連携(その1)と(その2)の前に記述し、通貫した1編であった。しかし読みやすく3編に分割し、かつ医工連携2編を先にアップしていただいた経緯がある。江刺正喜東北大学名誉教授には御多忙中にも拘らず分割前の段階でご一読いただいていることを記し、合わせ厚く御礼申し上げたい。


参考資料
1. 例えば江刺正義、本間孝治、戸津健太郎、「エレクトロニクス関連の産業創出」、東北大学出版会刊、p.315、(2025年4月)
2. 貝瀬拓弥(東京支社)、「血中酸素計測に革命起こすー長岡出身・青柳卓雄さん」、「パルスオキシメーターの原理を発明―世界を救った逆転の発想」、新潟日報2024年4月28日第3面特集(新潟日報デジタルプラス)
3. 小坂誠、吉田愛、大江克憲、「パルスオキシメータの原理」、日本集中治療医学会誌、J. Jpn. Intensive Care Med., Vol.23, No.6, pp.625-631 (2016).
4. 川内聡子総括、「特集 光技術が拓く脳・認知科学の最前線」、OPTRONICS No.519、pp.78-79、2025年3月号
5. 高橋真奈美、田桑弘之、「二光子励起顕微鏡の広視野化と生命科学・医学応用への展望」、 同上、pp.80-84.
6. 後藤明弘、「光不活性化技術を用いた記憶操作法の開発とその応用」、同上、pp.85-88
7. 小川恵美悠、「Photobiomodulation および光渦によるパーキンソン病治療の可能性」、同上、pp.95-98.
8. 柏木哲、「第二近赤外光Photobiomodulationによる非侵襲的脳梗塞治療」、同上、pp.99-103.
9. 例えば二光子顕微鏡 2光子顕微鏡 - 脳科学辞典のRef.1として
Goeppert-Mayer, M, “Über Elementarakte mit zwei Quantensprüngen. Annal Physik 9, 273-294、 (1931)
10. 富田泰輔、「アルツハイマー病に対する光認知症療法の開発」、同上、pp.104-108.
11. 飯田琢也、「光誘導加速システムの医療・食品・環境計測への応用と展望」、応用物理94巻(第5号)、pp244―248。(2025).中でも電子付録図C1の図(a).
12. 大阪公立大学LAC=SYSTEM研究所ホームページ.
13. 「光を当てると物質が変化する『光誘起相転移』で革新的デバイスを実現 - 腰原伸也」、顔 東工大の研究者たち、 vol.32
14. 馬越貴之、「近接場光学顕微鏡の新技術」、応用物理、第94巻、第5号、pp.254-258、(2025)
15. 河田聡、「ナノの世界をこの目で見たい―光で分子を見る」、学士會会報、No.973、pp70-76、(2025―検
16. 例えばM. Kamoshida, H. Inui, T. Ohta. K. Kasama, “Simulation of Influence of Particles on Photoresist Films for Lithography”, J. Appl. Phys. 77(6). 2791 (1995)
17. 吉川弘之・内藤 耕 編著、「第2種基礎研究―実用化につながる研究開発の新しい考え方」、日経BP社刊、(2003年12月)

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