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AppleがiPhone用CISをソニー製からSamsung製に乗り換えか、どうするソニー?

Appleは、8月6日に、半導体サプライチェーンおよび先進的な製造業の米国本土回帰のための今後4年間の投資額を当初の5000億ドルから1000億ドル引き上げ6000億ドル(約88兆円)とする計画を発表した(参考資料1)。同社は「Appleアメリカ製造プログラム」を発足させ、今回の1000億ドルの追加投資では新たに以下の10社と協力関係を新規ならびに拡大する取り組みも含まれているとする。

カッコ内は、Apple から各社への資金提供内容を示す。
・米Corning (AppleがiPhoneカバーガラスをCorningケンタッキー工場から調達)
・米Coherent (AppleがFace IDを含む複数の機能を実現するVCSELレーザーをCoherentテキサス工場からの調達)
・台GlobalWafersの子会社GlobalWafers America (GWA) (Apple向け半導体チップを製造するTSMC やTIがシリコンウェーハをGWA米国工場から調達)
・Applied Materials (AMAT) (Apple向け半導体を製造するTI新工場への製造装置集中納入)
・Texas Instruments (TI)   (Apple向け半導体を米国内新工場で製造)
・米GlobalFoundries (GF) (Apple が使用するBroadcom製電力管理やワイヤレスチップを製造するニューヨーク州マルタ工場を支援)
・米Amkor (TSMCアリゾナ工場で製造したApple向けチップのパッケージングと最終テストの実施を加速)
・米Broadcom (Appleが同社製品に搭載される5G通信チップをBroadcomから調達)
・米MP Materials (Apple が米国で唯一の完全統合型希土類磁石メーカーであるMP Materialsから米国製希土類磁石を調達し、Apple 製品に搭載。MPはテキサス州の工場を拡張し、カリフォルニア州マウンテンパスに最先端の希土類磁石リサイクルラインを建設する予定)
・韓Samsung (AppleがiPhone 用に世界初となる画期的な半導体チップをSamsungオースチン工場から 調達。次節参照)


Appleは従来のソニー製に替えてSamsungオースチン工場から米国製CISを調達か

Appleは、8月6日付けプレスリリースの中で、Samsungについて「Appleはテキサス州オースチンのSamsung米国子会社(図1参照)において、『世界初となるチップ製造のための革新的な新技術』の導入に共同で取り組んでいる。この技術を米国に初めて導入することで、この工場は世界中に出荷されるiPhoneを含むApple製品の電力と性能を最適化するチップを供給することになる」と述べている。


Samsung Austin Semiconductor

図1 韓Samsung Electronicsの米国子会社Samsung Austin Semiconductor 全景(従業員数4500人でファウンドリ事業を担当) 出典:Samsung Electronics


具体的なデバイスが何か明示してはいないが、このSamsungとの協業について、韓国メディアは、業界関係者の話として、次世代iPhoneなどに向けた新型CMOSイメージセンサ(CIS)ではないかと伝えている。来年秋発売のiPhone 18からSamsung製に置き換わるだろうと一部のメディアは伝えている。
Samsungは、Cu電極のハイブリッド接合で3枚のウェーハを積層した3層積層CISをすでにIEDM2023国際会議で発表しており(図2参照)、試作を経て、来年に向けて量産の準備をしていると伝えられている。現在、Apple向けCISはソニーセミコンダクタソリューションズが日本で生産しているが、米国政府の半導体関税政策を踏まえて進める米国での製造戦略における制約となることが懸念されている。これが本当に近日実施されたら、ソニーは多大な影響を受けるのは必至であろう。


Samsung Austin Semiconductor

図2 Samsung ElectronicsがIEDM2023で発表して注目された3枚ウェーハ積層構造のCMOSイメージセンサ 出典:IEDM2023 Press Kit


ソニー役員は困惑し事実関係を調べると発言

先日、東京で開催された2025年第2四半期決算説明会で、ソニーグループの経営企画管理担当執行役員の堀井直也氏は、会場からの質問に「特定の顧客に関する質問には答えられない」と前置きしたうえで、「当社は米国内に半導体製造拠点を有しておらず、短期的に米国内での生産対応をすることは現実的には難しい。Samsungの件は、一部検討や想定はしていた部分はあるが、それに対する全ての答えを持ち合わせているわけでない。報道については、発表されたばかりであり、真偽の程も含めてこれから社内でよく議論していく」と語った。ソニーにとって、Appleは断トツ最大の顧客であるから「Appleが何らかの理由でソニーからの調達をやめるリスク」を以前からもっとも恐れ、リスク分散のために他社への売り込みにも注力していたが、最悪の事態が起きかねない状況が迫っているかもしれない。

ソニーの対応策を勝手に推測

ソニーの対応策を勝手に推測してみよう。まず言えることは、ソニーが来年からAppleのビジネスをすべて失うとは限らないということだ。例えば、Appleは、米国の半導体関税対策として米国向けiPhoneにはSamsung米国工場製、米国の半導体関税のおよばないそれ以外の国々にはソニー製という選択をするかもしれない。だからソニーは、米国以外への拡販にさらに注力する必要があろう。
TSMCは、以前から台湾の工場にソニー専用ラインを持っており、ソニーからのCIS関連チップの製造委託に対応してきた。現在は、熊本工場(TSMC Fab 23, Phase1)でソニーCIS用ロジック回路チップを製造受託している。だから同様に、TSMCアリゾナ工場(Fab21)にソニーのCISおよびロジック回路専用ラインの設置を要請するという奇策?をとるかもしれない。このためには、ソニーには莫大な資金と時間が必要だろうが。
ソニーセミコンダクタソリューションズは、スマートフォン用CISから脱皮して多角化を図り、特に自動車向け各種CMOSセンサに力を入れている。親会社のソニーグループは、ホンダとCMOSセンサをふんだんに搭載した次世代EVを開発している。現在、車載用CISは、老舗の中OmniVisionと米onsemiの2社で世界シェア7割を握り、新参者の参入障壁を高めている(参考資料2)。ソニーは、この2社の牙城を崩すために、これを機会に車載センサにさらに注力することになるだろう。

参考資料
1. ”Apple increased its U.S. investment commitment to $600 billion and announced the launch of its American Manufacturing Program."、Apple社プレスリリース(英語版のみで、日本語版には掲載されていない)、(2025/08/06)
2. 服部毅、「2024年の車載カメラモジュール市場は60億ドルも2030年には87億ドルに拡大―Yole 予測」マイナビニュースTECH+、(2025/08/06)

国際技術ジャーナリスト(元ソニー) 服部 毅
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