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医工連携の深化を望む(その2)

前報(参考資料1)で医工連携につき、医学の臨床現場で使われている患者に対する説明書の難解さを記述した。本稿ではAIの将来革新技術を探る目的で岡目八目をしているので、あまり深入りはせず、ただ実態を知るための現状認識程度に考えてお読みいただきたい。

よく知られているように工学の現場では視覚に訴える手法の一つにデータの可視化がある。そのためには当然前提としてデータが必要になる。これはあくまでも一般論であるが、現状ではデータを取らない、あるいはデータをとっても数値をカルテに記入するだけで、それをグラフに書かない、可視化しない医師があまりにも多いと感じる。工学では普通になっているデータの可視化が、大学病院の臨床の場でなされている例はほとんど見かけない。もちろん血液データなどは電子カルテで経時変化を示す表が用いられている。しかしそこまでで、それを可視化してグラフで説明する例は、あったとしても稀な例と言っても過言ではないだろう。クリニックの医師の場合では、恐らくデータの可視化を行って患者に説明している例は皆無であろうと言っても過言ではないと思う。

数値データをグラフ化するアプリは今や多数あるにもかかわらず、なぜだろう。推察であるが医学では、患者に個人差があるので、いちいち可視化してもどの患者にも当てはまるわけではないため汎用性がなく、意味がないと考えられているのだろう。また優秀な医師は時系列表示の表だけ見ても、頭の中でグラフ化が可能なのだと思われる。しかし確かに汎用性はなく、誰が試みても再現できるように書くのが論文なので、論文作成にはそぐわないかもしれないが、その患者個人にとっては貴重な測定結果である。「可視化」などというとサイエンティストの医師にとっては幼稚に聞こえるかもしれないが、「百聞は一見に如かず」と言われる通り、データの可視化は医師の説明を判りやすくし、また患者が瞬時に理解するにも有効である。工学の現場で作業者や技術者が瞬時に理解し共有できるのがこのデータの可視化である。可視化に関する価値観の差は医と工の文化の違いともいうべきなのだろうか。


病院臨床での医工乖離の実態

もう少し具体的に説明しよう。一般に抗癌剤の投与は副作用を伴う。しかし人間の体には復元力があり、その副作用がなくなる時期を見はからって再度投与するというサイクルを繰り返す。この1サイクルをクールと呼ぶ。患者にとって新しい抗癌剤を投与される場合は、普通は投与前後2泊3日程度の入院で様子を見てもらえる。しかしクールを重ねて慣れてくると外来処置室で点滴処置をされ、そのまま帰宅させられるので、医学知識のない家族が患者を介護しなければならない。しかもこのクールを重ねることが治療には必要で、かつ重要である。一方クールを重ねると脊髄抑制(医学用語で脊髄が損傷し本来の働きできなくなること)がひどくなり、赤血球数や白血球数、中でも白血球の元気さを示す好中球数が減少してしまうことがある。前者の場合は貧血を起こしやすくなり、後者では感染症に弱くなる。

「異常があったらすぐ来なさい」と言われて在宅となるが、医学知識に乏しい家族にとってはいつ異常になるかが分らない。そもそも何が異常なのかさえも分らないのが普通である。在宅患者や家族としては患者の体温測定と血圧測定ぐらいしかできない。従っていつ起こるか判らない異常事態に備えて、ひたすら患者の体温と血圧のデータを取ることになる。

筆者の場合は歩留まり管理や変更点管理などで慣れていたので、患者の体温や血圧のデータをグラフにして可視化し、抗癌剤Aの場合は平熱の基準範囲内ではあるが体温が上がるとか、あるいは抗癌剤Bの時は心臓拡張期の血圧(俗にいう下の血圧)が時々異常を示して不整脈が出ているようだとか、更には抗癌剤Cの場合は心臓収縮期の血圧(上の血圧)が一様に上昇するなどと、素人ながらも知ることができた。また病院で渡される癌マーカ値の変化も、投与当初のクールの時点では投与後の時間軸に対して片対数グラフにプロットすると直線に載る。多分反応論に従っているからなのであろうと素人眼にも推測できた。

1カ月おきの外来診察時に、「体調はどうか」と問う医師に対して、患者が抽象的に「まあまあでした」などと答えているので、もっと具体的に答えさせようとその可視化グラフを出して「これで説明しなさい」と助言しても、今度は医師がそれを一瞥もしない。確かに抗癌剤の難解な説明書には多数の副作用が書かれているので、「血圧やの体温の変化はそこに書いてあるでしょう」ということなのだろう。

血圧のデータを可視化して不整脈らしき変動を見つけた時も、「何が起きても不思議ではない」というのが医師の返事であった。確かに多数列記されている副作用の中に「心悪性」という語もあった。しかし書かれてある副作用がすべて起きるわけでもない。副作用が多数列記されているのは、書いてない不備を後から指摘された時の、医師側の保身以外の何物でもない。1カ月間の患者の体調変化を知るには、せっかく作って持参した可視化データを見てくれてもよいのにと思ったものである。

一方、体温や血圧だけでは不十分だと思い知らされたのは、患者に突然呼吸困難という異常事態が発生した時であった。病院に連れて行って、対応に当たった医師から「パルスオキシメータは持っていなかったのか」ととがめるように言われて愕然とした。それまでパルスオキシメータは薬剤点滴中に病院側が使う機器とばかり思っていたからである。それこそ注意書きのどこにも患者が用意せよとは書かれていない。コロナ騒ぎの時はコロナに罹患すると肺機能を把握する必要で公共機関からパルスオキシメータを貸与されたが、快癒後は回収された。そのようなものだと思っていたが、まさか卵巣癌患者にも肺機能を示すパルスオキシメータ購入が必要になるのだとは、進行癌の医学知識のない身であった悲しさで、患者が呼吸困難に陥るまで知らなかった。もちろん以降はパルスオキシメータを購入してその値も記録しモニタするようにしたことは言うまでもない。

余談だが、死の直前は心臓が弱り、最期は脈動が途絶えるようになるので、そのパルスオキシメータも数値を示さなくなるということを知ったのも、看護で徹夜が続いた時の筆者の悲しい思い出の一つである。パルスオキシメータは爪の下を流れる動脈流の脈動を計測してそこから血中飽和酸素濃度を算出するので、機器に設定されている一定の周期内で、その脈動が絶え絶えになると酸素濃度の数値を示さなくなる。

また腹水、胸水が増え始めてから体重測定や腹囲測定がモニタとして手軽なので、そのデータも取るようにしたことは書くまでもなかろう。但しそれも患者が最期を迎えるころには、老々介護の場合、非力な介護者の手では無理なので、限界もある。


医工連携の深化のため

データの可視化もなされていない状態が続く限り、医工連携と一口に言っても、その深化は大変だなというのが筆者の偽らざる心境である。先に指摘したように医師と工学エンジニアとの大きな文化の違いとも言えよう。僭越ながら敢えて書かせて頂ければ、医工連携を進めるには、この垣根は是非とも取り払わねばならないと思う。

工学の実践の場は工場である。医学の実践の場は病院であろう。工学で工場管理に使われている管理技術を病院でも活用してほしい。つまり最新の顕微鏡技術やモニタ機器などの工学の要素技術を使ってデータをとり、更にそれを可視化して医療臨床の場にも展開して、医工連携を深化させてほしいという願いである。それが患者や介護する家族に対する難解な説明を理解しやすくする道であろう。

もちろん単に医と工がとりあえず連携しただけでも、最新機器やその機器を使った医療の開発期間も短縮しやすくなり、それなりの効果もあろう。しかし本当の意味の医工連携とは、冒頭に掲げた最新の測定や観察技術、即ち工学の要素技術や開発実用化技術、生産技術などから生まれた新しい機械や道具を医学に適用するだけではなく、工学で培われた管理技術つまり品質管理技術、工場清浄化管理技術、あるいはデータ可視化という手法など、いわゆる広義の管理技術も大いに活用するところにあると考える。医学側はぜひ工学の全体を包含して、工学との相互融合を図ることにより、この医工連携を深化させてほしいと切に願う。

そうすれば医者も薬剤の作用機序を患者に悦明しやすくなり、一般患者も理解しやすくなって、双方納得の上で治療がなされるだろう。今更「病は気から」でもないが、患者の不安を一つでも除く方が医療や薬の奏効率(医学用語で投薬や治療が効果を示す率)も向上するし、患者の生活の質も改善されると思う。

もちろん医学において視覚に訴える手法が全くとられていないわけではない。例えばX線画像などはその例である。しかも最近この分野では、肺のX線画像診断にAIが導入されており、異常領域が赤く彩られて一目瞭然になる手法(参考資料2)が既にクリニックや大学病院で使われている。特に解読が難しい胸部X線画像解析には有効である。機械学習が進んだ結果、画像解析が容易化されているのは医師と患者にとって好ましいと思う。ここにも医工連携の成果の一つが出ている。

松山赤十字病院医誌にはその効果を研究した論文(参考資料3)も出ており、その結論に「診断に有用かはまだまだ研究が必要」とあるので、さらなる医工間の切磋琢磨が望まれる。特に日本では診断に用いる場合「医 薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に 関する法律」(以下,薬機法)に基づく承認を受ける必要がある」(参考文献4)ので.実装に当たっては医工連携だけでなく産官学の連携も必要になる。

AIの恩恵は、今後も医工連携が進むにつれ医学分野でもいろいろな診断に社会実装が進むであろう。一方我々が本題としているような、逆にAIの将来技術が医工連携から生まれるとしたら、次報で示すようにやはりニューロンの研究などからであろうか。それとも、はたまた記憶のメカニズム、あるいは画像認識・認証技術のさらなる進展からであろうか。いずれもこの分野の科学の進展、特にソフトの開発速度が速いので、今後も折に触れ岡目八目で覗くようにしたい。光学の文字にあやかるわけではないが、明るい灯を絶やすことなく、医と工が切磋琢磨し、医工連携や融合をますます深化させるよう望んでいる。

謝辞
毎度のことであるが、査読をして難解箇所をご指摘頂いた津田建二編集長に心から感謝し、御礼を申し上げたい。

参考文献
1. 鴨志田元孝、「医工連携の深化を望む(その1)」、セミコンポータル、(2025/07/09)
2. 例えば、「[医療AI] 胸部X線画像病変検出ソフトウェア CXR-AID」、富士フイルム
などWEBで多数画像検索できる
3. 梶原浩太郎、 牧野 英記、 佐原 咲希、 茅田 祐輝、 片山 一成、 大下 一輝、 甲田 拓之、 米田 浩人、 兼松 貴則、「胸部X線画像病変検出ソフトウェアCXR-AIDの 病態別有用性のパイロットスタディ 第4部 〜早期肺癌において〜」、松山赤十字医誌 第49巻 1号、pp.29-32、(2024)
4. 例えば 野村行弘、「肺癌画像診断における人工知能技術」、Japanese Journal of Lung Cancer、Vol 63, Supplement, Nov 2, pp.829-831(2023)

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