供給網の「強さ」重視に舵を切る中国の半導体振興策
中国共産党・政府が半導体産業の振興策の見直しを進めている。共産党が2025年10月にまとめる5カ年計画の草案に盛り込まれ、来春の全国人民代表大会(全人代、国会に相当)で採択される見通しだ。12年に発足した習近平指導部の半導体振興策は従来、意欲的な数値目標を掲げるなど強気ぶりが目立っていたが、今回はサプライチェーン(供給網)の強靭性を重視した現実路線にかじを切る可能性がある。
共産党は7月末、指導部の会議を開き、「4中全会」と呼ぶ重要会議を10月に開くことを決めた。国営新華社などが伝えた。5年に1回の党大会の機能を代行するこの重要会議では、第15次5カ年計画(26〜30年)の草案を議論する。26年3月の全人代で採択され、正式な政策文書となる運びだ。
中国の重要な産業政策は通常、あらゆる政策のエッセンスを詰め込んだ5カ年計画と、分野別の具体的な政策文書の2本立てで構成することが多い。半導体では現在、国務院(中央政府)が20年8月に公表した「新たな時期のIC産業とソフトウエア産業の質の高い発展の促進に関する通知」と、全人代が21年3月に採択した「第14次5カ年計画と2035年までの長期目標」が最も権威ある政策文書と位置付けられている。
ただ、いずれの文書も公表から4年以上が過ぎ、中国の半導体産業を取り巻く環境変化を反映しているとは言いがたい。このため、習指導部が第15次5カ年計画の策定に合わせ、新たな振興策を打ち出すとの観測が浮上している。
習指導部の半導体振興策は、国務院が14年6月に公表した政策文書「国家IC産業発展推進ガイドライン」が出発点だった(表1)。この文書は「30年までに半導体供給網の主な領域で世界先端の水準に達する」との目標を掲げたが、それ以前の振興策とは大きく二つの性格の違いがあった。
表1 中国の習近平指導部による半導体産業の振興策 出典:筆者作成
一つは半導体を「国家の安全を保障する戦略的、基礎的、先導的」な産業だと位置付けた点だ。純粋な産業振興だけでなく、米政府がのちに問題視する安全保障の視点が盛り込まれている。共産党体制の維持を最優先し、国内外で強権的な姿勢をとる習指導部の志向を反映している。
もう一つは半導体専門の政府系ファンド、国家集成電路産業投資基金(国家大基金)の設立を主導すると明記したことだ。24年までに合計3期のファンドが組成され、単純合計で14兆円規模に達している。中国が世界2位の経済大国となり、半導体振興に「真水」を注入する余裕が生まれたことが背景にある。
この文書を受け継ぐ形で、国務院は15年5月に「製造強国」を目指す振興策「中国製造2025」の詳細を公表した。半導体など「次世代情報通信技術」を重点十分野の筆頭に置き、IC自給率を20年に58%、30年に80%まで高める数値目標(17年改訂版)を掲げた。16年に採択された第13次5カ年計画には、これらのエッセンスが盛り込まれた。
この時期の半導体振興策は、他国・地域に匹敵する供給網の構築や過剰に高い数値目標など、威勢の良い文言が並ぶ。しかし、米政府が18年に米中貿易戦争を発動し、中国製造2025は「不公正な補助金の温床だ」などと批判を始めると、共産党・政府は公式の場でこれらに言及することがなくなった。
代わりに持ち出したのが、20年公表の「通知」と21年採択の「第14次5カ年計画」だ。これら現時点でも有効な文書を子細に読むと、確かに威勢のよい文言は消えているものの、実際の政策内容は14年公表のガイドラインや中国製造2025と大きく変わらない。米政府の圧力をかわすため、看板を掛け替えたという色合いがある。
一方で、経済の対外依存度を下げ、中国国内の技術・需要・供給網を軸に成長を目指す方向性が加わった。例えば、第14次5カ年計画は供給網をできる限り国内で完結させる「国内大循環」という概念を明記した。最近、華為技術(ファーウェイ)による人工知能(AI)向けロジックICの実用化など、中国独自の技術成果を伝えるニュースが相次ぐ背景にはこんな事情がある。
ただ、中国製造2025などに比べ、「通知」や「第14次5カ年計画」が地味なのは否めない。このため、第15次5カ年計画やそれに伴う半導体振興策の見直しでは、政治的なインパクトを持つ文言が入る可能性がある。半導体との関連で浮上しているキーワードが、「新質生産力(新しい質の生産力)」と「強靭性」だ。
図1 2023年の黒竜江省視察時に「新質生産力」について語った習近平氏 出典:中国中央テレビネット版から転載
新質生産力とは、習国家主席(図1)が23年9月、東北部・黒竜江省を視察した際に提唱した概念を指す。習氏は東北部の経済振興に関する座談会で、「新エネルギー、新素材、先進製造、電子・情報など戦略性のある新興産業を積極的に育成し(中略)、新質生産力の形成を加速させる」との政策方針を明らかにした。
従来の生産力が労働・資本・土地など伝統的な要素の投入に依拠してきたのに対し、新質生産力はイノベーション(技術革新)が主導する次世代の生産力をけん引役にするのだという。共産党指導部が7月末に開いた前述の会議も、足元の中国経済は「新質生産力が着実に発展している」と評価しており、新たなスローガンとして明記される見通しだ。
強靭性については、8月14日付の共産党機関紙の人民日報が「中国経済の強靭性を生かし、発展と安全を一体的に推進する」と題した論考を掲載した。「理論」面に掲載されたこの論考は、「重要な核心技術を誰かに握られているのは、他人の基礎の上に家を建てるようなものだ。どんなに大きく立派でも、風雨にさらされれば一瞬で倒壊しかねない」と主張し、供給網の強靭性を高める必要性を強調した。
習指導部の振興策で中国の半導体自給率は見かけ上は向上したものの、レガシー半導体の大増産が招いた側面が強く、最先端の露光装置などは実用化に至っていない。人民日報の論考は、米政府の制裁に耐え抜くという現実的なニーズに沿って振興策を見直すという、習指導部の意向を反映しているようだ。
この見立てが正しければ、今後の中国の半導体振興策はチップではなく、製造装置の国産強化に軸足が移る可能性がある。近年、対中輸出で潤ってきた世界の製造装置メーカーは需要構造の変化に直面する形となる。日本の半導体業界も無関心ではいられない情勢変化だ。