米国のファブレス半導体ベンチャー企業であるSiBEAM社（サイビームと呼ぶ）は、60GHzというミリ波帯を利用する無線技術で最大25Gビット/秒と高速伝送ができるチップを開発中だ。家庭内のテレビチューナーや高解像DVD、ゲーム機などから、ビデオを圧縮せずにリアルタイムでディスプレイに送るシステムに向ける。このチップを使ったリモコンを設計すれば、フラットパネルディスプレイに向けて、高解像DVDプレーヤーやデジタルテレビチューナーなどさまざまな機器からの映像を無線で楽しむことができる。

動画映像を全く圧縮していないため、レイテンシなどの遅延は全くなく、映像も鮮明なまま見ることができる。加えて、60GHz帯というミリ波であるため802.11系やBluetoothなどの2.4GHz帯など他の映像系と干渉を起こすことがない。しかも世界中で免許がいらないというメリットも大きい。

この無線システムでは、実は双方向のデータ転送が行なわれている。SiBEAM社がビデオでデモンストレーションした実験では、まずディスプレイがその室内にどのような電子機器が存在しているかを検出する。このためのデータ転送レートは50MHz。室内で既に楽しんでいる電子機器に対して、新たに例えばゲーム機などが持ち込まれるとこの信号がその機器を認識し、機器データの中に取り込む。この電子機器認識システムをWVAN（ワイヤレス･ビデオエリア･ネットワーク）と呼んでいる。

キモはビーム可変と標準CMOS

60GHz帯で非圧縮伝送を実現するために、主に3つの技術を開発した。Omnilink60と呼ばれるこの技術は、アダプティブ・ビームステアリング技術と、マイクロアレイアンテナ技術、そして130nmの微細CMOS技術である。

この60GHzというミリ波帯の電波は、光のように直進する。このためDVD装置からディスプレイの間に人が介在すると転送が途切れてしまう恐れがある。この問題を解決するために、アダプティブ・ビームステアリング技術（適応型ビーム方向可変技術）と呼ぶ技術を開発した。この技術は、送っている映像信号のS/N比を常にモニターしておき、その値があるしきい値よりも下がると、ビームの向きを変え、上の天井や横の壁などに向けその反射を利用してディスプレイに入射するというもの。ビームの向きを変えるためのアルゴリズムがノウハウだという。向きを変えるのに要する時間はms単位だとしている。

さらに電波を送るアンテナは、軍事技術で良く使われてきたフェーズドアレイアンテナを応用した、マイクロアレイアンテナ技術を使う。これは、受信状況や距離、帯域幅などに応じて出力パワーを変え、ベストな状態で常に受信するための技術だ。物理的な位置を変えずに電子的にビームの向きを変え、受信状態をベストに保つ。

CMOS技術は微細化すればするほど、遮断周波数ｆTや最大動作周波数ｆMAXが上がり、高周波性能は向上する。今回は130nmの標準CMOS技術を利用したが、さらに高周波特性を上げるために90nm、65nmへと微細化を進める予定である。このCMOS技術はファウンドリが持つデジタル回路のCMOS技術を利用するという。高価なGaAsやInPなどは使わない。

独自の分布定数モデリングで100GHzも可能に

ミリ波帯で微細CMOSを動作させるために、高周波の等価回路をモデル化し、分布定数回路を求めるわけだが、このモデリングを独自に開発した。LSIパッケージも標準的な容器を使ったというが、分布定数回路を決めるためのマイクロストリップ線路の設計も独自に開発し、100GHz動作も可能だとしている。60GHzは波長がミリメートル程度なので、アンテナ回路は小さく納まり、LSIパッケージの裏側に集積するという。

同社は、これらの技術を提供するコンソシアムWirelessHDを、LG Electronics社、松下電器産業、日本電気、Samsung Electronics社、ソニー、東芝と協力して創設しており、さらに参加メンバーを募っている。このコンソシアムでは、無線ビデオエリアネットワークWVANの仕様策定のためのオープンなSIGを設立している。この委員会で、非圧縮の高解像ビデオ･オーディオ･データの伝送のフォーマットを決め、将来の高品位AVフォーマットに拡張できるようにしておく。性能的には屋内10mの距離で最大4Gビット/秒の伝送速度を実現する。

2008年1月に米国ラスベガスで開催されるCESでチップセットを見せたいとしている。チップの価格やスペックなどはそのときまでにはっきりする。