TSMCの1000億ドルの米国投資と、ArmのIP企業からSoC設計企業へ
先週、気になる大きなニュースが2件飛び込んできた。一つはTSMCが米国に1000億ドル(約15兆円)を投資して、現在のアリゾナ工場とは別に3工場を新設する。もう一つはArmがマレーシアに工場を作るというニュースだ。SoCチップを設計するビジネスに入ったというニュースが1カ月ほど前にあったが、その裏付けになりそうだ。

図1 完成したばかりのTSMCのアリゾナ工場 出典:TSMC
TSMCはこれまで米国工場に対してやや消極的だった。というのは、賃金の高さや、残業をしないという米国の労働環境、さらには労働者の確保困難などデメリットが多いからだった。しかも、TSMCの生産能力の8割は台湾に残し、海外生産は2割に留めるという戦略を維持してきた。しかし、今回の米国への大きな投資はその割合を変える可能性がある。米国には顧客が多いことも事実であり、年間13兆円規模の売上額の7割が北米向けの顧客だと、3月8日の日本経済新聞が述べている。確かにNvidia やApple、AMDなど大手のファウンドリはTSMCと決まっている。
今回、TSMCのC.C. Wei CEOは、米国への1000億ドルの追加投資の理由は、顧客の需要がとても大きいからだと語っており(3月7日の日経)、その理由には一理ある。さらに政治的な理由もありそうだ。つまり、1000億ドルの発表にはトランプ大統領と一緒に発表したことだ。もちろん台湾の頼清徳総統と共に記者会見もしている。以前からトランプ大統領は、台湾に対して「米国の半導体ビジネスを奪った」と不満を述べていた。これに対し、米国での工場を新たに3つ建設し、そのために1000億ドルという追加投資額を示したことはトランプ大統領の台湾に対する不満を解消する施策ともいえそうだ。
米国ではファブレス半導体ビジネスを展開する企業が多く、ファブレス半導体産業は2021年の段階では、半導体全体の34.8%を占めていた。現在はもっと多いはずだ。特に世界半導体全体でトップのNvidiaが抜きん出た売上額を達成しているからだ。Nvidiaはまだ無名の創立当時からTSMCと一緒にやってきた。最近では、BroadcomとMarvel TechnologyがGoogleやMeta、AWSなどインターネットサービス業者からの独自チップの設計作業を請け負っており、Appleまでもデータセンター用のサーバ向けチップの設計をBroadcomに依頼する提携を結んでいる。ソシオネクストが最近業績を伸ばしたのも、チップ設計を請け負うビジネスを伸ばしているからだ。
話を戻して、TSMCの1000億ドル投資には3つのプロセス工場と先端パッケージングの2つの施設、研究開発施設も設置するという。
ArmがMetaと提携してMeta向けの独自チップを開発するというニュースがひと月ほど前に流れたが、これはAI向け技術を盛り込んだAIチップをMetaに供給するというもの。これまでArmはIPビジネスに徹し、ファブレス半導体にはならないと口酸っぱく言ってきた。この方針が大きく変わることになる。SoCを設計しているファブレス半導体企業は全てコンペティターとなる。
そしてその具体的な行動としてArmはマレーシアに拠点を設ける。ArmはこれまでCPUコアやGPUコアなど単体のIPコアをライセンス販売してきたが、最近ではCPUとGPU(グラフィックプロセッシングユニット)やNPU(ニューラルプロセッシングユニット)や周辺IPも集積した一つのモジュールIPとして販売するビジネスへと変わってきた。その一つである「Arm CSS(Compute Sub-System)」と呼ぶモジュールをマレーシアの半導体関連企業に提供する。
一方マレーシアはこれまで半導体の後工程であるアセンブリとテストの工場が半導体工場だった。ところが最近は、半導体製造から設計に付加価値が変わってきつつあるため、マレーシアはファブレス半導体産業を興すためにArmを誘致した。提携を通じ1万人のICチップ設計者を育てる。マレーシアはArmに10年間で2億5000万ドル(約375億円)を支払うという(3月6日の日経)。2024年8月には、クアラルンプール近郊に「マレーシア半導体ICデザインパーク」を開業した。集積回路(IC)の設計に特化して外資を誘致し、同国を東南アジアの半導体サプライチェーン(供給網)のハブにする考えだという。