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「スペアタイヤ計画」でICの脱米国に成功した中国ファーウェイ

中国の通信機器最大手、華為技術(ファーウェイ)がIC(集積回路)の調達で脱米国に成功している。2019年に米中ハイテク摩擦が激化して以降、米政府はファーウェイに対し、半導体関連の禁輸措置を段階的に強化してきた。同社はこれを「スペアタイヤ計画」と呼ぶ事業継続計画(BCP)で切り抜けたばかりでなく、中国全体の最先端ICの開発を先導する役割を担いつつある。

「10年後に米国と激しい衝突を迎える」。ファーウェイのBCPは創業者の任正非・最高経営責任者(CEO)が03年、こんな覚悟で導入を指示したことで知られる。同社は当時、米同業大手Motorolaへの身売り交渉を進めたことがある。あらかじめ米社傘下に入っておき、欧米市場の開拓で摩擦が起こるのを避ける狙いだった。しかし、交渉は合意寸前で白紙となり、ファーウェイは将来の米中摩擦を見越してBCPの整備を進めた。

このBCPは(1)04年設立の子会社、海思半導体(ハイシリコン)によるIC設計、(2)12年に始めた基本ソフト(OS)「鴻蒙(ホンモン、英語名ハーモニー)」の開発――が二本柱だ。例えば、スマートフォンの頭脳となる最先端のロジックICでは、業界標準といえる米Qualcomm製や台湾・聯発科技(MediaTek)製を調達するのと並行し、ハイシリコン製も意図的に搭載してきた。

米政府が19年5月に対ファーウェイ制裁を本格発動し、QualcommなどからのIC調達が困難になると、ハイシリコン製に全面的に切り替えた。米制裁の強化のため20年5月、ハイシリコンがファウンドリで世界最大手の台湾積体電路製造(TSMC)にICチップの製造を委託できなくなると、中国最大手の中芯国際集成電路製造(SMIC)に委託先を切り替えた。

ファーウェイが23年8月に発売した高機能スマホ「Mate60 Pro」が7nmノードの先端ロジックICを搭載し、世界の半導体業界を驚かせたことは記憶に新しい。このICはSMICが対中禁輸の対象外であるDUV(深紫外線)露光装置を使い、複数回の露光でICを微細加工する「マルチパターニング」技術で製造したとされる。ファーウェイから見れば、Mate60 Proはスペアタイヤ計画の最も分かりやすい成果物だといえる。

このBCPが成功したことはファーウェイの業績の推移からも確認できる。3月末に発表した24年12月期決算は、売上高が8621億元(約17兆円)と前年度比で22%増えた(図1)。過去最高の売上高だった20年12月期の96%の水準まで回復している。純利益は事業売却益がなくなった反動で同28%減ったものの、米制裁に伴う経営危機からは脱却している。


ファーウェイの事業構成(2024年12月期)

図1 2024年12月期におけるファーウェイの事業構成 出典:ファーウェイの発表数字を筆者がグラフ化


ファーウェイの事業構成(2021年12月期)

図2 2021年12月期におけるファーウェイの事業構成 出典:ファーウェイの発表数字を筆者がグラフ化


米制裁の影響が最も大きかった21年12月期は、スマホなど「消費者」事業が前年度比49%減の2434億元に縮小していた(図2)。ところが、24年12月期にはスマホなど「端末」事業が3390億元まで規模を戻している。低価格帯の「HONOR(オナー)」ブランドを売却するなど一時はリストラ対象だったスマホ事業が、BCPによってロジックICの調達が安定したことで復活したと見てよい。


早くもスペアタイヤ計画2.0

ファーウェイは現在、このBCPを次の段階へと移行させつつある。中国の習近平国家主席は2月中旬、ファーウェイや電気自動車(EV)大手の比亜迪(BYD)など主な民営企業の経営トップを北京に呼び、座談会を主宰した。中国・香港メディアの一部は任正非氏がこの席(図3)で「国内2000社と共同で『スペアタイヤ計画2.0』を発動する」と語ったと報じている。


Ren Zhengfei, CEO, Huawei

図3 ファーウェイの任正非CEO(中央前列) 出典:中国中央テレビのインターネット版


報道によれば、半導体や工業用ソフトなど重要分野でエコシステム(生態系)を再構築し、28年までにサプライチェーン(供給網)全体で70%超の「自主化率」を目指すのだという。会社側の公式説明がないので全体像は不明だが、ファーウェイ周辺では最近、スペアタイヤ2.0と関係ありそうな動きが目立っている。

まずは深セン市政府傘下の半導体製造装置メーカー、深セン市新凱来技術(サイキャリア、図4)の台頭だ。同社は上海市で3月下旬に開かれた国際展示会「セミコン・チャイナ」で大きなブースを確保し、成膜、アニール、エッチングなど前工程装置のモックアップをずらりと並べた。視察した日系装置メーカーのある技術者は「性能の高さを想定しうる外観だった」と証言する。

サイキャリアは21年設立の新興企業ながら、24年にファーウェイと共同で「自己整合四重パターニング(SAQP)」と呼ぶ技術の特許を取得したとされる。SAQPはマルチパターニング技術の一種であり、両社の特許はその歩留まりを上げることにつながるようだ。


SiCARRIER

図4 サイキャリアの公式ウェブサイト


この特許を使えば、DUV装置で5nmノードのICまで量産できるという。SMICがMate60 Pro向けに量産している7nmノードのロジックICがこの特許に基づいているとの見方もある。サイキャリアとSMICが、スペアタイヤ計画2.0が想定している国内2000社の有力な一社であることは間違いなさそうだ。

次に、ファーウェイが生成AI(人工知能)向けの新型ロジックICを相次ぎ発売する見通しであることだ。ロイター通信によると、ファーウェイは5月に「アセンド910C」と呼ぶAI用ICの量産出荷を始めるほか、台湾メディアは25年後半にはさらに新しい「アセンド920」の量産を始めると報じた。これらは全てハイシリコンが設計しており、アセンド920は製造に6nmノード技術を使う予定だという。

ファーウェイは19年に初代の「アセンド」で生成AI用ICの外販に参入した。現在は米制裁のため米エヌビディア製の輸入を絶たれた中国AIサービス大手による採用が増え、台湾メディアによると中国のAI用IC市場で75%のシェアを占めるに至ったという。話題の中国AIスタートアップ、ディープシークがすでに910Cのチューニングに入り、エヌビディア製の6割の性能を出したとの報道もある。

こうした中国ハイテクの実力向上こそが米政府の警戒対象だったはずだが、第2次トランプ政権の対中政策の関心は現在、相互関税に集中している。ファーウェイがその隙を突くように、本業である通信機器の枠を超え、中国全体の最先端ICの脱米国をけん引する構図となっている。

桜美林大学大学院 特任教授 山田周平
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