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AIやディープラーニングによる革新的な生産技術の早期構築を期待して(後編)

後編では、筆者なりにFMEA (Failure Mode and Effects Analysis) をAI、ディープラーニングの支援を受けて実施すると仮定したら、どのようなメリットがあるかを推察してみた。

FMEAは、ウィキペディアでも「故障・不具合の防止を目的とした、潜在的な故障の体系的な分析方法」と記されており(参考資料18)、ISO9001でも予防保全として推奨されている重要な手法である(参考資料19)。FMEAの進め方や実例は拙著「改訂版ナノスケール半導体実践工学」(参考資料20)に記載してあるので、それを基に考察する。ここでは既に導入している中電流イオン注入装置と同種の機器を生産ラインに増設する場合を想定する。ただし以下の説明はイオン注入技術に限った話ではない。読者の皆様にはそれぞれの分野で、本稿を敷延(ふえん)してお読み頂ければ幸いである。

FMEAの従来の方法

FMEA作業(参考資料21)を手順に従って順次記述する。
(1) まず過去の事故報告書を分析して、カテゴリ別に過去の事故を分類し、件数順にパレート図にまとめる。例えば電気系、機械系、表示系などのカテゴリに分類し、故障件数を分析する。そこでもし電気系が多数を占めれば、更に再度電気系の中でカテゴリをもう少し細分化して分類し、故障件数のパレート図を作る。そのグラフを用いて事故件数順に、全体の事故の50%以上を占める項目をピックアップする。例えばビーム操作部、イオンソース部、エネルギー設定部などである。その一連の作業例を図1に示す。

図1 故障個所パレート図 A 電気系故障が50% B 電気系の中でビーム制御部、イオンソース部、エネルギーセッティング部の故障で60%を占めている

図1 故障個所パレート図A 電気系故障が50% B 電気系の中でビーム制御部、イオンソース部、エネルギーセッティング部の故障で60%を占めている


(2) ピックアップしたそれぞれの項目に対して、つまりここではビーム操作部、イオンソース部、エネルギー設定部において、その原因の要因分析を行い、いわゆる魚の骨の分析図(後述)を作成して、その中で重要な要因を抜粋する。

一例として、図1のビーム操作部の要因解析図を図2に示す。ボード自体の故障を見抜けられば防げる事故や、電気的動作チェックを怠りなく行えば防げる事故、更には部品の寿命を予測して交換しておけば防げる事故などが挙げられている。

図2 ビーム操作部故障の要因分析

図2 ビーム操作部故障の要因分析


ここでは要因分析図を示していないが、同様にイオンソースハウジングのトラブルの場合は、イオンソース清掃後の組み立て間違い、絶縁不良、ソースヘッド交換などが重要管理項目になろう。またエネルギー設定のトラブルの要因分析であれば高電圧部清掃、昇圧回路、消耗部品交換時の課題などが挙げられるだろう。

(3) それぞれの課題に対して、関連する要因をできるだけまとめて列挙し、重み付けを行う。つまり頻度は高いが、被害金額が少ない事故、あるいは頻度は少ないが発生すると被害金額が甚大である事故、そして工程の早い時期に発見できれば損害が少ないのでいつ検出できるかなど、発生頻度、影響度、工程の途中での早期検出の可能性などを考慮して重み付けを行い、危険度を総合評価する(参考資料22)。これをまとめたものがFMEAシートである。

(4) 重み付けを行って選別された項目に関して、相関関係があるものをまとめて、管理項目を決め、判定基準と確認実験条件を決める。その例が表1である。その時大事なのは、ここまでの分析は過去の事故に基づくものであって、将来の事故予測はなされていない。しかし新たに導入する機器では、将来のデバイスも製造しなければならない。そのため市場動向や顧客の技術動向も勘案した管理項目を追加しておくことが重要になる。


表1 FMEAシートから危険度の高い項目を集めた受け入れ検収実験条件


(5) これらを機器導入前に試験をして、全項目合格したことを確認してから製造ラインに導入する。

このような手順を踏むのがいわゆる生産設備FMEAのやり方である。ケースバイケースであるが、通常は担当技術者が数カ月を費やして周到に調査をして分析し、計画を立案し、関係者と審議の上、新規設備の受け入れ検収のための実験が行なわれる。

AIやディープラーニングを導入したアドバンストFMEA

上記作業順にAIやディープラーニングを駆使してFMEAを行うと仮定しよう。作業手順の番号はそれぞれ前節の番号に対応している。前節と区別するためアドバンストFMEAと記すことにする。

(1) - (3) 事故事例の分析は事故報告書を常日頃から蓄積しておけば、ディープラーニングでそれを学習させて読み込み、その結果をパレート図にまとめるのはAIの得意分野である。そこから関連する項目を集め要因分析図を作るのも、今ではソフトさえ準備すれば簡単にできるはずである。既に特許明細書を読み込んで関連特許を集めて特許マップを作ることはこのブログでも9年前に報告済みである(参考資料23)。従って事故報告書の読み込みや類似の事故の集計、分類などは容易にできるはずである。

(4)においては、重みづけはそれぞれ各社の事情があり一筋縄ではいかないと思われる。しかしそこでも技術者が重み付けを仮定してやれば、ソフトに組み込むのは困難ではなかろう。将来の予測はまだしばらくは技術者の判断がおそらく必要と思う。

(5)では実験条件を決め、試験をして合否判定をするのは、技術者の仕事である。省略は許されないので、実験や実証に要する時間は必要である。

しかし、従来方式の(1)から(3)、そして(4)に費やしていた準備のための技術者による数カ月の日数は、AIやディープラーニングの活用で大幅に短縮されるはずである。ケースバイケースであるが、数カ月費やしていた分析が数日で可能になるだろう。従って生産技術上も、またISO順守上でも重要なFMEA管理が格段に革新されるので、今後この分野への進展は十分考えられる。恐らく発表されていないだけで、それぞれの現場では改革が始まっているだろうと推察している。技術動向予測では、このような近未来も予測範囲に入れねばならない。

AI、ディープラーニングによる将来の生産技術

既にクリーンルーム内の気流を考慮した工場の間仕切り設計(参考資料24)や、作業者の行動パターン動線(参考資料25)を加味した設備レイアウト作成(参考資料26)などの論文もある。またAPC/AEC(Advanced Process Control / Advanced Equipment Control)技術でフィードバック、フィードフォワードも加味された技術(参考資料27)も今では広く使われている。また少量多品種生産に適した生産計画、生産管理に関しての論文も枚挙にいとまがないほど溢れている。サプライチェーンの論文(参考資料28)もある。そのように設定されたラインに、上記のアドバンストFMEAが加われば、生産ラインの技術革新が格段に進むことは容易に想像できる。QC関係の管理技術、例えば傾向管理なども大幅に時間短縮できると考えられる。工場管理、品質管理、生産管理など、およそ管理技術の範疇に入る作業は著しく変革されるはずである。

終わりに

IoTなどに使う部材やデバイス、そしてソフトの開発に関して、ITE 2019の例を引いて記述した。更にその開発に要する時間が著しく短縮されている実態を見た。そこで時間軸を拡大し、その時代の先端の学会レベルと、今はまだ論文に表せないノウハウなどに属する分野の推定も技術動向調査には大事であることを指摘した。その一例としてAIやディープラーニング技術の進展で、現在進行形と予測される管理技術の一つとしてアドバンストFMEAを検討した。

かつて、日本が半導体デバイスで世界をリードした時代があった。何もしないでリードできたわけではなく、そこには大勢の技術者の弛まない努力があった。大八車で坂道を上るように、努力を怠れば車は下がり、場合によっては崖から転げ落ちる。しかしここにきて現場の過去の生産技術はAIやディープラーニングで、大きく変わろうとしている。これは半導体に限らず製造企業一般に言えることである。残念ながら筆者はそのような生産技術の経験がない。新しい情報化技術を取り込み、革新的な生産技術に生まれ変わり、そしてそれをリードする技術者が、日本から続々と輩出されることを願っている。

謝辞
日頃ご指導を賜る武田計測先端知財団の唐津理事長をはじめ理事やプログラムオフィサーの方々に感謝いたします。またいつも原稿のご査読を賜る元NECの工藤修氏とセミコンポータル編集長津田建二氏に御礼申し上げます。

武田計測先端知財団プログラムオフィサー
東京大学大規模集積システム教育センター
客員研究員
東京大学大学院工学系研究科電気系工学専攻非常勤講師
鴨志田 元孝

AIやディープラーニングによる革新的な生産技術の早期構築を期待して(前編)

参考資料

  1. FMEA
  2. ISO9001: 2015規格への移行 内部監査の着眼点
  3. 鴨志田元孝、「(改訂版)ナノスケール半導体実践工学」(丸善)(第2刷2013年)特にp.301-306参照.
  4. 図1、図2、表1の原典は元トーキンマイクロエレクトロニクス蝓陛時の社名、Tokin Microelectronics Incorporation)小野一之氏による
  5. 重み付けの手法は例えば、L. S. Lipol and J. Haq ,”Risk Analysis Method: FMEA/FMECA in the Organizations ,” International Journal of Basic & Applied Sciences IJBAS-IJENS Vol: 11 No: 05 , pp.49-57 (2011)
  6. 鴨志田元孝、“類似性で検索するツールと特許電子図書館での有機薄膜特許の分析”、セミコンポータル 2010年4月22日
  7. 例えば、S.-H. Huang, H.-Y. Shih, S.-N. Li, S.-C. Chen, C.-J. Tsai, “Spatial and Temporal Distributions of a Gaseous Pollutant During Simulated Preventive Maintenance and Pipe Leaking Events in a Working Cleanroom”, IEEE Trans. Semicond. Manuf. 22, 391 (2009)
  8. 例えば、D. Anand, J. Moyne, and D. M. Tilbury, “A Method for Reducing Noise and Complexity in Yield Analysis for Manufacturing Process Workflows,” IEEE Trans. Semicond. Manuf. 27, 501 (2014)
  9. 例えば、B.-I. Kim, S. Jeong, J. Shin, J. Koo, J. Chae, S. Lee, “A Layout- and Data-Driven Generic Simulation Model for Semiconductor Fabs”, IEEE Trans. Semicond. Manuf. Vol.22, p.225 (2009)
  10. 例えば、鴨志田元孝, “AEC/APCの原点は1982年に出願、83-84年に公開されたNEC発の特許,” セミコンポータル(2009年11月12日)
  11. 例えば、D. Huang, H. S. Sarjoughian, W. Wang, G. Godding, D. E. Rivera, K. G. Kempf, H. Mittlemann, ”Simulation of Semiconductor Manufacturing Supply-Chain Systems with DEVS, MPC, and KIB,” IEEE Trans. Semicond. Manuf. 22, 164 (2009)

(2019/12/25)
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