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AEC/APCの原点は1982年に出願、83-84年に公開されたNEC発の特許

著者も来年は古希を迎える。歳を取ると昔話がしたくなる。しかし昔話をすると歳をとったと言われる。それが嫌で今まであまり宣伝することはして来なかったが、セミコンポータル津田編集長のAEC/APCの記事(注1)を拝見し、つい書く気持ちに駆られた。AEC/APCの基本特許は筆者によると秘かに自負していたからである。


よく知られているように、AEC/APCの基本はフィード・フォワード、あるいはフィード・フォワードとフィード・バックとの組み合わせで生産制御する技術である。例えば簡単な例でMOSLSI製造におけるゲート・ファーストのプロセスを想定してみよう。ゲート形成工程を通過した後の検査でゲート長が、規格内ではあるが規格の中心から少し長めに形成されていると検出されたとする。その場合は直ちにその情報を次のソース・ドレイン形成工程にフィード・フォワードし、ソース・ドレインのpn接合深さを少し深くするよう指示を出してもらう。そうすれば出来上がったものの実効チャンネル長は、ゲート長が規格の中心であったのものと同じ長さにできる。電気的に最も重要なのは実効チャンネル長なので、良品率の工程能力(Process Capability)Cp値は維持できる。(注2)これにフィード・バックシステムを付けておけば、前のゲート形成工程にゲート長が長かったことをフィード・バックし、是正処置を講じることが出来る。(注2)

この考え方で生産ラインを構築すれば、自己正常化ラインが構築できることになる。全ラインとまではいかなくても、数台の設備のセットで構成されるインライン設備でも自己正常化されればエンジニアの省力化も可能である。

筆者はNEC在職時代の1979年頃、この考えを思いつき、何とか学問的にもシステマティックにまとめられないかと考えた。工業は再現性の追及である。比例縮小則のように皆に認められる理論にしなければ現場では通用しない。学生時代の電子制御工学のノートをひっくり返したり、当時の書物、論文もいろいろ探したりして検討した。当時同じ職場に居た杉山尚志氏(現リアルビジョン代表取締役社長・日本半導体ベンチャー協会副会長)(注3)などコンピュータの専門家にも相談した。ご本人はすっかり忘れておられるかもしれないが、筆者は必死だったのでその場面を今でもよく憶えている。しかし当時の筆者の実力では、変数が多すぎて、とても制御理論として確立させる所までは到達できなかった。

しかし折角いろいろ調査し検討したので、1982年にその考えをまとめて特許出願することにした。当時は日本でもシステム特許がやっと認められるようになった頃であったが、特許部門に居られた仁平氏(後のNEC理事・知的財産部長、現在東北大学客員教授)の「面白い。やってみよう。」の一言で出願が決まった(注4)。システム特許(注5)は成立したが、先に出した製法特許(注6)は残念ながら無効審判を起こされ潰れてしまった。しかし米国出願には製法とシステムの両方の思想を合わせて出願し成立した(注7)。当然ながらまだAPCという言葉もAECという言葉もなかった時代なので、そのような言葉は使っていない。したがってAEC/APCという単語で検索してもヒットしないが、フィード・フォワードという概念を入れた半導体生産システムという点では紛れもなく日米を通じて最初のものである。

図1は特許公報の表紙の一部である。上から製法特許(登録までには至らなかったが、公知文献としては意味を持つ)(注6)、日本で登録されたシステム特許(注5)、その両者の内容を合わせた米国特許明細書の冒頭の一部である。日本文の特許明細書の図面はまだ手書きの時代なので、きれいにトレースされた米国出願特許公報の図を使って説明すると、図2はフィード・フォワード、図3はフィード・フォワードとフィード・バックを組み合わせた原理をそれぞれ説明する図であり、図4は一実施例としてシステムの構成を示す図である。勿論日本出願の明細書にも図2、図3に対応する日本語の同じ図面がある(注5、注6)し、図4に対応する日本語の図面もシステム特許明細書(注5)にある。


AEC/APC製法特許

AEC/APCシステム特許

AEC/APC米国出願特許
図1.AEC/APC特許明細書(特許公報)の冒頭
 上から製法特許(注6)、システム特許(注5)、米国出願特許(注7)


一方、職場では当初この考えは受け入れてもらえなかった。その当時は長い巻物にした管理表を常に広げて低い角度からの視線で眺め、規格の中心値からどちら側にずれていく傾向にあるかをいち早く察知し、手を打つのが半導体生産技術者の腕の見せ所であった。こんなシステムにしたら、いつからラインが揺らぎだしたか判らないではないかという理由である。


フィード・フォワードを組み込んだシステムの原理を説明する図
図2.フィード・フォワードを組み込んだシステムの原理を説明する図(注7)
   (日本語の図は注5、注6)

フィード・バックとフィード・フォワードを組み込んだシステムの原理を説明する図
図3.フィード・バックとフィード・フォワードを組み込んだシステムの原理を説明する図(注7)
   (日本語の図は注5、注6)

システムの1実施例
図4.システムの1実施例(注7)(日本語の図は注5)


しかし職場で散々だったこの特許は後日、外国企業との特許ライセンス交渉で威力を発揮することになる。米国某企業との交渉時にこの特許が先方の目にとまり、評価されたため交渉が有利になったと聞かされた。以後NEC知的財産部はこの特許をクロスライセンス交渉時にしばしば活用したようである。そのためこれは平成6年10月に発明協会神奈川県支部長賞を受け、またNECからささやかながら報奨金をいただいた。もちろん、いずれの特許も既に20年の期限切れである。

上記の理由で当初は埋もれていたが、職場でいち早くこの特許の価値を見出してくれたのが、AEC/ APC Symposium Asia 2009で運営委員会委員長を務めた現NECエレクトロニクス(株)生産本部プロセス技術部シニアエキスパートの本間三智夫氏である。「今はもう使われていますよ」と、定期的に行われる社内の保有特許調査でいつも高い評価をしていただいた。

一昔前のスーパーコンピュータの機能が、今は通常のパソコンに詰まっている。10年前はスーパーコンピュータでしかできなかった分子軌道論による解析なども、パソコン上でできる時代である。したがって現代のパソコンでは多変数処理も物の数ではなく、行列式を力ずくで解くこともできる。そして今では例えば米国電子電気技術学会論文誌などでもAEC/APCの論文を多く見るようになり、生産技術の一大分野に成長していることはご承知の通りである。このような論文を読むたびに、30年前の自分の実力ではとてもここまでは及ばなかったというほろ苦い諦めの気持ちを抱くと共に、ここまでこの分野を引き上げ、育てられた関係者のご努力にあらためて思いを馳せている。

AEC/APC技術は米国から来たと思っておられる方々が多いのは残念であるが、しかしこの考えを先に評価してくれたのは米国なので、それも仕方がないかと思う。出願の決断をされた仁平先生と、NECでお世話になった本間氏の慧眼には、本件を思い出すたびにいつも感謝している。


東北学院大学大学院工学研究科非常勤講師
元NEC理事・ULSIデバイス開発研究所長
鴨志田 元孝


参考文献
注1 津田建二「チップの製造歩留まりを上げるためのAEC/APCシンポ、利用価値は高い」、 http://www.semiconportal.com/archive/blog/chief-editor/091029-apc.html、2009年10月29日
注2 鴨志田元孝「ナノスケール半導体実践工学」丸善出版センター刊(2005)p.241-p243
注3 杉山氏に関しては例えば垂井康夫・武田郁夫編、「独創する日本の企業頭脳」集英社新書(2006)で紹介されている。
注4 経緯は山崎拓哉監修、鴨志田元孝編著、武信文、「これからの知的財産実務」税務研究会刊(2007)p.110-p.113
注5 鴨志田元孝「半導体装置の生産装置システム」 特願昭57-140253 、特開昭59-029427、特公平02-007178、 特許登録JP1583574、発明協会神奈川県支部長賞「半導体装置の生産装置システム」(1994)
注6 鴨志田元孝「半導体装置の製造方法」特願昭57-107802、特開昭58-225640、特公平01-042497、審判平03-000105
注7 Mototaka Kamoshida, “Production System for Manufacturing Semiconductor Devices”, USP 4,571,685, Issued Date Feb.8, 1986, Priority Filed Date Aug.12, 1982〔JP〕Japan 57-140253&Jun.23, 1982〔JP〕Japan 57-107802, Features;
Feed-back and Feed-Forward System, Feed-Forward System

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