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欧州勢が結集して2nm超試作ラインを構築する欧州半導体産業活性化戦略が始動

2nmおよびその先のデバイスの試作ラインを欧州連合(EU) 圏に設置して最先端デバイスの設計・開発・試作・応用のエコシステムを構築し、欧州における半導体産業を活性化する「NanoICプロジェクト」をご存じだろうか(参考資料1)。去る5月下旬に、EU加盟各国からNanoIC プロジェクト関係者がベルギーに集まり、このプロジェクトの決起大会ともいうべき「NanoIC Workshop」が開催され、プロジェクトの計画や進捗状況が報告された。

 / NanoIC Workshop

NanoIC プロジェクトとは、欧州チップス法(米国の半導体製造支援補助金支給プログラムであるCHIPS法の欧州版)のビジョンに基づき、imecのベルギー本社キャンパス内に2nm超の研究開発・試作ラインを構築し、メンバー企業や大学、研究機関の先端半導体チップの試作受託を迅速に行い、欧州の先端半導体エコシステムの競争力を強化するプロジェクトである。

当初のパイロットライン構築のための投資総額は25億ユーロとしており、EUや各国政府支給の公的資金から14億ドル、ASMLはじめ民間企業の出資金11億ドルで賄う。公的資金は、EUの Digital Europe および Horizon Europe プログラムよりChips Joint Undertaking(Chips JU;半導体関連予算を管理する官民共同体)を通して支給される。参加国であるベルギー (科学技術振興は地方分権によりフランダース地方政府)、フランス、ドイツ、フィンランド、アイルランド、ルーマニアの各政府も資金を提供している。

imecが主宰し、研究開発パートナーとしてCEA-Leti(フランス)、Fraunhofer-Gesellschaft(ドイツ)、VTT(フィンランド)、POLITEHNICA Bucharest、CSSNT (ルーマニア)、Tyndall Institute(アイルランド)が参画し NanoICコンソーシアムを形成している。さらに、欧州および世界中の装置・材料・EDAサプライヤ、IDM、ファウンドリ、大学・研究機関などが協力している(図1)。


図1 NanoIC 計画への世界規模の協力体制 出典:NanoIC Workshop

図1 NanoIC 計画への世界規模の協力体制 出典:NanoIC Workshop


計画では、ベルギー・ルーベンのimec本社キャンパス内の、既存300mm 研究開発ラインの隣接地にパイロットラインを2025年内に着工し、2027年に竣工する予定である(図2)。imecでは、要素技術開発のためのimec既存300mmライン(Fab3 )ではFOUPを人手で搬送しているが、新規ライン(Fab4)で、実際にSoCを試作するために搬送にはOHT(Overhead Hoist Transport)を採用し全自動搬送方式を採用し(図3)、2つのライン間はFOUP搬送専用のクリーントンネルで結ぶ。


imec Fab4完成予想図 / NanoIC Workshop

図2 NanoIC パイロットライン(imec Fab4)完成予想図:左奥は、imecタワー(本社管理棟)、その奥に既存300mm研究開発ライン(imec Fab3)がある 出典:NanoIC Workshop


NanoIC パイロットライン内部の予想図 / NanoIC Workshop

図3 NanoIC パイロットライン内部の予想図:imecにとって初めてOHT 搬送システムを導入する 出典:NanoIC Workshop


高NA(Numerical Aperture)EUV(Extreme Ultraviolet)リソグラフィ装置はじめ100台を超える最新型半導体製造措置を 導入するが、既存ラインもSoC試作に向けてアップグレードし、そのための新装置導入がすでに始まっている(図4)。


imec既存300mm研究開発ラインへの追加装置搬入準備 / NanoIC Workshop

図4 imec既存300mm研究開発ラインへの追加装置搬入準備 出典:NanoIC Workshop


死の谷に橋を架けるプロジェクト

アカデミアでの研究と産業界の商品化・事業化の間には、様々な困難な障壁、いわゆる「死の谷」が存在するが、NanoICプロジェクトの役割はそこに橋をかけて、知識の集積、imec技術へのアクセス、半導体エコシステムの協業を通して研究成果の事業化を促進することであるという(図5)。


In summary / NanoIC Workshop

図5 NanoICの役割は死の谷に強固な橋を架けること 出典:NanoIC Workshop


imecは今まで主に先端半導体の要素技術の研究開発を行ってきたが、NanoIC プロジェクトでは、SoC試作を担当するために、PDK(プロセスデザインキット)を作製してユーザー、つまりSoCを企画・設計する大学や研究所や企業に配布する必要がある。PDK開発を担当するのは、imecのDTCO(Design Technology Co-Optimization)プログラムチームで、「N2(いわゆる2nm)のPDKはすでに2024年6月にEUコミュニティに提供しており、A14(14Å)のPDKは2025年末までに提供する予定である」と述べた(図6)。今後、技術の成熟度に合わせてPDK改良版の発行を継続するという。


Imec Pathfinding-PDK enables digital design explorations / NanoIC Workshop

図6 imecによるプロセスデザインキット(PDK)の提供 出典:NanoIC Workshop


NanoICは、2nm超デバイスの用途として、HPC(高性能コンピューティング)、ヘルスケア、自動車、AR/VR、民生、エネルギーの6項目を挙げている(図7)。いくつもの異種のダイ(チップレット)を集積して3次元実装し巨大なシステムを完成させるという(図8)。


Focus areas: technology platforms / NanoIC Workshop

図7 2nm超デバイスの用途とそれを実現するための6層のプラットフォーム 出典:NanoIC Workshop


Example of a future compute system / NanoIC Workshop

図8 いくつもの異種のダイを集積した3次元実装 出典:NanoIC Workshop


ラピダスの真似はしない

imecのLuc Van den hove 社長兼CEOは「Nano IC パイロットラインは、欧州勢(大学、研究所、企業)のいわばプロトタイピングファウンドリ(試作品の受託生産ライン)であり、ラピダスのような量産は行わない。パイロットラインの利用者が試作の結果に基づき大量生産を行う場合は、既存の大規模ファウンドリに生産委託する仕組みがすでに確立している」と述べている。imecは日本のToppan同様、TSMCのバリューチェーンアライアンス(VCA)のメンバーであり、TSMCの公認の独立設計サービスプロバイダとして中小企業や研究機関のTSMCへの多品種少量製造委託の窓口でもあり、世界中の他の主要ファウンドリとも同様な契約を結んでいる。NanoICプロジェクトでは、先端半導体設計人材の育成にも注力している。

参考資料
1. 服部毅、「imecが2nm以下のSoC試作ラインを建設へ、投資総額約4200億円を予定」、マイナビニュースTECH+、(2024/05/22)
 

国際技術ジャーナリスト 服部 毅

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