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日経BP IT Japan 2020 を視聴して(前編)~キーノート講演より

2020年8月26日から3日間、日経BP社主催によるBusiness Executive Forum「IT Japan 2020」(参考資料1)が開催された。「開催概要」によると、「ニューノーマルに備えシナリオプランニングと共にDX(Digital Transformation)に挑む経営者やビジネスリーダーに向け、IT企業/コンサルティング各社のトップや専門家、有識者の知見を集積した完全オンラインセミナー」とある。充実したプログラム内容で、しかも無料ということもあって、興味津々、参加登録した。

3日間、午前10時から午後5時25分までのハードスケジュールである。とても全部は報告できないので、AI、Deep Learning、ITに直接関係する講演をピックアップし、その内容を筆者の感想と共にまとめたい。資料としては何も残っていない。同時に配信されたYou Tubeも1日後には消されてしまったので、残っているのは大急ぎで書きとった手元のメモのみである(参考資料2)。講演視聴後、脱稿するまで既に10日以上も経過したが、聞き間違いによるミスを極力少なくするため、webで可能な限りチェックしていたためであり、もしまだ聞き違いや誤解が残って入れば、何卒ご寛容頂きたい。

この稿では全体を2部に分けて、キーノート(基調講演)6件を前編に、またエグゼクティブ講演の中から7件を抽出して後編に集め、それぞれ講演日の順にまとめている。また文末註の参考資料もそれぞれの編に分けて付記した。なお、誤解を招かないように、小節ごとに講師の「講演内容」と筆者の「感想」を分けて記述した。もちろん、後編のまとめは筆者の愚見である。

みずほのデジタライゼーションの取り組み〜MINORIの特長、MINORIで得られた経験・ノウハウ・ネットワークを活かして〜(みずほファイナンシャルグループ)
―講演内容
みずほファイナンシャルグループ取締役兼執行役専務の石井哲氏は、「みずほMINORIシステム」(参考資料3)の開発経緯と、その経験から得られた成果の説明を行った。トップダウン、全員参加型のプロジェクトで、預金から投資まで横断的に統括するシステムを作り上げている。詳細は省略するが、このシステム開発を通じて、大規模案件プロジェクト管理手法の習得、フォワードルッキングの管理手法(参考資料4)確立、生産性の向上、IT人材育成、成功体験などの5項目の貴重な経験をされたそうである。

そして将来の銀行の窓口の姿が示された。そこではパーティションで仕切られた場所に端末が置かれているだけで、事務処理は顧客が自分で行っている(参考資料5)。徹底した事務レスを追及して、浮いた人材をコンサルティングにシフトさせると述べていた。「新しい金融システムとは何か」を追及した結果とのことである。

―感想
AIによる新しい金融デジタルシステムのお話であった。未来の銀行窓口のスライドを見て率直な感想は、確かに窓口としてのデザインは洗練されているが、その反面、これで血の通った顧客サービスができるのだろうかという素朴な疑問が湧いた。大口顧客の事務担当が窓口に来て打ち込む場合はそれでよいかもしれないが、よく言われるように詐欺被害に遭いそうになった老人を、窓口行員の機転で救うなどということは、もうできなくなるのではないだろうか。もっとも、詐欺など無くなるのが、一番良いのだろうが。

「データ経営」で第2のブルーオーシャン市場を開拓〜データ教育、善意型SCM、完全自動発注への取り組み〜(ワ−クマン)
―講演内容
ワークマンは作業服製造専用メーカーである。同社専務取締役の土屋哲雄氏は、「ワークマン」の市場開拓を主題として、データ教育、善意型SCM(Supply Chain Management)(参考資料6)、完全自動発注への取り組みを副題としたデータ経営に関する講演を行った。Amazonに負けないための戦略という意気込みで工夫がなされている。

そのデータ経営では「診断的分析」と「予測的分析」が中心になっている。具体的には、前者ではAIで相関関係を見つけ、実験で因果関係を特定することにより現場の改革力をつけ、後者では将来の確率予測をAIで行い、顧客利便性を追求して標準化に落とし込むとのことである。そのアルゴリズムは現場社員が作ると述べておられた。現場社員の改革意識向上にも繋がる。

―感想
ここで言う現場改善運動の「現場」は販売現場であるが、その理念は我々半導体工場の製造現場で、現場作業者が中心になって進める「改善」のやり方と通じるものがあると感じた。

たびたび指摘しているように事業では言うまでもなくマーケティングが重要である(参考資料7,8)。そのマーケティングにAIが活用されようとしている。最近、東北大学大学院経済学研究科教授の照井信彦先生が「マーケティングにおけるビッグデータの活かし方」を論じておられる(参考資料9)のが良い参考になると思った。照井先生も「データ主導の帰納―発見」と「理論ベースの仮説―演繹」とを融合させるアプローチの重要性を述べている。前者が土屋氏の言われる「AIによる相関関係発見」と、また後者が「実験で因果関係を特定する」ということにそれぞれ対応すると思いながら、講演を興味深く拝聴した。

ここで言う「マーケティング」はもう狭い意味の経済学的活動だけを意味しない。そこにはIoT でのデータ収集とAIや深層学習での分析、予測など、広く情報科学も入り込んでおり、今や裾野の広い科学分野を構成するようになっている。かつて1976-1980年に超LSI共同研究所の所長として活躍された垂井康夫先生の指導原理(参考資料10)に倣って、経済学、心理学、電子情報理論、デバイス技術など関連分野を広く包含した広義のマーケティングの「基礎的、共通的」な項目の研究機関があって然るべきだという筆者の信念(参考資料7,8)は、ますます強くなった。

製薬・ヘルスケア産業におけるDXへの取組みと中外製薬の挑戦(中外製薬)
―講演内容
中外製薬代表取締役会長CEO小坂達朗氏は、「製薬産業規模は世界市場売上高120兆円で、米国がその45.1%を占めており、日本は7.1%である。臨床から審査終了までの期間は平均8年で、開発費は1薬品当たり平均2700億円かかる産業である」と先ず現状説明をされた。

講演は、CHUGAI DIGITAL VISION 2030(参考資料11)を策定し、創薬期間短縮にDXを活用するという内容であった。AI、Deep Learning が必須であるとしている。

―感想
要旨を一言で言うと「創薬期間短縮にDXを活用して挑戦する」という講演である。新型コロナに対してもワクチン開発が世界的に待たれており、創薬期間短縮は喫緊の課題である。ぜひ頑張って頂きたい。

地球と人類社会の未来に貢献する「知の協創の世界拠点」へ〜今こそ大学の出番〜(東京大学)
―講演内容
東京大学総長 五神 真先生は、「Society 5.0(参考資料12)を目指すこと自体は正しかったが、備えが必ずしも万全ではなかった」として、今後の大学の役割を説かれた。より良い社会を目指すため、科学だけでは不十分なので、総合的に揃っている大学を社会変革の原動力にすべきであると強調されている。詳細は省略するが、グローバル・コモンズ・センター(参考資料13)や未来社会協創推進本部・FSI(Future Society Initiative)(参考資料14)、東京大学アントレプレナーラボ(参考資料15)などの、これまでの東京大学での取り組み事例の紹介がなされた。なお、東京大学では今年度前期の、全学で5000を超える授業を全てオンライン授業にしたとのことであった。

講演内容が幅広かったので、その中からITに直接関係する項目をピックアップしながらまとめる。先ずデータの利活用が重要で、東大にはSINET(参考資料16)があるのが強みであり、これを小中学校にも展開していきたい。3万校の小中校とつないで電子化すれば、日本全体がデジタルアイランドになると強調された。 SINETの活用としてコロナ対策を含めた医療、地震、洪水、津波などの防災対策、等が考えられている。

またデータ駆動型社会の構築には消費電力の削減や半導体デバイスの高度化が必要であり、東大は台湾TSMCとアライアンスを結んでいる。更にまた量子イノベーションイニシアティブ協議会(参考資料17)を設置した。量子コンピュータの研究を加速して、日本を、世界をリードする国にしたいとも述べておられた。

研究項目にもよるが大学には40年先、50年先を見据えた研究も期待されている。そのための自由な資金集めの手段として、マスコミにも報道されている大学債(参考資料18)の発行にも触れておられた。

―感想
幅広く活動されており、大所高所からのご講演である。日本を、世界を先導できる国にしたいという内容であった。半導体で最先端のデバイスをファンドリで作れる企業が日本には無くなってしまい、このような場合に外国企業を頼らざるを得なくなったのは、誠に残念である。

大学債に関しては英国の大学でも発行されている(参考資料18)が、ITと直接は関係しないので割愛させて頂く。

リアルとデジタルの融合―人がより一層輝くDX戦略―(日本生命保険)
―講演内容
日本生命保険代表取締役社長の清水博氏は「リアル」を「対面」、「デジタル」を「オンライン」に対応させながら、同社のDX戦略を説明した。事務簡略化やPC活用の際、RPA(Robotic Process Automation)(参考資料19)の積極的活用を行うと共に、PoC(Proof of Concept)(参考資料20)、つまり概念実証をきちんと行って、サービスを提供する際の付加価値やソリューション仕様を徹底的に実証すると述べていた。またハッカソン(hackathon)(参考資料21)を企画し、組織の壁を乗り越えて、優秀なアイデアを取り込むとのことである。(詳細は省略)

―感想
要旨はRPA、PoC、ハッカソンでDX戦略を遂行するという内容であった。筆者は保険業務に関して詳しくないが、事務処理の自動化のみでなく、保険加入者から集めた資金の運用管理などの分野でもDXは必須なので、その辺の御見解も伺いたかった。

旭化成DX推進への取り組み 事業の高度化・価値創造に向けて (旭化成)
―講演内容
旭化成代表取締役の小堀秀毅氏は同社の表面殺菌ソリューションとしてUV-C(参考資料22)LEDでウイルスを殺菌する例や、3密を可視化するソリューションとしてCO2センサとライブカメラSKETOLN(参考資料23)を組み合わせる例などを説明していた。

要はDX推進に向けて
(1) 横串を通して初めて成果が得られる。
(2) 場を提供する。今まではリアルの場で、会談を通して新技術が生まれていた。リモートになっても双方の対話で理解が進み、新技術が生まれるということを忘れないようにする
という内容だったと受け止めている。

―感想
積極的に新市場開拓に向けて研究開発を続けている企業なので、従来から筆者にとっては種々の展示会でも必ず覗いてみなければならないブースの一つであった。要旨は横串を通し、対話の場を提供してDXを推進するという内容であったが、UV-C LEDの活用、SKETOLNカメラを使うなどと、ハード面にも触れた数少ないご講演だった。今後のご発展を祈念している。

(後編に続く)

参考資料(前編)
1. IT Japan 2020
2. セミナー中、画像が乱れたという理由でKPMGコンサルティング宮原正弘氏の資料だけは、9月4日に完全版として公開された.
3. MINORI開発経緯に関してはみずほ情報総研のwebにも詳しい.
4. フォワードルッキングに関しては例えばhttp://www.ffr-plus.jp/material/pdf/110225.pdf
5. Webの画像検索で同様な図を探したが、該当する図は見つからなかった.
6. 善意型SCMに関しての解説はhttps://www.nikkei.com/article/DGXMZO47613350S9A720C1I00000/に詳しい.
7. 鴨志田元孝, 「電子立国復活で未来を拓け」セミコンポータル (2015/10/07)
8. 鴨志田元孝、「機械学習、AI技術、IoTを活用したマーケティング技術を〜最近の展示会から」、セミコンポータル(2018/06/12)
9. 照井伸彦、「マーケティングにおけるビッグデータの活かし方」、學士會会報 No.944 (2020-V)pp.13-17
10. 例えば垂井康夫編著、「半導体共同研究プロジェクト」、工業調査会(2008) 第1章.
11. CHUGAI DIGITAL VISION 2030に関してはhttps://www.chugai-pharm.co.jp/news/detail/20200331150001_964.html
12. Society 5.0に関しては例えば内閣府のhttps://www8.cao.go.jp/cstp/society5_0/
13. グローバル・コモンズ・センターに関しては例えばhttps://ifi.u-tokyo.ac.jp/units/cgc/
14. 未来社会協創推進本部 FSIに関してはhttps://www.u-tokyo.ac.jp/adm/fsi/ja/index.html
15. アントレプレナーラボに関しては例えばhttps://sci-news.co.jp/topics/1893/
16. SINET学術情報ネットワーク. 国立情報学研究所が提供・運用している.
17. 量子イノベーションイニシアティブ協議会に関しては例えばhttps://www.itmedia.co.jp/news/articles/2007/30/news101.html
18. 例えばhttps://news.yahoo.co.jp/byline/kubotahiroyuki/20200623-00184591/
19. RPAに関しては例えばhttps://winactor.com/column/about_rpa
20. PoCに関しては例えばhttps://www.keyence.co.jp/ss/general/iot-glossary/poc.jsp
21. ハッカソンはインターネット用語で、例えばhttps://www.nic.ad.jp/ja/basics/terms/hackathon.html
22. 近紫外線で波長が280nm以下の光を指す. https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%AB%E5%A4%96%E7%B7%9A
23. SKETOLNに関しては旭化成プレスリリース2019年7月23日. または例えば日本経済新聞

技術コンサルタント 鴨志田元孝

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