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半導体は全体を俯瞰して“擦り合わせる”ことが必要な産業

半導体産業は、自動車産業と同様に、(日本人が得意な)“擦り合わせ”型の産業である。ではなぜ、自動車は世界最強であるにも関わらず、半導体はそうではないのか?その原因は、組織が“擦り合わせ”に相応しい構造をしていないことにある。日本人が得意な“擦り合わせ”を生かすためには、どうすべきか。その解決策を提案する。

1.半導体はモジュラー型産業か?
半導体業界の外側にいる人々(例えば、社会科学者や政治家などの知識人)が、半導体業界をどのように見ているかご存じだろうか?筆者の体験から言うと(注1)、業界外の人々の間で信じられている定説は以下の通りである。

・自動車はインテグラル(擦り合わせ)型産業、半導体はモジュラー(組み合わせ)型産業
・日本人は、擦り合わせ能力が高い
・ゆえに、日本の自動車産業は強い
・一方、半導体は、その製造技術が装置に組み込まれているため、装置を購入して並べてボタンを押せば、容易に製造できる。
・つまり、半導体は、パソコン製造と同様な組み合わせ型産業であるため、日本人の強みである擦り合わせが生かされない。だから、日本半導体産業は弱い。

著名大学に在籍する著名な社会科学者ですら、その著作の中で、堂々と、このような論説を主張している(注2)。半導体の開発や生産現場を良く知っている人達からすれば、到底、信じがたい論説であろう。

2.外側から見た半導体業界
半導体業界の外側にいる人々が、半導体製造の中身を正しく理解していない。これは、半導体製造が、外側から見ただけでは、非常にわかりにくいものであるからに他ならない。外側から見えるのは、設備投資に莫大な資金が必要であること、その設備は年々高騰していくこと、その高額な設備を並べた量産工場では歩留まりというファクターが半導体のコストを左右すること、この程度であろう。

3.インテグレーション技術の存在
では、正しい半導体の製造技術はどのようになっているのだろうか? 半導体の製造技術には、3段階の階層がある(図1)。1)まず、半導体製造工程を構成する最小基本単位の要素技術がある。例えば、成膜技術、リソグラフィ技術、エッチング技術、洗浄技術などがある。2)次に、これら要素技術を組み合わせて半導体集積回路をシリコンウェーハ上に形成するためのインテグレーション技術がある。例えば、DRAMでは、500工程以上からなる工程フローをインテグレーション技術により構築する。3)さらに、インテグレーション技術によって構築した工程フローに従ってシリコンウェーハ上に目標とする性能および品質の半導体集積回路を作りこみ大量生産する量産技術がある。量産技術においては、歩留まりが重要な意味を持つ。


半導体製造技術には3階層ある


半導体業界を外側から眺めた場合、高額な装置を買って並べている要素技術は見える。また、量産工場での歩留まりも見える。しかし、インテグレーション技術は見えない。このインテグレーション技術が見えないことが、“半導体は擦り合わせ型ではなく組み合わせ型産業だ”と誤解してしまう原因であると思われる。はっきり言えば、自動車産業と同様に、半導体は、高度な“擦り合わせ型”の産業なのである(注3)。

4.日本半導体産業の弱点はどこにあるのか?
自動車も、半導体も、どちらも日本人が得意な“擦り合わせ”型の産業である。ではなぜ、自動車は世界最強なのに、半導体はそうではないのか? 日本半導体産業の弱点はどこにあるのだろうか? この問題を、要素技術者、インテグレーション技術者、設計技術者、および経営者の立場から分析してみたい。そして、最後に、日本半導体産業が、日本人の得意な“擦り合わせ”を生かして、輝きを取り戻すにはどうしたら良いかを考察する。

1)要素技術者
リソグラフィ技術やドライエッチング技術など、各種の要素技術が、極度に、専門化してしまった。その結果、リソグラフィ技術者は一生、リソグラフィを行う。ドライエッチング技術者や洗浄技術者、CMP技術者も同様に、自分の専門の要素技術を一生、追い続けるというのが昨近の現状である。リソグラフィ技術者がドライエッチングに転向したり、ドライエッチング技術者が洗浄技術者に転向したりすることはまずほとんどない。

その結果、要素技術者達は自身の専門の要素技術に特化するために、そのほとんどが、一生の間、“トランジスタを作ったこと”を経験できない。つまり、トランジスタを作るということを俯瞰して、自身の要素技術を最適化できない技術者がほとんどなのである。

2)インテグレーション技術者
2年前、インテル社のインテグレーション技術者へのヒアリングを行った。その結果、彼らは、半導体デバイスの原価から逆算して、プロセスフローを構築していた(注4)。彼らは、まず、生産する半導体デバイスが組み込まれる製品(例えばパソコン)の価格および原価を想定する。次に、この原価から半導体デバイスの価格および原価を決める。そして、この原価を実現する歩留まりを決める。例えば、価格2万円、原価1万円、歩留まり90%といった具合である。そして、原価1万円、歩留まり90%に“なるように”、プロセスフローを構築する。その際、最優先するのはコストである。極力短いフローを組み、極力各工程をシンプルにしてスループットを上げる。また、目標とする歩留まりや納期を達成できるようにフローを工夫する。

一方、日本の半導体メーカーのほとんどのインテグレーション技術者は、プロセスフロー構築の際、半導体デバイスの性能を最優先している(というより、性能しか考えていない)。より高性能なトランジスタを作るように最善を尽くす。コストに関する考慮はない。その結果、フローは長くなる。また、各工程のプロセスが複雑になり、スループットが悪くなる。このようなフローを量産工場に移管すると、当然ながら製造設備は多くなる。また、複雑なプロセスを実現するために装置は特注になる。その結果、コストは増大する。量産工場でのコスト削減では、ウェーハ価格や材料価格を減らすのが精いっぱいであり、「まさに焼け石に水。量産工場ではコスト削減問題が火を噴く」ことになる。

3)設計技術者
インテルのヒアリングから、プロセスフローのインテグレーションにより、デバイスのコストに大きな差が出ることがわかった。では、設計のやり方によってコストに差が出ることはないのだろうか? 

ある大手半導体メーカーの元設計責任者にヒアリングしたところ、「設計でコストに差が出る? …(しばらく考えて)、そうかもしれない」という回答であった。次に、設計関係のコンソーシアムの責任者に同様なヒアリングを行ったところ、「…(やはりしばらく考え込んで)、そうかもしれない」と同じ回答であった。さらに、ある大手半導体メーカーの設計統括部長に同様なヒアリングをしたところ、「設計のやり方でコストに差が出るだって? そんなことはあり得ない。設計なんて誰がやったって同じだ。デバイスのコストに差が出るということはあり得ない」という信じられない回答を耳にした。

これらの回答に満足できなかった筆者は、設計ファブレスへのヒアリングを試みた。設計ファブレスは、設計だけで収益を上げている。きっとコストに敏感であろうと思ったからだ。3社にヒアリングした結果、概ね、次のような結果を得た。

「設計には、大きく分けて4段階ある。まず、第一段階のアーキテクチャ設計。ここで、うまい設計者とそうでないのとでは、デバイスのコストに10倍の差が出る。次に、第二および第三段階の論理設計および回路設計。ここでは、うまい設計者とそうでないのとでは2〜3倍の差が出る。最後のレイアウト設計。ここでは、うまい設計者とそうでないのとでは、数十%の差が出る」。

「設計のやり方でデバイスのコストに差が出ないのか?」と質問して、「出る」と即答できない設計関係者、および「差が出る筈がない」と断言した設計関係者は、一体どのような設計を行っているのだろうか?

4)マネージャおよび経営者
日本半導体メーカーの組織において、どのような社員が昇格し、どのような社員がマネージャおよび経営者になるのだろうか?

半導体は、ムーアの法則に従って3年ごとに70%微細化をし続けている。その結果、技術の難度は年々高くなる(図2a)。ここで仮に、1980年に微細加工グループに新人5人が配属されたとしよう。新人5人は、微細加工技術の開発を、それぞれ担当するとする。


誰が昇格しているのか


10年が経過し、1990年になった。この10年間で微細化はより進展し、技術的難度が増大している。10年前新人だった5人には、職位に変化が生じている。技術で功績をあげた者が、課長に昇進している(図2b)。課長になると、技術から遠ざかる傾向がある(その方が“偉い”と思われている)。その結果、無能化する課長が出現する。なぜなら、技術が得意で技術で功績があったから課長になったのであり、マネジメント能力があったわけではないからである。

さらに10年が経過し、2000年になった。微細化はさらに進展し、技術的難度はますます増大している。例の5人は、その後どうなったのであろうか? 10年前課長だった者から部長が誕生している(図2c)。部長になると、ますます技術から遠ざかる。その部長が技術に関わっていたのは、はるか彼方の十数年前であり、最先端の技術は全くわからなくなっている。その結果、完全に無能化し、ご隠居生活に入る。

一方、20年たっても未だに課長に昇進せずに技術を作っている者もいる。つまり、技術開発があまり得意ではなく、さしたる功績もあげられないものが、加速度的に難しさを増した技術開発を行わなければならなくなっている。

つまり、技術が得意な者は短期間で技術開発の功績を挙げ、そのご褒美で課長や部長に昇進し、技術には関わらなくなる。その反面、得意な技術ではないマネジメントが仕事になるが、そもそも、マネジメント能力を買われて課長になったのではない。そのため、ほとんどの課長および部長が無能化する。その結果、最も技術的に能力の低い者が、加速度的に難しさを増す技術開発を行わなければならないのである。なんというジレンマだろうか。
以上のようなことから、半導体の組織においては、マネジメントできないマネージャ、経営できない経営者が多数存在することになる。

5.“擦り合わせ”を生かすために
半導体産業は、自動車産業と同様に、日本人の得意な“擦り合わせ”型の産業である。しかし、世界最強の自動車産業に対して、日本半導体産業は、今一つパッとしない。それは、組織が“擦り合わせ”に最適な構造になっていないことにあると考えられる。先鋭化してしまって自分の専門領域しか見えていない要素技術者、性能しか頭にないインテグレーション技術者、デバイス・コストなど考えたこともない設計者、マネジメント能力のないマネージャ、経営能力のない経営者。

要するに、製造技術は“擦り合わせ”が必要であるにも関わらず、組織はモジュール化してしまっている。加えて、最適な人材がマネージャや経営者になっていない。

では、どうしたら良いのか? すべての技術者が、全体を俯瞰した上で、自身の専門分野を最適化できるようにすべきである。具体的に言えば、技術者は、一度は、自分でCMOSのプロセスフローを書き、自分で上から下までプロセスをやってみて、トランジスタを動かすという経験を積むべきではないか? また、優秀な技術者をむやみに管理職にしない仕組みが必要だ。優秀な技術者は、技術者として高給で処遇するようにする。さらに、設計者、インテグレーション技術者は、一度は、マーケテイングおよび営業を経験するべきである。自分の作るデバイスが、市場の中で、どのような機器において、誰に、どのように使われるのかを知っておくべきである。そして、マネージャおよび経営者は、最低でもビジネススクールでMBAまたはMOTを学ぶべきだ。技術者が技術開発を行うためには、物理学、化学、電磁気学、統計力学、半導体工学など、関係する学問を勉強するだろう。それと同様に、プロのマネージャ、プロの経営者になるのであれば、経営学を勉強することは必要不可欠の素養である。

経営能力のある経営者、マネジメント能力のあるマネージャが、世界の動向を俯瞰してデシジョンする。設計者およびインテグレーション技術者が、市場を俯瞰して、設計し、プロセスフローを構築する。プロセス技術者は、デバイス全体を俯瞰して、専門の要素技術を開発する。このようにすれば、競争力のある半導体デバイスが製造できると思われるが、どうだろうか?


長岡技術科学大学 極限エネルギー密度工学研究センター 客員教授
湯之上隆




注1:筆者は2002年10月まで、16年間に渡り半導体の微細加工技術開発に従事した。その後、4年半、同志社大学で、社会科学者として、外側から、半導体業界を観察した。
注2:例えば、藤本隆宏著『日本もの造り哲学』日本経済新聞出版社、2004年6月、146ページ。
注3:半導体が擦り合わせ産業であることを証明するために、同志社大学商学部の鈴木良始教授と共著で、以下の論文を執筆した。鈴木良始、湯之上隆(2008)「半導体製造プロセス開発と工程アーキテクチャ論 −装置を購入すれば半導体は製造できるか−」同志社商学、第60巻、3・4号、54〜154ページ。
注4:湯之上隆(2006) 「日本半導体産業のコスト競争力に関する一考察 −プロセス開発の初期過程に問題あり−」技術革新型企業創生プロジェクト、Discussion Paper Series #06-08.

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