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半導体メーカーの2社統合問題(1)−なぜ、2社統合がうまくいかないのか

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前回、分社化における問題を取り上げた。本稿では、分社化後に2社が経営統合する際の問題を3回に分けて考えてみる。第一回目は、2社統合によりどのような摩擦や混乱が生じるかを考察する。エルピーダメモリやルネサステクノロジなど、2社が経営統合した際、2社の技術融合によるシナジー効果“1+1=3”が期待された。しかし、現実は、目論見通りに行かなかった。2社の設計技術を融合することはできなかった。プロセスの“良い所取り”は不可能だった。2社の量産工場で計画通り量産することができなかった。それはなぜなのか?

2社統合の目論見
2社の経営統合により、エルピーダメモリやルネサステクノロジなどが設立された時、そこには、どのような目論見があったのだろうか? 

単純に考えても、社員倍増、生産能力倍増、開発費は折半により半減、などは簡単に実現できると目論むだろう。つまり、最低でも、1+1=2。しかし、それだけでは面白くない。折角、カラーの異なる2社が融合するのである。従って、そのシナジー効果創出を期待するであろう。すなわち、1+1=3を目論む。例えば、エルピーダメモリ設立の際は、強力な生産技術力を持つNECと、強力な技術開発力を持つ日立製作所が融合することにより、世界最強のDRAMメーカーになることが期待されたはずだ(図1)。


2社統合の目論見


このような目論見により、間違いなく統合前よりも状況は改善すると期待されて、経営統合はなされた。しかし、現実は、目論見通りには行かなかった。それはなぜなのか? 2社統合により、合弁会社内には、どんな混乱や摩擦が生じたのだろうか?

A社とB社が経営統合する場合
例えば、A社とB社が経営統合してC社を設立することを考えてみよう。まず、組織について。C社のあらゆるセクションが、A社とB社の社員で構成されることになる(図2)。構成比はセクションによってバラツキがあるものの、概ね半々になる。また、課長、部長、本部長から社長に至るまで、あらゆる職位が二重になる際、正課長がA社員、副課長はB社員であるとしたら、部長職は、逆に、正部長がB社員、副部長がA社員というように、たすき掛け構造の人事がなされる。


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次に、設計センター、開発センター、および量産拠点について。C社の設計センターおよび開発センターは、A社またはB社のどちらかに集約されることになる。例えば、A社の設計センターおよび開発センターに、B社の技術者が異動することにより、C社の設計センターおよび開発センターを形成する(図3)。C社の設計センター(インフラはA社)で設計されたデバイスが、C社の開発センター(インフラはA社)で試作される。プロセスフローが完成したら、これを技術移管して、量産する。量産拠点は、A社およびB社の量産工場、および、C社が新たに建設する最新鋭量産工場などである。


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このような組織、職制、および、事業拠点により、1+1=3を目論んだとすると、果たしてその結果はどうなるのか?

設計技術の融合は可能か?
A社内の設計センターに、A社の設計技術者およびB社の設計技術者が集まって、一致団結し、ある一つの半導体デバイスを、設計することが可能だろうか? 十分な準備期間があれば、もしかしたら可能かもしれない。しかし、不況により大赤字を計上し、最後の手段として2社統合するというような切羽詰まった時に、そのような悠長な準備期間はあり得ない。従って、極めて短期間で設計を完了しなくてはならない。このような非常事態の状況下で、A社とB社の設計技術を融合することなどは、無理であろう。

実際に、0.13μmDRAMからスタートしたエルピーダメモリの設計センターでは、NEC版の0.13μmのDRAMと、日立版の0.13μmDRAMの二種類が設計されてしまった。やはり、設計技術を融合し、一致団結して、一つのDRAMを設計することはできなかった。さらに、どちらの設計者も、自分が設計した0.13μmDRAMを優先的に試作するようにと、デバイス・プロセス部門に圧力をかけてきた。人手不足のデバイス・プロセス部門は悲鳴を上げた。しかし、たすき掛け人事による職制が災いをして、どちらか一方を選択する決定ができず、社内は混乱した。

プロセスの良い所取りは可能か?
次に、開発センターのデバイス・プロセス部門について。開発センターのインテグレーションおよび各要素プロセス部門には、“良い所取りをしろ”という指令がなされることが多い。しかし、一見して、合理的に聞こえるこの指令が、要素プロセス部門を混乱させ、無用な摩擦を生む原因となるのである。それはなぜか?

“良い所取りをする”ということは、各技術について、お互いを比較して、優劣を決めるということである。例えば、エルピーダメモリの場合、NECの技術者も日立の技術者も、自分こそがナンバー1だというプライドを持っていた。実際、1980年代、NECはDRAMのシェア世界1の座に数多く座った。その後、韓国・三星に世界1の座は譲り渡してしまうが、それでも、少なくもDRAM日本1のプライドがあった。一方、日立は、要素技術、特に微細加工技術ナンバー1というプライドがあった。両者が持っていたこのようなプライドがあちこちで衝突する。衝突すると、がっぷり四つに組んでしまい、両者一歩も引くことができない。このような混乱や摩擦が至る所で生じた。

プロセスの違いは文化の違い
プロセスの“良い所取り”ができないもう一つの理由がある。それは、プロセスの違いは文化の違いということだ。これこそ本質的な問題と言える。プライドのような精神的なものではなく、文字通り物理的な問題である。2社が経営統合する際、この問題が解決できなければ、その会社は成功しない。詳しく述べよう。

例えば、プラズマを使ったアッシング処理によりレジストを除去した後、アッシングで除去しきれなかったレジスト残渣をウエット洗浄する技術がある。洗浄技術を比較すると、A社よりも、B社の技術の方が残渣除去能力に優れているとしよう。では、A社の試作ラインにB社の洗浄技術を導入すればいいと思うかもしれない。しかし、それはかなり難しいことになる。その理由は以下の通り。

1)まず、レジストを除去するというプロセスは、プラズマによるアッシングとウエット洗浄の組み合わせで実現されるものである。A社の哲学は、強力なアッシングでなるべく残渣を残さないプロセスを目指している。だから、ウエット洗浄は残渣除去能力が小さくても良い。では、A社の強力なアッシングとB社の残渣能力に優れた洗浄の組み合わせにすればいいではないか? これもNGである。この組み合わせでは、半導体デバイスに大きなダメージを与えることになる。

2)百歩譲って、ダメージは問題ないと仮定しよう。そして、B社のウエット洗浄技術を導入することにしたとしよう。それでも導入は困難だ。なぜならば、B社の洗浄液は、A社の洗浄装置では使えない。配管系統に腐食が起きる可能性が高い。洗浄装置とは、ある洗浄技術の実現を目標にして、ある特殊な洗浄液を使うように作られている。したがって、洗浄液が異なると使用できない場合が多い。結局、装置ごと新設するしかない。しかし、ウエット洗浄装置の納期は約1年、価格は数億である。今からではまったく間に合わない。

つまり、プロセスというのは、一つの哲学である。一つの半導体メーカーの中で、長い歳月をかけて熟成されてきた文化といってもいい。従って、一部分だけを切り出して、単純な比較をして、能力が高いから、同じような装置だから、といって簡単に置き換えられるものではない。このような理由で、2社を統合した際、両社のプロセス技術を比較して“良い所取りをする”ということは、極めて難しいことなのである。

量産展開における問題
 結局、2社が経営統合しても、簡単にプロセスの“良い所取り”はできない。その結果、C社が開発する半導体デバイスの工程フローは、A社のインフラを使って、A社のプロセスで開発せざるを得ないことになる。このようにして開発された工程フローを、当初の目論み通り、量産することが可能だろうか?

上記半導体デバイスを、A社の量産工場で量産することは可能である。これは、2社統合する前と同じシチュエーションだからである。通常、同一の半導体メーカー内ならば、開発センターと量産工場においては、ほとんど同じ製造装置を揃えている。従って、コピーイグザクトリによって、量産移管することが可能となる。

しかし、上記半導体デバイスを、B社の量産工場で量産することは、非常に困難である。B社の量産工場における製造装置が、A社の開発センターの製造装置と同じとは限らないからである。このような場合、コピーイグザクトリによる量産移管はできない。異なる装置で、同じプロセス特性が得られるように、プロセス開発を行わなくてはならない。このような移管をコピーエッセンシャリという。

コピーエッセンシャリを必要とする工程が多ければ多いほど、量産工場の負担は大きくなる。量産できるようになるまでの時間やコストが増大するからである。実際に、エルピーダメモリの場合、NEC相模原で開発されたDRAMの工程フローを、日立の量産工場に移管するためには、約60%もの工程について、コピーエッセンシャリにより、プロセスを作り直す必要が生じた。量産工場では、これほど大規模なコピーエッセンシャリは不可能であった。そこで、NEC相模原で開発されたDRAMの工程フローを、日立の開発センターで、コピーエッセンシャリにより日立仕様のプロセスに作り直し、このプロセスを日立の量産工場に移管する手段が取られた。しかし、これでは、2社統合のメリットなど何もない。それどころか、2社統合により、より煩雑で、より非効率的な作業を必要とする。その結果、技術者は疲弊し、この量産移管は、途中で頓挫することになった。

エルピーダメモリが設立した当初、NECと日立を合わせたDRAMの世界シェアは16%あった。ところが、そのシェアは、1年後8%に、2年後4%にまで減少した。その背景には、当初の目論見通り、DRAMを量産することができなかった誤算があった。プロセスの問題により日立の量産工場を使うことができず、片肺飛行を余儀なくされた。さらに、エルピーダメモリが新規に立ち上げる予定であった最新鋭工場も、不況により親会社からの投資が認められず、量産に至らなかった。この結果、1+1=3を目論んだ2社統合は、結果的に、1+1=0.5になってしまった。

二重組織の弊害
これまで見てきたように、A社とB社が経営統合してC社を設立した場合、(1)短期間で2社の設計技術を融合することはできない、(2)2社のデバイス・プロセスの“良い所取り”をすることも難しい、(3)片方1社のインフラを基に構築した半導体デバイスの工程フローを、同時に、2社の量産工場に移管することは困難である。

このような技術的な問題を、二重組織による体制が、より深刻化する。例えば、たすき掛け構造の職制の場合、あらゆるセクション、あらゆるポジションで、主導権争いが生じる。その結果、簡単なことでさえも、両社の思惑が絡まりあい、なかなか決定できない。また、資金を両親会社に依存している場合、何かを決定する際、両親会社の承認を必要とするため、ますます決定するまでに時間を要することになる。さらに、両親会社が、統合会社の運営に干渉する場合もあり、会社経営は困難を極めることになる。このようになると、分社化と2社統合により組織を身軽にし、迅速な決定と、迅速な会社経営を目指したはずなのに、事態は2社統合以前よりも悪化する。

2社統合による技術的な混乱や摩擦を最小限に抑えるにはどうしたらよいのだろうか? また、両社の技術を融合させ、シナジー効果を創出することは可能なのだろうか?さらに、迅速な決定、および迅速な会社経営を実現するためには、どのような措置が必要なのだろうか?その解決策については、次回以降で考察する。

エフエーサービス 半導体事業部 技術主幹

湯之上隆

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