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シリコンバレーのエンジニア魂を表現した本、The Intel Trinity

米国でこの7月に「The Intel Trinity」(著者Michael S. Malone) という題名の本が、米国Harper Business社から刊行された。筆者が題名を訳すならば「インテル社の三位一体(さんみいったい)」である。副題には、「ノイス、ムーアそしてグローブがトリオとして世界で最も大事な会社をいかにして作りあげたのか?」とある。この本はもちろん原書で、訳本はまだ存在していない。

図1 Michael S. Malone氏が執筆したThe Intel Trinity

図1 Michael S. Malone氏が執筆したThe Intel Trinity


三位一体とはキリスト教固有の言葉であって筆者は最初に目にして面食らった。聖書などによると、三位一体はキリスト教の神、イエスキリスト、聖霊を意味する。不思議に想って中を見てわかってきたのだが、創始者のR. ノイス(以下全て敬称を略す)、G. ムーアそしてA. グローブの3人を神、キリスト、聖霊の三位一体になぞらえているのだ。

キリスト教徒は別にして一般の日本人にはこの題はなじみにくいが、毎週の様に日曜の午前には正装して教会におもむき賛美歌を合唱し牧師の厳かな話を聞いて過ごす多くのアメリカ人にはTrinityが心に素直に入るのだろう。以下は筆者が中身を覗いた結果として学んだことや感想などを述べる。

著者のMaloneがこの本を出す上で最も適していると筆者は思う。彼はシリコンバレーで突出した新聞であるサンノゼマーキュリー・ニューズを職場にして30年以上にわたって、半導体を中心とするハイテク記事を取材し書いてきた歴史の体現者なのだ。だから3人とは頻繁に会っていて、早く亡くなったノイスを除いてそれが30年以上も続いた点を考えれば、内輪の話も相当に含まれていて当然だ。事実、グローブはノイスが好きでなかったという、信じられないようなストーリーが出てくる。Maloneは最も重要な半導体デバイスメーカーとしてインテルを位置づけているが、確かに1992年から現在まで半導体売上ランキングのトップを守っているのも事実だ。

ノイスはアイオワ州の牧師の息子で、生まれつき傑出したリーダーと言える。彼は人々から愛された上に、カリスマ的な父として神のように人々から崇められた。グローブはハンガリー出身でナチスの影響下、ソビエトロシアの占領にさらされたという経歴を持つ。そして神の子キリストになぞらえている。ムーアはカリフォルニアで生まれ育ったのだが、聖霊になぞらえている。

1967年ごろシリコンバレーで最も栄えたフェアチャイルド社がその勢いを失しないつつあったとグローブは感じた、と本書は述べている。指導者のムーアがフェアチャイルドを去るらしいと、その匂いを嗅ぎつけた時グローブは、「お願いです。一緒に連れて行って下さい」と、ムーアに頼んだ。ムーアの答えは、「一緒に来たければ、来てくれてもいいよ」と言うものでグローブは安心したが、少々早かった。「でも、ノイスも一緒だよ」とムーアが続けた。「えっあの人も一緒なのですか?」と、絶句したグローブ。この本で何度も繰り返されるグローブのノイスを嫌うさまが、絶句したグローブの態度として描かれている。

でも勢いを失うフェアチャイルド社に残る選択肢は、グローブにはなかった。グローブが感じたフェアチャイルド時代のノイスは、買い被られた役者のように大きな態度だった。スタッフミーティングでも気持ちはあらぬ方に向き、テーブルから離れて座り、心はここにあらずに見えた。9時のミーティングに11時ごろ現れて酒の匂いがしたこともあった。しかしながらグローブはその虫が好かないノイスが一緒の地獄でも、ムーアと共に行動すべきだと想ったのだ。事実、グローブがムーアを追ってインテルに加わった。

筆者はノイスを多いに尊敬している。フェアチャイルド社を創設しリーダーになった。その後インテルを立ち上げて成功に導いた功労者だ。決して仲が良かったとは言えず、なついてもくれなかったグローブを、その卓抜した能力に惚れてノイスは重く待遇した。そしてノイスは、テキサス・インスツルメンツのキルビー(参考資料1)とは独立に集積回路を発明し基本特許を取得している。

この本には書かれていないが、ある日本人が取得した我が国の特許に対して、インテル社内では反対の大合唱を制して、それを認めたのはノイスだ。そして交渉の結果、インテルは特許料をその日本の会社に支払った。相当の大金だった。受け取ったその会社はお蔭で大きく浮上し、今日を成した。

グローブは集中力が高い上に仕事が早く、もちろん非常に有能だ。フェアチャイルド時代は研究所長としての研究論文が多い。その多くは著書(参考資料2)に紹介されているが、優れた半導体の教科書だ。ムーアはムーアの法則の提唱者として、知られている。
一方、ハイテクの会社ではスカンクワークがよく発生する。これは、エンジニアが自分の興味の赴くままに会社や上司に秘密で、好みの開発を残業時間などにやることだ。日本でもこれはあるが、闇研究がなまって「ヤミケン」とも言われている。一部のやかましい上司は見つけると、その場で上から目線さながら叱りつけて止めさせる。他の上司は柔軟な態度を示す。ノイスは後者だったのでスカンクワークを見つけても何も言わなかった。あるエンジニアはグローブの組織に所属していたが、ノイスは自身の組織に移した。移してあげないと彼はグローブに睨まれて居心地が悪いだろうとノイスが配慮したのだ。事実を知ったグローブは激怒したが冷静なノイスを見、かつプロジェクトの内容を考えたらしい。内容の重要性を悟ったグローブは、フェアチャイルドから若手を引き抜いて、スカンクの開発チームに加えた。この時のスカンクは、論理チップの開発であり、8080チップの前身になったプロジェクトだった。聡明なグローブは一方で激怒し、他方でこのスカンクの内容を理解した。

この本は、30ドル近い値で売られており、540頁を越えているハードカバーの本だ。厚さを測ると4.4mmもあった。半導体メーカー、インテルに関して、誕生から優れたリーダーシップを発揮してイノベーションを達成した3人のCEOの時代を中心に詳しく書かれている。シリコンバレーで働くエンジニアの魂、人々を興奮させ高い成果を挙げさせる秘密などが書かれている。興味をお持ちの方には一読を勧めたい。

参考資料
1. 大和田 敦之「ジャック・キルビーの想い出」 (2013/06/13)
2. A. S. Grove, Physics and Technology of Semiconductor Devices, John Wiley 1967

エイデム 代表取締役 大和田 敦之

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