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類似性で検索するツールと特許電子図書館での有機薄膜特許の分析

近年有機薄膜関連の研究が活発に行われている。熊本県も、既に立地している半導体産業をベースに、新たに産官学による有機薄膜技術を核とする技術拠点を形成し、次世代地域産業を創出しようとしている(注1)。先頭に立って指揮しているのは、同県産業技術センター柏木正弘氏(注2)である。既に2009年2月に熊本県有機薄膜研究会(注3)が設立され、10月までほぼ毎月熱心に、かつ高度な内容の研究会が催された。

その分科会で2009年11月―2010年1月の間、3回に分けて「有機薄膜研究のための特許戦略」という題で拙い講演をする機会を与えられた(注4)。当初工業所有権情報・研修館の特許電子図書館(以後IPDLと略記)で調べただけでも有機薄膜関連特許の数は2700件以上あり、とても短期間に単独では解析できないとお断りしたが、「事例紹介だけでも」との当時センター所長だった柏木氏の御依頼に抗しかねたのと、丁度、言語データを入力すると関連特許が検索され、その類似度がレーダーチャートに2次元表示される(株)創知のχLUS(カイラス)ソフト(注5、6)を知ったので、それを使えば何とかなるかもしれないと思いお引受した。

本稿はその内容の概要をまとめたものである。ここではIPDLとχLUSソフトの簡易版であるχLUS Green(注7)を用いた調査結果の概要を記述する。紙面の都合で講演時に多数紹介した個別の発明事例はすべて省くが、本稿で有機薄膜分野特許の概要だけでも把握して頂ければと思う。

1.分析方法
まずIPDLで有機薄膜分野の現状を把握した。2008年1年間に公開及び公表された特許303件から全容を調べると、図 1のようにデバイス関連が65%、材料、製法関連が35%であり、デバイス関連の内訳は有機薄膜トランジスタ関連が41%、有機EL関連が52%、有機薄膜太陽電池関連が7%であった。したがってサンプリング調査の結果ではあるものの、有機薄膜分野ではこのデバイス3分野をあたれば概略がわかるだろうと考えた。なお、本稿でのIPDL検索時期は2009年3月時点である。


図1 IPDLによる2008年1年間の「有機薄膜」という言語が明細書中にある特許303件の分類

図1 IPDLによる2008年1年間の「有機薄膜」という言語が明細書中にある特許303件の分類


次にχLUS Green(カイラスグリーン)の使用可能性を知るため上記3分野の特許明細書の代表例を全文入力することにした。χLUS Greenでは明細書全文の単語をベクトル表示し、そのすべての内積を計算してその特許明細書の特徴を示すベクトルを算出し、同様に計算した他の特許明細書のベクトルと比較して特許明細書相互の類似度を求める。

なお、χLUS Greenのデータベースは(株)創知で定期的に更新されている。本稿での検索時期は2009年3月時点で、2009年1月の公開公報まで収録されているデータを使用している。

上記IPDLで調べたリストから、「デバイス」と「製造方法」の観点で、「有機薄膜トランジスタ」(特開2008-311637)、「有機薄膜トランジスタ及びその製造方法」(特開2008-235581)、「有機EL素子」(特開2008-288344)、「有機エレクトロルミネッセンス装置の製造方法」(特開2008-305602)、「有機太陽電池」(特開2008-218702)、「有機薄膜太陽電池」(特開2008-034762)と、比較のため表示装置で関連する「LCDパネルを用いる表示装置」(特公2008-541150)の7件の明細書をχLUS Greenにすべて入力すると、1993年‐2009年1月まで公開されたものの中で5,888,283件がヒットした。その中から類似度の高い特許100件を選別してレーダーチャートに表示したのが図2である。右上半分が薄膜トランジスタ、左下半分が受光、発光デバイスに関係する。「LCDパネルを用いる表示装置」は「有機薄膜」という単語が明細書の中のどこかで使われていたからヒットしたのだろうが、内容としては図2で示すスケールの範囲外に位置していた。これでχLUS Greenの使用可能性が判明した。


図2 有機薄膜関連特許7件をχLUS Greenに入力し、ヒットした1993年―2009年の588828件中、類似度の高い100件をレーダーチャートにした図。赤丸印が入力した6件の特許明細書の位置。「LCDパネルを用いる表示装置」特許はこの円の外側の円との間に位置している。

図2 有機薄膜関連特許7件をχLUS Greenに入力し、ヒットした1993年―2009年の588828件中、類似度の高い100件をレーダーチャートにした図。赤丸印が入力した6件の特許明細書の位置。「LCDパネルを用いる表示装置」特許はこの円の外側の円との間に位置している。


2.結果と解析
2.1有機薄膜トランジスタ

そこで自然文「有機薄膜トランジスタ」をχLUS Greenに入力しヒットした24,967件から類似度の高い100件と、「有機薄膜トランジスタの製造方法」を入力して得た19,136件から類似度の高い300件を選びその上位100件を合算し200件に絞って、IPDLで明細書の全文を読み分析した。デバイスとその製造装置の両面から別個に検索したので重複するものがあり、それを除去すると、有機薄膜トランジスタ関連で129件に絞り込めた。

図3は有機薄膜トランジスタという自然文をχLUS Greenに入力したときのレーダーチャートである。丸印がそれぞれ特許1件に相当する。この図より右上にドライバ回路も含んだトランジスタが、左下には受発光デバイスが分布していると推定できる。


図3 自然文「有機薄膜トランジスタ」を入力したときのレーダーチャート

図3 自然文「有機薄膜トランジスタ」を入力したときのレーダーチャート


同じレーダーチャートで出願人ごとに表示できる。例えばセイコーエプソン(株)と松下電器産業(株)の出願を調べると図4A、Bに指定した出願人の特許の位置が浮き出てくる。これにより両社の技術の特徴がわかる。


図4 各社の特許戦略位置関係の例 Aセイコーエプソン B松下電器産業

図4 各社の特許戦略位置関係の例 Aセイコーエプソン B松下電器産業


IPDLで取り寄せた129件の明細書を分析したのが表1である。表には実際の件数を示しているが、全体の割合で理解すべきだと思うので、以下表の数値をもとに%値を主体に記述する。

表1有機薄膜トランジスタ24,967件から100件と有機薄膜トランジスタの製造方法19,136件中300件選択しその上位100件とを合わせ重複を省いた129件の分析。該当する項目は複数カウントしている。

(単位 件数)

表1有機薄膜トランジスタ24,967件から100件と有機薄膜トランジスタの製造方法19,136件中300件選択しその上位100件とを合わせ重複を省いた129件の分析。該当する項目は複数カウントしている。

有機薄膜トランジスタ分野では電気的特性の改善、寿命の改善、製法の簡略化、コスト改善など、が29件で23%、その応用としてトランジスタを改善し発光表示デバイスなどに使用する例や装置の基板に応用した例、あるいはその回路への適用などの特許が13件で10%あり、両者合わせて33%である。

χLUS Greenは単語に分解する検索なので「薄膜」という言葉から、有機薄膜以外の他の薄膜TFTも多数ヒットして来たが、類似度が高いだけに有機薄膜トランジスタにも使える共通技術も多く、IPDLで詳細に調べると表1のように37件プラス16件で33%もあった。表示装置として構成するときの開口率を向上させる技術や、無機と有機の併用などが該当する。


2.2有機EL
有機ELではχLUS Greenに「有機薄膜エレクトロルミネッセンス」と入力した場合と「有機エレクトロルミネッセンス」と入力した場合では、前者が11,582件なのに対し後者は20,039件と2倍になる。「薄膜」以外も入ってくるだろうが、欠落防止のため後者で作業を進めた。ここでは「有機エレクトロルミネッセンス」でヒットした20,039件の内、類似度の高い100件と、「有機エレクトロルミネッセンス製造方法」でヒットした14,588件の中から類似度の高い300件を選び上位100件を抽出して、両者合計200件から重複と無機ELを省き141件に絞って解析している。


図5 各社の特許戦略位置関係の例 A:三洋電機(株) B:セントラル硝子(株)


図5 各社の特許戦略位置関係の例 A:三洋電機(株) B:セントラル硝子(株)


図5は「有機エレクトロルミネッセンス」でヒットした20,039件の内の100件の類似度位置関係を示すレーダーチャートの例で、三洋電機は全体的に出願しているが、セントラル硝子は有機EL用ガラスに特化していることが判る。これは上記の検索条件の下での結果であり、両社とも必ずしもこれだけとは断定できない。しかしこのソフトによるとこのような結果になるということで御理解頂きたい。

表2は上記のようにχLUS Greenで検索した特許明細書を、IPDLで取り寄せすべて読み、分類した結果を示すものである。表1と同様、構造特許か製法特許か、あるいは両者かという分類以外は、該当する項目は複数回カウントしている。

表2 「有機エレクトロルミネッセンス」でヒットした20039件中、類似度の高い100件と、「有機エレクトロルミネッセンス製造方法」でヒットした14,588件中、類似度の高い300件を選びその上位100件を抽出して、合計200件から重複と無機ELを省き141件の解析結果

(単位 件数)

表2 「有機エレクトロルミネッセンス」でヒットした20039件中、類似度の高い100件と、「有機エレクトロルミネッセンス製造方法」でヒットした14,588件中、類似度の高い300件を選びその上位100件を抽出して、合計200件から重複と無機ELを省き141件の解析結果


有機EL分野では最も多かったのは画質の改善に関するもので、変換効率改善、均一輝度技術、反射防止技術などの輝度改善に関するものや、ダークスポット低減技術、画素間短絡防止技術、長寿命化技術などが46件で35%を占めた。次いで封止技術に関するものが41件で、中身は長寿命化技術、フレキシブル性活用技術、放熱性改善、高開口率封止技術などであり28%であった。また材料そのものの改善として、発光部材、電極部材、保護部材、封止部材、放熱部材などが31件あり22%も見られた。そのような有機ELの製造設備、製法技術として印刷法、インクジェット法、そのコントロール回路など19件、13%、照明などの応用技術が5件、3%という割合である。有機ELに関しては特許庁から詳細な技術動向調査報告書(注8)も出ている。

2.3 有機薄膜太陽電池
χLUS Greenに「有機薄膜太陽電池」と自然文で入力すると639件しかヒットしない。
単語に分解するとき「有機」/「薄膜太陽電池」となるからと判明した。この方が厳密な意味でここでの調査目的に近いと思われるが、なんとも少ないので、欠落を避けるため「有機薄膜 太陽電池」と入力し、「有機」/「薄膜」/「太陽電池」と分割する方を選んだ。この場合は約10倍の6,533件がヒットする。


図6 各社の特許戦略位置関係の例 A:大日本印刷(株) B:積水化学工業(株)

図6 各社の特許戦略位置関係の例 A:大日本印刷(株) B:積水化学工業(株)


その中から類似度の高い100件と、「有機薄膜 太陽電池 製造方法」の5,770件から類似度の高い300件を抽出し上位100件を合わせ、合計200件から重複を省いて138件を検索し、IPDLから明細書全文を取り寄せて分析した。

図6はχLUS Greenの「有機薄膜 太陽電池」と入力した結果であるが、例えば図Aの大日本印刷(株)はモジュール関連の特許が多く、また図Bのように積水化学工業(株)はハウス対応特許に力を入れていることが判る。

表3「有機薄膜 太陽電池」でヒットした6,533件中、類似度の高い100件と、「有機薄膜太陽電池 製造方法」でヒットした5,770件中、類似度の高い300件を選びその上位100件を抽出して、合計200件から重複を省いた138件の解析結果

(単位 件数)

表3「有機薄膜 太陽電池」でヒットした6,533件中、類似度の高い100件と、「有機薄膜太陽電池 製造方法」でヒットした5,770件中、類似度の高い300件を選びその上位100件を抽出して、合計200件から重複を省いた138件の解析結果


IPDLから取り寄せた明細書全文を読むと、有機薄膜太陽電池分野では表3のように有機薄膜太陽電池の基盤技術が14+3+2で19件、14%、色素増感型太陽電池が22件、15%であった。そして「有機薄膜」という言語から入ってくる、保護シート、モジュール材、瓦取り付け技術などが72件で52%を占める。色素増感型太陽電池に関しては特許庁から詳細な技術動向調査報告書(注9)が出ている。

特許庁の太陽電池に関する調査報告書(注10)によると、2000年-2006年の日米欧中韓への出願における太陽電池の種類別出願件数比率では、結晶Si型、薄膜Si型、化合物結晶系、化合物薄膜系太陽電池に比して、有機半導体系は全体の10.5%(668件)に過ぎない。そして出願人国籍別出願件数比率では、他のタイプでは日本国籍出願が50%以上なのに、この有機半導体分野のみ50%を割って45.7%である。

またNEDOの委託を受けた京都大学の報告書(注11)によると、特許出願明細書記載の光電変換効率は、日本の研究機関からの出願では3%を超えるものは見当たらない。それに対してWO及びEP-A出願の欧米主要研究機関からの特許明細書に見られる光電変換効率は3.3-6.5%で、日本の3倍も高い。つまりこの調査結果は日本のレベルが質的に劣っていることを示している。

一方、最近、イデアルスターと金沢大学など6大学の産学協同の成果として、製造も簡単で価格も安い糸状の太陽電池が発表(注12)されている。是非このように日本の技術力を結集して変換効率向上を目指し、世界をリードする新しい分野の発展を期待したい。

3.おわりに
IPDLとχLUS Greenの力で、「有機薄膜」分野の膨大な特許文献の分類を行うことが出来た。もちろん、χLUS Greenとて万能ではない。上記の結果はあくまでもここで述べた条件下での解析である。χLUS Greenを使うときは以下の点に留意する必要がある。

1)概念検索のため、背景に強い相関関係があるとそのコンタネーションが入りやすい。
例えば「有機薄膜トランジスタ」と入力すると、応用分野の「表示装置」に引かれるためか、表1のように他のTFT、即ち無機薄膜トランジスタ特許が大量に混入してくる。
ただし厳密な検索という意味ではコンタミネーションが多いということになるが、一方では、検索された特許の「概念」は共通しているので、検索洩れが少ない利点とも考えられる。つまり表1の共通技術で説明したように、他のFETではあるが有機薄膜トランジスタにも応用できる技術を探すというときには便利である。使うときの目的にもよる。
2)同義語で異表記語の場合、異なった集団で2次元表示される。例えばA社では「CCD」として出願しているのに対し、B社では「電荷結合素子」として出願している場合、同じものでありながら2次元表示では別のグループで表示される。従って2次元表示上の差から短絡的に両社の戦略が異なるとは言えない。
χLUSの「関連語」にフリーキーワード(統一語)(注13)システムが導入されれば、あるいは特許庁のFターム、FIタームと連動できれば解決するのだろう。
このような点を考慮しながら、うまく使えば短期間にかなりの量に基づく解析が、個人レベルでも手軽にできる。

また有機半導体分野は、励起子やHOMO、LUMOの世界でもあり、長くpn接合理論に親しんできた者には理解が難しい所もある。ただ実用の世界では理論も大事だが、実績はさらに重要である。変換効率を改善し、大きな産業分野になることを祈る。結果が積み重なれば、おのずから理論的説明も付いてくるだろう。

謝辞
本調査の機会を頂いた熊本県産業技術センター前所長柏木正弘氏(現顧問)、ご支援頂いた熊本県商工観光労働部参事田副勝裕氏、そして講演会を主催された九州経済産業局、九州知的財産戦略協議会に感謝する。また有機薄膜に関して色々御教示頂いた武田計測先端知財団理事溝渕裕三博士に厚く御礼申し上げる。更にまたχLUS Greenに関して使い方の指導をして頂いた(株)創知の中村達生社長はじめ関係者に謝意を表す。

熊本県産業技術アドバイザー 鴨志田 元孝
東北学院大学大学院非常勤講師
武田計測先端知財団プログラムスペシャリスト




参考文献
注1 http://www.pref.kumamoto.jp/uploaded/life/1030743_pdf1.pdf

注2 2010年3月末まで同センター所長。4月1日付で同センター産業技術顧問

注3 熊本県有機薄膜研究会については例えばhttp://www.pref.kumamoto.jp/uploaded/life/1026808_pdf1.pdf
注4 九州経済産業局、九州知的財産戦略協議会、熊本県、有機薄膜研究会、平成21年度知的財産セミナー(中小企業対象)「熊本県連携セミナー開催報告書」有機薄膜研究のための知的財産セミナー第1回(平成21年11月19日)、第2回(12月17日)、第3回(平成22年1月28日)p.205−p.278(2010)

注5χLUSに関しては中村達生、“第3章情報ネットが作る新しい知”、「共に生きる知恵」武田計測先端知財団編、化学同人(2009.10)に詳しい

注6 中村達生、“特許文献を俯瞰して脅威に気づきチャンスをモノにする”、 特許庁、「知的財産戦略に資する特許情報分析事例集」(2010.4)

注7 χLUS、及びχLUS Greenは共に蠢話里療佻疹ι犬任△

注8 特許庁、「平成17年度特許技術動向調査報告書 有機EL素子(要約版)(2006.4)

注9 特許庁、「平成17年度特許技術動向調査報告書 色素増感型太陽電池(要約版)(2006.4)

注10 特許庁、「平成20年度特許出願技術動向調査報告書 太陽電池(要約版)」(2009.4)

注11 NEDO(委託先京都大学)、「平成20年度エコイノベーション推進事業『ウェアラブル有機薄膜太陽電池の研究の現状と市場調査』調査委託成果報告書」、平成20年度報告書08003967-0(2008.12)

注12 日経産業新聞、“糸状『編む』太陽電池”(2010.2.18)

注13 フリーキーワードに関しては例えば山崎拓哉監修 鴨志田元孝編著 武信文著「これからの知的財産実務」(税研)(2007)、p.154

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