米国政府の中国半導体制裁の現実:したたかな米国企業やTSMCを見習おう!
昨年末の12月21日に、SPI会員向けフリーWebinar(参考資料1)で、「米国政府の中国半導体制裁の現実」と題して20分ほど講演させていただいたが、年末の忙しい時期で参加できなかった方もおられるので、ここに講演内容を要約して、皆様の参考に供したいと思う。
米国半導体・装置メーカーにとって最大の中国市場
世界最大のファブレスであるQualcommの最も得意とするスマホ向けプロセッサはほとんど中国に輸出されている。米中貿易戦争が激化しているが、そんなことにはお構いなく、スマホ製造大国の中国への輸出額は増えるばかりだ。Qualcomm VenturesやIntel Capitalのような半導体企業の投資子会社も、中国のスタートアップに積極的に投資し、新技術を吸い上げようとしている。
一方、世界最大の半導体製造装置メーカーであるApplied Materialsの全売上額に占める中国輸出比率は36%(直近の2021年第3四半期)で、中国が最大の輸出国である。ほかの米国半導体や製造装置企業にとっても同様である。
米国バイデン政権はトランプ政権同様に中国半導体制裁を思うようにはできてはいない。その理由は、米国半導体企業や半導体装置メーカーにとって、中国は世界最大かつ将来有望な急成長市場であるからである。米国政府の規制で、この市場を失うことは米国企業にとって死活問題であるから、多くの企業や業界団体は自由貿易を阻害する米国政府の半導体輸出規制や関税つり上げに反対し、首都ワシントンで熱心にロビー活動を展開している。また、WTO協定(国際ルール)により各国は国家権力で勝手に他国への輸出を規制することはタブーで、例外としては国家安全保障にかかわる場合や公徳・生命・健康の保護が必要な場合に限られる。米国政府が規制に際して必ず安全保障や人権問題を持ち出すのはそのためである。
米国政府がHuaweiとSMICをエンティティリストに追加
世界で最も多く有効な5G通信技術関連特許を所有する中Huaweiや中国最大の半導体ファウンドリであるSMICは、表1に詳述した通り、共に米国商務省のエンティティリストに載せられて、両社への半導体デバイスや製造装置の輸出規制が行われている。両社へ輸出するには、米商務省へ輸出申請し許可証(ライセンス)を受領することが必要で、原則ライセンスは発行しないとされている。
表1 米国政府のHuaweiおよびSMICに対する主な輸出規制の推移 なお、ここで「輸出規制」とは、(1)米国からの輸出、(2)他国からの米国製品再輸出、(3)中国内での移転の際に米国商務省の許可を要することを意味する。原則不許可としているが、禁止とは言っていない点に注意
米国政府はHuaweiとSMICに12兆円分の輸出許可
ところが、米国下院外交委員会は, 2021年10月21日、同委員会の共和党トップであり対中制裁強硬派のマイケル・マコール議員の要請に応じ、商務省からHuaweiおよびSMICへの輸出許可データを入手したところ、驚くべき事実が明らかになった(参考資料2)。2020/11/09〜2021/4/20のわずか5ヵ月間の調査期間中に、表2の通り2社あわせて12兆円分もの半導体デバイスや製造装置が米国企業からHuaweiやSMICへの輸出が許可されていた。
表2 米国商務省が5ヵ月間に中国2社向けに輸出許可した総額と申請数、承認・差し戻し・却下内訳
一方で、ソニーやキオクシアや韓国企業のHuawei輸出許可は昨秋現在、ほとんどあるいはまったく降りていない模様である。条件付きで一部に限り許可されたとの噂レベルの報道もあるが、その後再び不許可になったとの情報もあり真相はやぶの中だ。少なくともHuaweiが望む5Gスマホ向け半導体製品は許可されておらず、Huaweiは5Gスマホの新製品を上市できずにいる。商務省もすべての企業も沈黙を保っているので規制の実態は不明のままである。(日本側から見て)恣意的で不公平な規制が行われているような気がしてならない。
半導体業界急成長のなかソニー半導体は業績悪化
ソニーのイメージセンサの大口顧客はAppleとHuaweiだが、同社の直近(2021年第3四半期)のイメージセンサおよび半導体事業の売上高はともに前年同月比9%減となっている。ソニーはHuaweiに出荷できなかった分を他の中国スマホベンダーに拡販し、販売個数は増加したが売り上げは減るという奇妙な結果となった。しかも、WSTSの予測では、2021年の半導体産業の成長率は26%であるにもかかわらず、ソニーの売り上げは業界で例外的なマイナス3%と予測されている。
韓国勢は、中国内にメモリ工場を稼働させているが、米国政府は、輸出だけではなくIn-Country Transfer (中国内の移送・納品)も禁じているので、Huaweiへ納品できずにいる。
2021年12月末に発表されたHuaweiの年間売上高は前年比3割減で、スマホ新製品は4G仕様にとどまっている。これに対して、Huaweiが分離独立させた格安スマホのHonorは、邦貨換算で14万円もする5G スマホを発売している。米国政府は、たしかにHuaweiの5Gビジネスにダメージを与えることができたが、中国全体で見れば5Gスマホ一色で、中国制裁にはなっていない。
SMICは米国の制裁をものともせず昨年39%成長
SMICに関しては、10nm以下のプロセスを行える製造装置の輸出が禁じられているが、現在同社の主力製品は40/28nmかそれ以上のレガシー製品なので何ら影響を受けず、2021年の売上高は前年比39%増とIC Insights は予測している。同社は、現在、上海に月産10万枚(300mmウェーハ)規模の巨大ファブを建設中である。半導体製造装置業界情報によれば、Huaweiも将来に備え、米国技術に頼らない(日韓や中国内サプライヤを頼って)半導体開発・試作ファブを上海に建設を進めているようだ。中国内では、EUV露光装置など一部の装置を除けば、品質や性能はまだ低いもののほぼすべての国産プロセス装置が入手可能になってきているという。AMAT/Lam Research出身者が設立した上海の半導体装置メーカーAMECはすでに5nm対応のプラズマエッチング装置を発売している。
米国政府はますます規制を強めようとするが・・・
米国政府は、2021年10月15日に、輸出管理項目(Export Administration Regulations; EAR)に新たに、EUVマスク製造向けの計算科学を応用したリソグラフィソフトウェアや5nm集積回路を製造するためにウェーハを加工するための技術を加え、米国企業が中国に輸出する際には許可を要求している。また、米国政府は、2021年11月に中国企業12社を含む27社、12月には、中国の生体認証企業群を中心に37社をエンティティリストに載せている。また、米財務省は2021年12月に中国最大手のドローンメーカーとして知られるDJIなど8社を「中国軍産複合体」のブラックリストに入れ、米国投資家による投資を禁止した。
このように、米国政府は、中国の半導体ハイテク企業制裁を強めているように見えるが、実際は、米国経済を劣化させてまで規制を強めるわけにはいかない事情がある。一部の連邦議会議員が望んでいる中、YMTC(いずれキオクシアのライバルになるといわれているNANDフラッシュメモリ専業)への規制やSMICへの規制強化は見送られたままだ(参考資料3)。米国が規制を強めれば強めるほど、中国は自助努力で自主開発に注力する結果となりかねない。
したたかな米国企業やTSMCを見習おう
日本は米国の同盟国ではあるとはいうものの、米国はあくまでもAmerica Firstを譲らないことを理解していないと裏切られかねない。一方、中国は地政学的にも隣国であり世界最大かつ将来有望な市場である。米国政府に忖度して中国を避けるビジネス展開は、市場分断を助長しシェア低下・コストアップにつながりかねない。各国の定めた規則や国際ルールは守りつつ、無防備な技術流出や中国の国家情報法にも留意しつつ、中国市場はじめ世界市場を取りに行く輸出戦略を立てなければ生き残れないだろう。この点で、米国政府が何と言おうと中国ビジネスに猛進する米国企業(参考資料4)や米中貿易戦争下であっても米中両国に(さらには日本にも)工場進出するTSMCのしたたかさを見習うべきだろう。
半導体は、コストミニマムめざした国際分業で成り立っている産業である。日本の政治家は、米中や世界の緊張を和らげ、各国が火花を散らさぬように政治力を発揮すべきである。それが日本の責任であり義務であろう。
(なお、本稿は2021年末時点の最新情報に基づいておりますが、その後情勢が変化している可能性があります。)
参考資料
1. 「2021年の総括と半導体・製造装置の中国向け輸出の実態」、SPI会員限定Free Webinar (2021/12/21)
2. 服部毅、「米国政府がHuawei/SMIC向けの1000億ドル規模の輸出申請を承認、米メディア報道」、マイナビニュースTECH+ (2021/10/22)
3. 服部毅、「米国政府がSMICへの半導体製造装置輸出制限強化を検討」、マイナビニュースTECH+ (2021/12/17)
4. 服部毅、「米中貿易戦争などお構いなし、中国市場に期待かける米国半導体企業」、セミコンポータル (2020/06/04)