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システムと一体化する第2世代のセンサ技術(2)−オリンピックに生かす英国

2012年7月12日からロンドンオリンピックが始まる。オリンピックで勝つためにアスリートはどのようなトレーニングを行い、どのような身体に仕上げる必要があるのか。ボディセンサネットワークと信号処理、アルゴリズムの開発などICT技術を駆使して、理想的な身体特性を追求するセンサシステムの研究が英国インペリアルカレッジで行われている。

図1 ESPRITプロジェクトを推進するインペリアルカレッジのスタッフ

図1 ESPRITプロジェクトを推進するインペリアルカレッジのスタッフ


ロンドンにあるインペリアルカレッジ(Imperial College London)は、センサネットワークを利用してスポーツを科学的に解析し、理想的な体を作り上げ金メダルをもたらすという目標を掲げている(図1)。このESPRIT(Elite Sport Performance Research in Training)研究は、オリンピック後にはヘルスケアビジネスのカギとなる製品へと発展させていく計画だ。

この研究のカギとなるのはボディセンサネットワーク(BSN)である。それも単なるセンサ単体ではなく、センサ信号と身体能力との相関関係、統計的データ処理、モデリング、身体能力を増すための器具の調整など、センサシステムの開発が重要となる。幸い、大学にはデバイスからコンピュータアーキテクチャ、独自OSをはじめとするソフトウエア、モデリングと数値計算、生化学、物性材料など、このスポーツテクノロジを開発するために必要なリソースが揃っている。大学内での研究室同士のコラボレーションを試す実験でもある。

ESPRITプロジェクトには二つの意味がある。一つは、すでに構築しているBSNプラットフォームを拡張し、ウェアラブルなセンサ技術を組み込み、人間がダイナミックに動いている状態でのモデルを作りやすくすることである。生理学上の反応や心理学上の反応にこのモデルを重ね合わす。センサ信号から読みとれる生体活動との関係を認識したり、フォールトトレラントのセンサ技術や、分散処理、ウェアラブルなセンサも研究対象とする。もう一つの意味は、現在のBSNをさらに発展させて、より低消費電力回路をより低消費電力のミクストシグナルICで実現したり、パワーMEMSを開発したり、ノード上の処理をミクストシグナルチップにマッピングしたりすることだ。現在のBSN技術をアスリートたちの能力を上げるトレーニングに応用する。

このプロジェクトで研究するテーマには4つあり、それぞれの頭文字からGOLDと呼ぶ。Gテーマは、ボディセンサネットワークのプラットフォームを開発し、Generalised body sensor networksのアタマのGからきている。次のOテーマは、センサの設計とハードウエア化の研究であり、Optimised sensor design and embodimentのOである。LテーマはLearning, data modeling and performance optimisationから採り、運動状態と生体情報(バイオメカニクスや生理学、生物化学、心理学)との相関関係を求め、運動をモデル化したり、能力を最適化したりする。競技前の心構えやトーナメント戦での休憩の採り方などを見出す。最後のDテーマは、GOLテーマを理解して最も優れた装置を設計することであり、Device and technology innovationのDを採った。オリンピックの金メダル(gold)と引っかけて、GOLDと命名したという。「GOLDプロジェクトでGoldメダルを英国にもたらすのだ」と開発チームは洒落を飛ばす。

センサ設計と具現化技術を最適化するため、トレーニング中の生化学変化を測定することもアスリートの成績を支えるメカニズムを理解する上で欠かせない。それもトレーニング中だけではなく、競技中や適応中にも測定し、バイオセンサ設計を進化させようとしている。運動している人間の体液(汗や唾液、尿、血液)を広い範囲に渡りモニターする。時にはセンサを皮膚の下に埋め込み血糖値を定常的に測定することもある。このようなバイオマーカー(体液)の変化と身体能力や回復の程度などから、最適なウォーミングアップ方法や、短時間の回復方法を見つけたりする。

例えば、自転車競技や車いすのバスケットボール競技では車体にも回転速度や回転数などのデータを取り込み、最適なトレーニング法との関係から最適な練習法を見つける。また、優れたアスリートと平均的な人間との違いは、運動している状態からの回復が最も違うため、その差を定量化し、能力あるアスリートの発掘に生かすことにも応用する。このプロジェクトで適応しているスポーツの種目には、冬のリュージュ、夏の水泳、ラグビー、ボート、車いすのバスケットボールなどがある。

運動選手の動きを感知するセンサとしてe-ARセンサを開発している。これを耳にかけて上下運動などの身体の運動を感知するこのセンサの中に活動デザインアルゴリズムを組み込んでおり、センサデータと活動状況を対応させ、それを読みとったデータを出力する。インペリアルカレッジからスピンオフした、Sensixa社が最近開発した(図2)。


図2 耳にセンサをかけて運動中のデータを採取する

図2 耳にセンサをかけて運動中のデータを採取する


このe-ARセンサは、スポーツだけではなく手術後のリハビリのデータをとるのにも積極的に使い始めた。ロンドン市内にあるチャリングクロス病院と協力して、このセンサを、術後のリハビリに患者に装着してもらい、姿勢や左右バランス、歩き方など患者の活動状況を捉え、データを蓄積している。膝や腰の代替手術を行った患者が英国には2010年に16万5000人もいたという。手術前と術後24週間までの歩行パターンのデータを収集する。健康な人にも協力してもらい、患者との違いを相関データとしており、膝や腰にかけられる体重の許容値を求めようとしている。

この開発ツールも提供する。小型のプリント基板3枚からなり、それぞれカスタマイズしたり改良したりするのに使う。1枚はマイコンと無線回路、2枚目はパワーマネジメント回路、3枚目はセンサボードである。このシステムはBSN OS(operating system)と呼ぶ独自OSを使い、アプリケーションを運動ごとに使い分けている。1回の充電で1週間動作するように低消費電力設計を利用している。


図3 開発ツール(右端にある3層のボード)

図3 開発ツール(右端にある3層のボード)

参考資料
1. システムと一体化する第2世代のセンサ技術(1)−海に囲まれた英国に見る (2012/02/15)

(2012/02/22)
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