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ソフトバンクグループがArmをNvidiaに売却、その理由を探る

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投資会社兼ホールディング会社であるソフトバンクグループ(SB)が傘下のArmホールディングスをNvidiaに400億米ドルで売却すると発表した。ソフトバンクは、オフィスシェアリングのベンチャー企業WeWorkに約1兆円もの支援策を行ったが失敗、本体が大きく傾き、最近は投資した企業の売却に追われてきた。Arm売却もその一つ。

2016年9月に310億ドルでArmを買収したソフトバンクは、今回400億ドルで売却する(参考資料12)ことで差益を生むファンドビジネスになっている。いわば売ったり買ったりするファンドの一つになっている。最近のファンドはもう少し長期的に企業価値を高める動きに変わってきていたが、やはりSBグループはハゲタカだったと言わざるを得ない。

NvidiaにとってArmが欲しいのは、ArmのCPUコアを中心としてHPC(High Performance Computing)やサーバのCPUおよびコントローラを作りたいからだ。Nvidia の得意なGPUは演算専用のプロセッサだが、それらをコントロールするCPU機能がなくては動作しない。CPUベースだとソフトウエアで動かすため柔軟性が高い。演算に特化したGPUは専用の積和演算回路が多数集積されており、さまざまな数値演算に効力を発揮するが、コントロールは苦手だ。

さらに、HPCでは、Arm のCPUマルチコアとメモリを1チップに集積し、演算速度を速める技術が出てきている。ソフトウエアベースながらも配線距離を短縮できるため、高速化に向く。しかもArmコアはもともと消費電力が低い。これからのクラウド向けのデータセンターの高速化と低消費電力化を両立させるIPコアとして期待は大きい。このためNvidiaのメリットは大きい。

ArmをNvidiaに売却することについて、業界メディアの一つであるEE Times Japanは「NvidiaによるArm買収、実現すれば『業界の大惨事』」および「Nvidia によるArm買収報道、事実なら無謀」と報じている。Yahoo Japan! ニュースでも「Armビジネスを理解していない企業がArm売却をもくろむ」というArm売却に批判的な記事を掲載している。

2019年のArmの売り上げは約2000億円。つい数年前は500億円だったから売り上げは大きく伸びてきた。ただ、売り上げの多くはスマートフォン用のSoC向けであり、このところスマホの売り上げが落ちてきているため、Armの伸びは鈍化している。これをさらに伸ばすには、HPCやサーバ向けのSoCになると見られていた。

Nvidiaは、少し前までゲーム機用のグラフィックスチップを手掛けていただけにすぎなかったが、このところAIとHPCにかなり食い込んできている。AIの学習機能は、多数の積和演算コアとメモリの集積により、実現してきた。しかし、AIでは学習を軽くするようなソフトウエアや、転移学習のように別のシステム用に開発した学習データを転用することで少ない学習でも同じ効果が得られるようにするソフトウエア技術も開発されている。このため学習機能はNvidiaの独壇場だが、エッジやエンドポイント側での推論となるとNvidiaのチップはオーバースペックになる。このため推論用のチップ開発にも力を入れており、NvidiaはエッジでのAIの方が市場は大きいと見ている。

ただ、Nvidiaは、「Armのオープンライセンスモデルと中立性を維持したうえで、Nvidiaの技術によりArmのIPランセンスポートフォリオを拡充する」、とニュースリリースで述べているが、中立性を維持できるかどうか、具体策は何も言及していない。

「合併は大失敗に終わるだろう」とEE Timesが指摘したように、業界がこの取引に最大の憂慮を示すことは、Armのエコシステムが崩れ、中立性が失われることへの懸念である。ArmのCPUコアを使っている企業は極めて多い。Apple、Qualcomm、Broadcom、NXP Semiconductors、STMicroelectronics、ルネサスエレクトロニクス、ソシオネクストなど大手から中堅までArmコアを使っている。2019年までの累計で1660億個のArmコアが各社のSoCに搭載されてきた。最近では、アマゾンのクラウドサービスであるAWSの新型チップGraviton 2にも搭載されている。

これほどまでに多くのSoC設計に使われた最大の理由はエコシステムが確立し、どの半導体メーカーにも使ってもらえる、という中立的な立場だからである。SoCを設計する場合に、ArmのCPUの仕様に沿ってソフトウエア開発が必要だが、Armのエコシステムには1000社も参加している。設計から製造、ソフトウエアまでArmコアを導入するSoC開発を担当してくれる企業が1000社もあるということだ。これが1社の特定企業の傘下になってしまうのである。これまでのArmのユーザーは安心してArmコアを注文できるだろうか。NvidiaにArmコアの依頼情報が伝わってしまわないだろうか、と心配になる。

一方SBグループとして、財政の立て直しに400億ドルは魅力的だが、Armの売り上げは間接的に期待できる。というのは、SGグループはNvidiaにも投資しているからだ。ただし、10%以下の株式しか保有しないとしている。

ただ、最近はArmとソフトバンクとの関係はギクシャクしているように見えていた。IoT関係で買収したデータ処理の会社2社をArmに組み込まれ、本来のIPビジネスに集中できなくなっていた。加えて、今年の6月に、「Arm ChinaのCEOが利益相反の開示を怠り、従業員規定に違反するなど、深刻な不適切行為」しているとして、Arm本社がCEOを解任したが、中国側が反発し通常業務を行っている、との声明を出したことがあった。

実は、ここにはArmが設立した100%子会社のはずのArm Chinaの株式をSBグループが中国側に51%売却していたという事実があった。これは2020年3月期のSBグループ決算報告で、Arm China一時益1763億円が計上されていた。Arm Chinaの株主構成はArm49%、中国側ファンドなどが51%となり、ArmがArm Chinaをコントロールできなくなった。SBグループは借金の返済のためだけではなく、Armを維持することがもはやできなくなったことも売却理由かもしれない。

参考資料
1. 当社⼦会社 Arm Limited 全株式の売却に関するお知らせ ソフトバンクグループプレスリリース(2020/09/14)
2. NVIDIA、Armを400億米ドルで買収 AIの時代に世界をリードするコンピューティングカンパニーへ ソフトバンクグループプレスリリース (2020/09/14)

(2020/09/14)

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