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将来の省人化・人口減少に備えてドローン開発を進めるスタートアップACSL

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ドローンが産業向けに着実に成長し始めている。クルマや人に代わる物流での運送や、鉄塔のような巨大なインフラ設備の点検など、人手では困難な産業用途の作業にドローンを活かすことができる。千葉大学発のスタートアップとしてドローン企業を創業したACSL社は、本格的にドローンビジネスを展開し始めた。2016年7月に同社に入り、現在は代表取締役社長兼COO(最高執行責任者)である鷲谷聡之氏が目指す、ドローンの将来を聞いた。

図1 ACSL社代表取締役社長兼COOの鷲谷聡之氏

図1 ACSL社代表取締役社長兼COOの鷲谷聡之氏


ドローン産業は、趣味の世界から産業応用へと変わりつつある。産業応用では、人間が現場で作業しにくい、あるいは危険といった作業を肩代わりさせるという用途がある。「30年後の世界を創造すると日本の人口が30%減少し、労働力も減少する。それでも経済を維持するためには、自動化や省人化、効率化は避けて通れない。その一つが空の有効活用だ」と鷲谷氏は考えている。ドローンはその手段だという。

ACSLがドローンの利活用で注力している分野は、物流とインフラ点検、防災などである。物流の例として、山間部やへき地など家が点在するような地方で、はがき1つを届けるのに人間が20〜30分も歩かなくては行けないような場所ではドローンが威力を発揮する。この用途を狙い、6月に日本郵便と資本提携、日本郵便が実施するドローンの配送試行にACSL社のドローンを提供した。さらに物流のセイノーホールディングスとも組み、山間部のようなへき地での配送をラストワンマイルとしてドローンに受け持たせることを狙っている。

インフラ点検では、3K(きつい、汚い、危険)と呼ばれる職場でドローンを使って省人化する。高所作業では足場を組むのに多大なコストがかかり、しかも危険を伴う。ここにドローンを使って点検する。下水道のような汚く真っ暗な場所の点検にも有効だ。ドローンにLEDランプとカメラを積んで点検する。修理まではできないが、下水道管に入っている時間を減らし省人化する。下水道管の中は不潔な生き物が多く3K作業そのものだという。

防災は行政寄りの業務だが、土砂崩れなどの災害が起きて道路がふさがれた時などにはまずドローンで状況を確認し、さらに道路が開通するまで、孤立した地区に物資を届ける作業にも威力を発揮する。

これらのドローンは、用途ごとに仕様は大きく異なる。LEDやカメラを搭載するようなハードウエアだけではなく、利用シーンによっても異なる。例えば、郵便配達なら目的地を往復するだけだが、鉄塔を点検して撮影する場合には回りながらホバリングするという機能も求められる。また下水道の点検なら真っ暗なのでLEDライトが必要となる。

評価は終了、22年に量産へ

ACSL社はまずは3種類のドローンを2020年から生産検討をし始め、今年中に上市する予定だ。同社はファブレス企業であるため、実際の生産は外部のEMS(製造専門の請負サービス業者)を利用する。3種類のドローンは、煙突内の劣化状況を点検するための撮影と、下水道の点検、そして空中撮影用の製品である。物流は来年の法律改正を待ってから商用化することになる。

煙突内部の点検撮影ではLED照明を使うが、LEDの照度が均一であることが求められる。明暗が強すぎるとヒビ割れや劣化個所を見分けにくくなるからだ。この用途ではLEDの照度を均一にするための拡散板(ディフューザ)を設ける必要がある。カメラはCMOSイメージセンサの大きなサイズが求められる。煙突内の上下と360度回転が必要で全てをきれいに見渡せるようにするためだ。下水道内では、ホバークラフトのように水面から少し上に飛ばす。プロペラによる気流が壁に跳ね返り気流を乱すことで機体が安定しなくなる恐れがあるため自律飛行を可能にしている。ドローンではなく4輪の台車だと下水道管の継ぎ目で不連続な段差ができるため鮮明な映像を期待できなくなる。

ドローンそのものは、風速20m/秒の風にあおられても大丈夫なように設計しており、例えば洋上風力設備の点検では船舶よりもむしろ風に強く、台風より一歩手前の風速まで使えるという。ACSL社はドローンの制御技術であるモータとその制御技術に強い、と鷲谷氏は語る。

ドローンは半導体の塊

ビジネスモデルは、ドローンの機体販売だけではなく、レンタルも行っている。火力発電のような大きなシステムでは、2年ごとに点検というルールがあるが、これを最短3ヵ月に短縮し、もっと小まめにサポートするのである。例えば消耗品である電池を交換するなど、故障や不具合を事前により精度よく把握しようとする。機体のレンタルとその運用費をセットで販売するというモデルだ。

半導体産業にとってドローンはこれから期待される市場の一つである(文末「半導体マーケティングの立場から行きついたロボットビジネス」参照)。ここに使われる半導体は、パソコンと同様、CPUや制御、そしてクルマのADAS(先進ドライバー支援システム)のような自律運転技術などの総合技術の塊となる。逆に言えば、デジタル回路、ソフトウエア、そしてセンサとアナログ回路などエレクトロニクス技術を全てつぎ込む。STMicroelectronicsのマイコン製品や、画像やグラフィックス処理のGPUにはNvidia製、GPSはU-blox、電源ICはTexas Instrumentsなどを使っており、その他地磁気センサやジャイロセンサは国産の半導体製品を使っている。ただし、マイコンのソフトウエアプログラムやドライバは自社で書いている。

ただ、ファブレスといえども、設計だけをやっている訳ではない。ハードウエアの開発は車載系に強いEMSに製造を依頼しているが、設計開発段階からEMSと一緒に開発し量産対応をする。そのときに、開発の初期にEMSから各半導体製品のBOMリストを提案してもらい、それに沿って半導体製品の採用可否を決める。

半導体不足に国策商社を提案

最近では半導体不足により価格が上がっていることが悩みの種だという。STMやTI系の汎用製品は価格上昇が激しく、従来の100倍でも買えないくらい高くなっている。半導体メーカーの工場出し値は10〜20%程度は上がっているが、数倍という価格ではないため、中間の流通業者が価格を釣り上げているようだ。特にTIなどの外資系企業がメーカーに降ろし、余った製品をブローカーが買っていくため、ブローカーが価格を突き上げていると言えそうだ。

この解決策として、鷲谷氏は、国策による半導体商社を望んでいる。同社のようなスタートアップをはじめ、全国には300万社もの中小企業がある。彼らがロボットやドローンなど自律的なこれからのシステムを作る場合には単価500円のICを3万円に吊り上げられては手も足も出ない。このため、国の資本による商社がまとめ買いしてくれれば500円のものは高くてもせいぜい600〜700円程度にとどまるであろう、という訳だ。実際、半導体工場からの出荷出し値は2割程度しか上がっていないのに、ブローカーの手に入れば100倍にも上がっている。これでは、まともなエレクトロニクス産業ではなくなってしまう。これを防ぐ手段としてまとめ買いの国策会社を望んでいる。健全な半導体産業を育てることも経済産業省の務めであろう。

とはいっても、需要が読めず余ってしまったらどうすべきか、という課題もある。もちろん、買い付ける時には300万社の要求をうまく生かす方法を立て、それを余った時の配分方法なども買い付ける時の条件にしておけば、中小企業たちも責任を担うことになる。国に任せっぱなしではなく、しかも300万社の中小企業が責任をとれるような条件を見つけることが実現のカギとなるのではないだろうか。



半導体マーケティングの立場から行きついたロボットビジネス


半導体メーカーにいた人間が半導体ユーザーのビジネスを推進する事例も出ている。ある大手半導体メーカーを定年退職したS氏は、在職中にマーケティング部門に移った時から半導体部門として、顧客のために何をどういうものを実現すべきが考えてきた。その一つがロボットの自律制御に必要な半導体である。

自律制御はドローンでは欠かせない。機体が地面や近くの建物などから受ける風の反射によってバランスが崩れるのを補償するための自律制御だけではなく、周辺の建物やドローンなどの飛行物体とも衝突しないようにToF(Time of Flight)技術やLiDAR(Light Detection and Ranging)技術などを利用して制御する。

S氏は自律制御に必要な半導体とは何か、と顧客と議論しているうちに、半導体エンジニアと顧客とをつなぐ「トランスレータ」というべき人材が必要だと感じたという。例えば、Infineon Technologiesには、「技術仕様のトランスレータ」だと自認するマーケティング担当者がいる(参考資料1)。半導体メーカーはこの考えを持つべきだとS氏は述べる。

S氏は定年後、議論を重ねた顧客の一つであったACSL社に入社を果たした。この会社には半導体を理解しているエンジニアは多いが、業界全体で若いエンジニアにさらに半導体に興味を持ってもらえるように、半導体とドローンをつなぐ仕事に従事していくことになるだろう。

参考資料
1. 「ここがヘンだよ、日本のITエレ業界!(6)エンジニアはタコつぼから脱出せよ」、News & Chips (2013/01/25)

(2021/12/07)

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