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最近の企業買収〜SPIウェビナーからの報告

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7月31日に開催したSPI会員限定ウェビナー「見逃せない今月の重要ニュース:アナデバのマキシム買収に見る最近の企業買収」(参考資料1)では、Analog Devices(ADI)がMaxim Integrated買収を報じたニュース(参考資料2)に加え、最近の半導体業界におけるM&A(買収)を紹介した。ソフトバンクがArmを手放すかどうかについてもArm Chinaの動きと絡めて議論した。(動画あり)

見逃せない今月の重要ニュース


ビデオ1 見逃せない今月の重要ニュース:アナデバのマキシム買収に見る最近の企業買収

ウェビナーでは、7月15日の記事「Maxim買収で、DX向け半導体チップのポートフォリオを充実させるADI」(参考資料2)で述べていなかった、これから成長が期待される分野での相補関係の製品ついても紹介した。例えば、これからのクルマのインフォテインメントではADIがオーディオ用のシリアル規格A2B用ICに対して、Maximはビデオ伝送用のICで相補う。データセンターではADIが中〜大電力用の電源ICやマイクロモジュール、Maximがプロセッサやアクセラレータのチップ向けの電源ICを提供できる。また、5G基地局で使われる光ファイバ分野では、ADIがレーザードライバや送受信トランシーバ、等価IC、プリエンファシスシスICなどを充実させているのに対して、MaximはSerDesや高速シリアルインターフェイスを得意として、両者が補い合って基地局内での次世代高速光ファイバシステム向けのチップを提供する。

こういった例に見られるように、海外企業のM&Aでは製品ポートフォリオの重なりが少なく相乗効果を生むような買収を目的としている。Infineon TechnologiesがCypress Semiconductorを買収する場合も同様で、互いに弱点を補うことを目的とした買収が多い。相手をつぶす目的の買収は遠い過去のことだ。

パワー半導体が圧倒的に強いInfineonは、車載用半導体でトップになる見込みだ。Cypressは元々アナログ回路をプログラムできるマイコンpSoCを得意とし、さらに旧Spansionを買収で手に入れ、クルマ用を強化した。旧富士通とAMDの合併から始まったNORフラッシュに強いSpansionは、クルマ用の不揮発性メモリとしてのNORフラッシュに力を入れており(参考資料3)、セキュリティを確保した製品を出してきている。さらにコックピット(インパネ部分)向けのArmマイコンはグラフィックス表示も可能としており、Infineonとはダブらない車載用IC製品が多い。このため、両社の単純足し算は意味がある。2019年の車載向け半導体を単純に足すと、Infineonのクルマ用半導体の市場シェアは単独時の11.2%から13.4%に上昇する。これまでトップNXPの11.3%を抜いてトップになる。

国内でもM&Aの動きが見られ、キオクシアが台湾のマザーボードメーカーLite-OnのSSD部門を176億ドルで買収する。Lite-OnはSSDにそれほど強いわけではないが、PCIeインターフェイスを備えたSSDを持つ。キオクシアはSSDを強化することでストレージメーカーへと変わる。加えて、キオクシアはApplied Materialsの社長、会長を経験し、現在はハイテク企業向けの株式市場であるNASDAQの会長を務め、自らエンジェル(ベンチャーキャピタル)でもある、Mike Splinter氏を取締役に招聘した。東芝からファンドに売られたキオクシアの取締役には、社長の早坂伸夫氏とIntelの製造担当役員だったStacy Smith氏しか、テクノロジーに通じた人がいなかった。残りは財務出身者が圧倒的に多かった。ここにテクノロジーも財務も両方に通じたSplinter氏が加わることで、キオクシアの将来に向けた戦略が開けることになる。

地味だが、微小なボールベアリングのミネベアが2016年にミツミ電機を買収し半導体製品を持つようになり、さらに2020年4月にエイブリックを344億円で買収した。リチウムイオン電池保護用ICが得意なミツミに対して、エイブリックは時計用CMOS ICからスタートして電源ICやホールIC、電池レスセンサ、小規模NVメモリなどを生産する。エイブリックは旧服部時計店の流れを汲み、セイコーグループの傘下に置かれていたが、日本政策投資銀行がセイコーインスツルの株の7割を持ち、社名をエイブリックに変えた。セイコーグループが株式の3割を持っていたが、今回の買収によってグループの影響を全く受けない体制が出来上がった。

ミネベアは、1984年にNMBセミコンダクターとして千葉県館山市にメモリ工場を設立、その後ファウンドリに事業を変えたが93年に撤退した経験がある。しかし半導体分野への理解が深く、エイブリックはそのブランドを残したまま、新しい経営体制の下で事業を続けていく。ミネベアミツミの製品とのダブリが極めて少ないため、相乗効果が期待される。

さらに最近のソフトバンクがArmを売却するという報道が出てきたことについても解説した。一口にソフトバンクといっても、通信事業を行っているソフトバンク(社長は宮内謙氏)と、それを含むソフトバンクグループ(社長は孫正義氏)がある。Armを買収したのはソフトバンクグループである。ソフトバンクグループは、SVF(ソフトバンクビジョンファンド)の大株主であり、SVFの損益がソフトバンクグループに反映される。

今回、Arm売却の話しが出てきたのは、ソフトバンクグループの2020年3月期での決算が1兆3646億円もの赤字を計上したことによる。通信部門での営業利益の9233億円を軽く打ち消してしまうほどの巨額の赤字となった。そこでソフトバンクを立て直すために、3兆円を超える金額で買収したArmを処分して赤字を補填しようというもの。しかし、Armは次々と新しいテクノロジーを生み出し、急成長してきた。これを手放すことは惜しい。

加えて、Armとソフトバンクの関係が少しギクシャクしてきたことも背景にある。半導体IPビジネスを主体としていたArmはCPUコアだけではなく、GPUコアやAIコアも開発しており、半導体メーカーに提供している。それがIoT用のハードウエア開発プラットフォームのPelionとソフトウエアプラットフォームのトレジャーデータが買収され、Armの傘下に組み入れられた。しかしIPベンダーとしては半導体メーカーがユーザーであるが、IoTビジネスとなると半導体メーカーのユーザーとなる。

ArmとしてはIoTだけではなく、AIや5Gなどへも対応するためIPビジネスに専念したかった。IoTビジネスが加わると中途半端な立場になるため、IoT事業をソフトバンク側に移してもらうことを提案していた。

ほぼ同時期に、ArmはArm Chinaのトップが不適切な行為を働いたとして解任要求をしたところ、Arm Chinaは反旗を翻し、ChinaトップのCEOが継続することを発表した。Arm Chinaの株主はArm本社が49%、残りが中国系ファンドの51%だった。実はソフトバンクの決算報告で、2018年の6月にArm Chinaの資本の51%を複数の機関投資家に売却し、1763億円の売却益を2018年度にソフトバンクグループが得ていたのである。

ソフトバンクがArmを買収した直後にはArmの幹部は、それまでのファンドの支配だと1〜2年先の短期的な業績ばかり求められたが、ソフトバンクに買収されて以来10年先の開発ができるようになりとても業務環境が良くなった、と述べていたが、ここにきてソフトバンクとの関係がギクシャクするようになってきた。その結果、Armをどこに売るのか、という関心に変わり、Nvidiaが買うという噂も出てきており、「NvidiaによるArm買収報道、事実なら無謀」(参考資料4)といった記事まで飛び出すようになった。

筆者も、NvidiaというArmのユーザーが買収することになると、Armは他の半導体企業に売ることが難しくなると見る。つまりQualcommやBroadcom、ルネサスをはじめとするほとんど全てのロジック系ICメーカーを敵に回すことになるからだ。Armの中立性が重要であることは変わりない。2010年にAppleがArmを買収するという噂も流れたが(参考資料5)、ArmのCEOが否定したことでこの噂は消えた。今回は株主がソフトバンクグループだけに、孫正義氏が否定しない限り、噂は流れ続ける。

参考資料
1. セミコンポータル会員向けFree Webinarアナデバのマキシム買収に見る最近の企業買収 (2020/07/31)
2. Maxim買収で、DX向け半導体チップのポートフォリオを充実させるADI (2020/07/15)
3. Infineon、OTA可能なクルマのセキュリティを確保したNORフラッシュ (2020/07/02)
4. NvidiaによるArm買収報道、事実なら無謀、EE Times Japan (2020/08/03)
5. アップルがARMを買収するという噂の真相はやはり米西海岸で確認できた (2010/04/26)

(2020/08/04)

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