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サムスンSDIの有機ELの技術は本物か?

同志社大学 ITEC研究センター COEフェロー
長岡技術科学大学 極限センター 客員教授 湯之上隆

2007年末、薄型テレビのニュースが相次いだ。注目は有機EL。11月末にソニーが世界初の有機ELテレビ「XEL-1」を発売した(注1)。続いて、年末、にサムスンSDIが31型の有機ELパネルを開発したと発表した(注2)。

有機ELの特徴は、圧倒的に薄く、美しいことにある。有機ELは、潜在能力の点で液晶デイスプレイを凌駕する。また、照明の世界をも一変し、紙より薄い電子ペーパーを実現できる可能性を秘めている。

経済産業省の予測によれば、2010年には、有機ELが中小型テレビ、PC用デイスプレイ、携帯電話、PDA、デジカメ用デイスプレイ、および車載用パネルに使用され、その規模が液晶パネルの市場規模4.4兆円に匹敵する(注3)。照明や電子ペーパー等広範囲への応用も含めると、産業へのインパクトは極めて大きい。沈滞している日本エレクトロニクス産業の起爆剤に成りえる可能性を十二分に秘めているといえる。

自然界では、“ホタルの光”が有機ELの光として知られている。しかし、一般的に有機物は絶縁体であり、人為的に“ホタルの光”を作り出すのは困難と思われていた。ところが、1987年に、イーストマン・コダック社のC.W.TANG等が、真空蒸着した有機薄膜を積層することにより、通電し発光することを発見した(注4)。

ただ、C.W.TANGの作成した有機ELは、寿命が極めて短かった。そのため、コダック社内では相手にされなかった。ところが、多くの日系企業がこの論文に目をつけた。具体的には、パイオニア、NEC、TDK、スタンレー電気、および東芝などの電機メーカー、三菱化学および出光興産などの化学メーカーなどである。

C.W.TANGの論文発表以降、日系企業が有機ELの技術開発を、圧倒的にリードしてきた。有機ELは、日系企業の独壇場になるかと思われていた。ところが、ここ数年、韓国および台湾企業が、有機ELに、ヒト、モノ、カネを怒涛の勢いで投入し始めた。その結果、有機ELも、「このまま行けば、半導体や液晶の二の舞になる」との指摘がある(注5)。すなわち、技術は日系企業が立ち上げたが、利益は韓国および台湾企業に掠め取られてしまう危険性が大きいとのことである。

そこで、特許の視点から、企業ごとの技術力を鳥瞰してみよう。それを基に、世界初の有機ELテレビを発売したソニー、31型の有機ELテレビを開発したサムスンSDI、更に、追随する日系エレクトロニクスメーカーの実力を評価してみたい。 

1991年1月から2005年12月における、有機EL関係の日本特許出願件数の推移を、図1に示す。有機EL特許は、1990年代後半から出願数が増大し、2002年以降は全体で2000件を超え、更に増大していることがわかる。


有機ELの日本特許出願数の推移


2002年から2005年までの直近4年間に焦点を絞ると、図2に示すように、セイコーエプソンが1195件を出願しており、他社を圧倒している。以下、2位・三洋電機(363件)、3位・サムスンSDI(354件)、4位・ソニー(329件)、5位・コニカミノルタ(325件)、6位富士写真フイルム(317件)、7位・大日本印刷(276件)、8位・半導体エネルギー研究所(243件)、9位・キヤノン(232件)、10位・東北パイオニア(198件)が出願件数ベスト10である。


有機EL特許の出願人ランキング・トップ30


これらの“特許の強さ”を、IPB社(注6)のパテントスコア法を用いて、数値化してみた(注7)。その結果を図3と図4に示す。図3と図4の横軸および縦軸は、それぞれ、各企業の特許出願数およびパテントスコア(すなわち“特許の強さ”)を示す。


企業別の有機EL特許出願数とパテントスコア(1)

企業別の有機EL特許出願数とパテントスコア(2)セイコーエプソンを除く


図3から、セイコーエプソンが特許出願数でも、パテントスコアでも突出していることが分かる。図4から、パテントスコア(すなわち“特許の強さ”)のランキングでは、2位・サムスンSDI、3位・半導体エネルギー研究所、4位・三洋電機、5位・富士写真フイルム、6位・キヤノン、7位・イーストマン・コダックの順となっている。フィリップスが、出願件数が64件と少ないにも関わらずパテントスコアは高く、8位に入っている。これらの企業の特許は“強い”。

一方、図4中赤字で示した企業は、出願件数が多い割には、パテントスコアが低い。すなわち特許が強くない。具体的には、ソニー、コニカミノルタ、大日本印刷、東芝松下ディスプレイテクノロジー、オプトレックス、シャープ、凸版印刷などである。

図5は、有機ELデイスプレイにとって最も重要な開発課題の一つ、有機EL素子材料に絞って、各企業の特許出願数およびパテントスコア(すなわち“特許の強さ”)を示したものである。有機EL素子材料の特許で最高得点を獲得したのはサムスンSDIであった。以下、2位・富士写真フイルム、3位・キヤノン、4位・三井化学、5位・三洋電機、…の順である。一方、コニカミノルタ、大日本印刷、東洋インキ製造、ソニー、富士ゼロックスなどは、“強い特許”が出願されていない。


企業別の有機EL特許出願数とパテントスコア  有機EL材料関係のみ


サムスンSDIは、パテントスコア総合で2位、有機EL材料のパテントスコアでトップであり、更にサムスン電子との総合力を考えれば、日本にとって脅威であるといえる。また、有機ELの最も基礎的な技術開発に注力しているサムスンSDIの戦略は、これまでの半導体や液晶とは異質である。筆者には、半導体や液晶の時以上に、サムスングループの存在が恐ろしいと思われる。

逆に、世界初の有機ELテレビを発売したソニーは、特許出願数こそ4位と健闘しているものの、パテントスコア(“特許の強さ”)では12位に低迷している。有機EL材料においても、出願数の割りにパテントスコアが高くない。ソニーの技術の空洞化が指摘されているが(注8)、有機ELにおいても、その懸念は払拭できない。

特許出願数と、パテントスコアによる“特許の強さ”の評価から、有機ELも「半導体や液晶の二の舞になる」可能性が高いと言わざるを得ない。もちろん、特許だけで全ての勝負がつくわけではない。有機ELの戦いは、始まったばかりだ。特許出願数とパテントスコアで突出しているセイコーエプソンをはじめ、日系エレクトロニクスメーカーの今後の奮闘に期待したい。何しろ、有機ELは、圧倒的に薄く、美しい。有機ELを使って文章と図を描けば、筆者の記事も見栄えが良くなり、きっと、原稿料も上がるに違いない(注9)。




注1:有機EL最新記事一覧http://www.itmedia.co.jp/news/kw/organicelectroluminescence.html

注2:NIKKEI NET http://it.nikkei.co.jp/digital/news/index.aspx?n=AS1D270DG%2027122007

注3:経済産業省技術調査室「技術調査レポート『光の話題−デイスプレイ市場の今後について−』」2002年8月5日、http://www.oitda.or.jp/main/hw/hw01302-j.html

注4:C.W.Tang, S.A.VanSlyke, "Organic electroluminescent diodes," .Appl. Phys. Lett., Vol.51(12)(1987) pp.913-915

注5:城戸淳二著『有機ELのすべて』日本実業出版社による。

注6:株式会社アイ・ピー・ビー(IPB)。2001年5月1日設立。代表取締役社長は増山博昭氏。知的財産権の価値評価を事業の柱にすえている。ホームページ:http://www.ipnext.jp/index.php

注7:増山氏の著書『実践 知的財産戦略経営−事業・R&D・知財の三位一体を実現するMOTの真髄−』(日経BP社)によれば、1)経過情報に基づく評価、2)明細書中の特許を特徴づける数値パラメータに基づく評価、3)類似抽出母集団の特性分析やキーワード分析手法を用いた評価の三つの評価を組み合わせることにより、一つ一つの特許のスコアリングを行う。上記で算出したスコアを基に、データベースの全特許を母集団として、偏差値を割り出す。これをパテントスコアと呼ぶ。このパテントスコアが、“特許の強さ”を表す指標に相当する。

注8:例えば、宮崎琢磨(2006)『技術空洞−VAIO開発現場で見たソニーの凋落−』(光文社)など。

注9:本稿の更なる詳細は、IPB社のホームページ(http://www.ipnext.jp/index.php)を参照ください。または、 IPB社へ直接お問い合わせください(E-mail: info@ipb.co.jp

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