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日本に半導体集積回路産業は必要か?

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同志社大学 ITEC研究センター COEフェロー
長岡技術科学大学 極限センター 客員教授 湯之上隆


人類には半導体集積回路は必要
 現在、人類の文化的な生活には、半導体集積回路(以下ICと略す)が欠かせない。パソコン、携帯電話、各種デジタル家電、クルマ、更には、ライフラインや公共交通網の制御・管理など、ありとあらゆる所にICが使われている。また、米国や日本などの先進国10億人だけでなく、BRICsやVISTA(ベトナム、インドネシア、南アフリカ共和国、トルコ、アルゼンチン)など経済発展を遂げつつある発展途上国にも、ICが必要である。したがって、今後、ICの需要は決して減ることはないといえる。

日本にIC産業は必要か?
 では、日本がICの生産国である必要性があるだろうか?2006年時点で、日本の半導体出荷額の世界シェアは、20%強である。生産額にして7.5兆円、日本のGDP 509兆円の1.47%でしかない。43兆円の自動車産業や29.4兆円のパチンコ産業と比較して、大きく見劣りする。
 IC産業は高々GDPの1.47%かもしれないが、ICを部品として用いている産業はGDPの40〜50%を占める。だから、日本にIC産業は必要だという議論がある。しかし、上記ICが日本製でなくてはならない理由が明確でない。
 周りを見ると、パソコンのプロセッサは米国製である。メモリーの8割は韓国製であろう。デジタル家電用ICも、パナソニックやシャープなどはTSMCに委託している。唯一、車載半導体は信頼性基準が厳しいため、日本製が良いという声もある。しかし、クルマメーカーに取材すると「コストと信頼性さえクリアできれば、日本製である必要性はない」とのことである。現実に、欧州の自動車メーカーは、フリースケールやインフィニオンなどの欧州半導体メーカーから、必要なICを調達している。
 以上から、日本にIC産業が存在しなければならない必然性はない。よって、日本で使われる全てのICが海外製であっても大きな問題にはならないのではないか?(エレクトロニクス技術者35万人とその家族を合わせた100万人が路頭に迷うということを除けば)。


「拝啓、総理大臣殿」、「拝啓、文部科学大臣殿」
 昨年の日経マイクロデバイス誌に、「拝啓、総理大臣殿、日本は税金が高すぎる。法人税を下げ、日本半導体メーカーに優遇処置を」、「拝啓、文部科学大臣殿、90年代以降、我が国の国際競争力が低下し、半導体シェアを落とした。これに対応するには人材の育成が必要。今日の教育行政は時代のニーズからかけ離れている」という連載記事が掲載された。
 もし法人税が問題だとしたら、同じ土俵で戦って国際的に圧倒的な競争力を保持している自動車産業を、どう説明するのか?人材が問題だとしたら、老若男女、国内外にもっと門戸を開いて、優秀な人材を採用すればよいのではないか?であるにも関わらず、有名大学の大学院卒でなければダメ、電機労連の間では転職ご法度、35歳過ぎたらダメ、外国人もダメ、と鎖国状態を作っているのは半導体メーカー自身である。


国に助けを乞う前に
 なぜ、日本半導体産業は凋落したのか?筆者が数年間調査した限りでは、国に助けを乞う前に半導体メーカー自身がやるべきことが山のようにあると考える。
 日本半導体メーカーは、過剰技術で過剰品質の半導体を生産している(注1)。日本半導体産業が凋落したのは、韓国、台湾などの安く大量生産する“破壊的技術”に駆逐された結果である(注2)。しかし、そのことを認識している半導体メーカーは少ない。その結果、インテルやサムスンなどの高収益半導体メーカーと比較すると、経営者も技術者も、「儲ける固い決意」が希薄である(注3)。特許を出願しても利益に結び付けようとする執念がない(注4)。


業界再編などは笑止千万
いくつ半導体のコンソーシアムができたのだろう?
 業界を再編すべしという意見もある。しかし、単なる合併は時間の無駄である。エルピーダは、合併から2年間、迷走した。この間、技術開発は停滞し倒産寸前までになった。ルネサスは未だに、迷走している。
 弱い者同士が一緒になっても、強くはなれない。それならば強者に吸収された方がましである。
 更に、1995年以降、雨後の筍のごとく作られたコンソーシアムは、ほとんど役に立っていないように見える。それどころか、勢力を分散させ、コンソーシアムを作れば作るほど、親会社のマンパワーが減衰しているのではないか?
 生物の進化と同様、企業においても、弱者は淘汰されるしかない。淘汰されないためにはどうしたらよいか?進化し続けるにはどうしたらよいか?国に助けを乞う前に、知恵を絞りつくして戦略を立案し、その戦略を徹底すべきであろう。今の大手半導体メーカーの多くは、知的怠慢に陥っているのではないか?


なぜ、知的怠慢に陥るのか?
 技術は細分化し、先鋭化している。その結果、リソグラフィ技術者は一生リソしかやらない。エッチング技術者も一生エッチングだ。半導体技術者は、トランジスタを設計し、試作し、その動作を、自分の手で体感することは、一生ないだろう。また、多くの半導体技術者は、自分の工場から外に出ることもほとんどない。このように、半導体技術者は蛸壺に入ったまま一生を過ごす。このような環境から、良い技術者、良い経営者が育つとは思えない。


提案
 一つ、筆者から提案がある。それは「セリートを半導体専門大学にする」ことである。セリート大学では、新入生全てに、CMOSプロセスの設計、試作を課す。半導体技術の習得だけでなく、そのアプリケーションを深く学ぶ。更に、技術経営をもマスターする。必要とあれば、半導体メーカーの社員教育も引き受ける。世界に開かれた大学とし、あらゆる機関からの共同研究を受ける。共同利用研究所としても世界に門戸を開く。いかがであろうか?
 もし、日本に、半導体集積回路産業が本当に必要ならば、その根っこの所から、改革する必要があるのではないか?




注1:湯之上隆(2005)「技術力から見た日本半導体産業の国際競争力−日本は技術の的を外している−」日経マイクロデバイス、2005年10月号、50-59ページ。
注2:湯之上隆(2006)「コストと技術は別物ではない、“儲ける技術”で悪循環を断て」、Electric Journal 2006年9月号、61〜65ページ。
注3:湯之上隆(2006)「日本半導体産業・復活への提言−経営者も技術者も「もうける決意」が必要だ−」日経エレクトロニクス、2006年10月9日号、143〜150ページ。
注4:湯之上隆(2006)「日本半導体産業の論文数および特許出願数と国際競争力に関する一考察」技術革新型企業創生プロジェクト、Discussion Paper Series #06-02.

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