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イノベーションのジレンマ再び−世界金融恐慌とネットブックの台頭にどう対応するか

世界金融恐慌のあらしが吹き荒れる中、超低価格PC・ネットブック市場が急成長している。機能や性能をそぎ落としたネットブック(図1)からは、"イノベーションのジレンマ"の到来が予感される。かつて、日本半導体産業は、コンピュータ市場がメインフレームからPCへシフトしたにも関わらず、25年保証の高品質DRAMを作り続けた結果、韓国、台湾勢にコストで敗北した。この敗北を教訓に、ネットブック専用の超低価格半導体を製造するべきだ。そのためには、"インド向けの50万円の低価格車から、更に、1部品2.1円のコスト削減を目指す"というスズキ自動車の姿勢を見習うべきである。このような超低価格半導体で利益が出せる体質になることが、世界金融恐慌に打ち克つための方策であると考える。

ASUSTeK社製「Eee PC 1000H-X」
図1.ASUSTeK社製「Eee PC 1000H-X」

(10月25日発売予定、店頭予想価格59,800円)
出所:http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2008/1021/asustek.htm

1.ネットブック市場の急成長
 2008年9月のPC販売実績によれば、ノートPCのうち、10万円未満の低価格PCの割合が5割を突破し51.7%となった。また、ミニPC(通称ネットブック)が集中する6万円未満のPCは、前月の19.9%から23.4%に上昇した(図2)(注1)。

ノートPCに占めるネットブックの割合

図2.ノートPCに占めるネットブックの割合
出所:BCNのデータなどを元に筆者作成

 ネットブックメーカー2強の一角、台湾ASUSTeK Computer社は、PCが普及していない新興諸国など第三世界の市場「次の10億人」をターゲットにするという目論みを持っているという。もし、ネットブックがこのような市場を開拓できれば、ネットブックがコンピュータ業界の寵児になるであろう。したがって、このネットブック市場の急成長の勢いは、今後も、止まらないと思われる。
 ガートナーなどの調査会社は、ネットブックの世界市場が2012年までに少なくとも2500万台、上手くいけば5000万台になると予測している。

2.イノベーションのジレンマ
 このようなネットブック市場の急成長は、ハーバード大学ビジネススクール教授のクレイトン・クリステンセン氏が唱えた『イノベーションのジレンマ』(注2)の到来を予感させる。
 クリステンセン氏は、コンピュータの記憶装置であるハードディスクドライブ(HDD)の歴史を詳細に調べた。その結果、業界トップ企業が、破壊的技術に直面した際、顧客の要求に耳を傾け合理的な判断を行うがゆえに、トップの座から滑り落ちてしまう現象を“イノベーションのジレンマ”として法則化した。また、このような破壊的技術は、少し性能が劣るけれども小さい、使いやすい、安いなどの特徴があることを示唆した。更に、このような事例は、業種、業界を問わず、至る所に存在することを示した。
 ネットブックは、従来のノートPCに対して、性能や機能が見劣りするものの、圧倒的に安い。更に、非常にコンパクトであり、インターネットおよび電子メールマシンとして使うには十分な機能を持っている。まさに“破壊的な”PCである。したがって、"イノベーションのジレンマ"が起きる可能性が極めて高いと言える。

3.DRAM撤退における日本半導体産業のジレンマ
 日本半導体産業は、過去に、"イノベーションのジレンマによる手痛い失敗を経験している。その失敗とは、90年代後半から21世紀にかけてのDRAMからの撤退である(注3)。
 80年代、メインフレームメーカーおよび日本電信電話公社は、25年保証の壊れない高品質なDRAMを要求した。このような高品質なDRAMの生産に成功した日本半導体メーカーは、米国を追い抜いて、シェアでトップになった。ところが、90年代になると、コンピュータ業界に変化が生じた。メインフレームに代わって、PCが上位市場となった。韓国、台湾、米国Micronは、わずかに品質では劣るPC用のDRAMを安く大量生産することにより、シェアで日本を追い抜いた。この時、日本半導体産業は、25年保証の高品質なDRAMを作り続けてしまった。なぜならば、日本半導体産業の主要顧客はあくまでメインフレームメーカーだったからである。日本は、25年保証の高品質DRAMを生産し、これをメインフレームメーカーにもPCメーカーにも販売した。その結果、韓国、台湾と米国Micronにコストで負けた。つまり、日本は、わずかに品質で劣るPC用DRAMを安く大量生産する"破壊的技術"に駆逐された。まさに"イノベーションのジレンマ"が起きたのである。

4.破壊的技術・ネットブックへの対応は?
 日本の電機産業および半導体産業は、上記DRAM撤退の教訓を、破壊的PCであるネットブックビジネスに活かさなければならない。
 まず、PCメーカー。台湾AcerおよびASUSTeKの2社で、ネットブック市場のシェア90%以上を占めている。日本メーカーでは、東芝やNECが参入を発表している。日本メーカーには、最初から世界市場を見据えた戦略を期待したい。日本の携帯電話は、日本市場だけに注力した結果、高性能・高品質であるにも関わらず、世界市場では、全く存在感がなくなってしまった。いわゆる"ガラパゴス化"してしまった。このような携帯電話を反面教師として、東芝やNECには、ネットブックの世界市場でシェア1位を取ることを第一に考えた戦略を構築して欲しいと思う。
 次に、半導体。CPUは、インテルが、ネットブック専用のAtomプロセッサを開発した。では、メモリーは?DRAMとSSD用のNANDフラッシュがある。過去のDRAM撤退の時と同じ過ちを犯してはならない。エルピーダメモリと東芝四日市工場には、ネットブック専用のメモリー開発を期待したい。それは、どのようなメモリーであるべきか?

5.ネットブック専用の半導体メモリーとは?
 昨年来、512M-DRAMの価格は0.5ドルになった。1G-DRAMも1ドルを下回った。16G-NANDフラッシュは、2ドルを切った。このようなメモリーの超低価格について、昨年夏までは、異常と思っていた。しかし、今年になって考えが変わった。このような超低価格が"普通"の値になった、と思うようになった。
 新興諸国では、圧倒的に安い携帯電話、圧倒的に安い家電品、圧倒的に安いPCが売れている。その上、超低価格PCであるネットブックが台頭してきた。要するに、世界は、超低価格メモリーを必要としているのである。2002年のDRAM撤退から導き出される教訓は、「多少性能や品質を削ってでも、超低価格メモリーを開発・製造した企業が勝者となる」ということだ。

6.インドのクルマ市場におけるスズキの戦略を見習え
 インドの自動車市場で5割を超えるシェアを持つスズキは、1部品あたり1ルピー(2.1円)を目標とするコスト削減に着手するという(注4)。クルマには2万点以上の部品がある。このコスト削減が実現すれば、50万円のクルマ1台に付き5万円の製造コストが削減できるという。
 半導体もこの姿勢を見習うべきだ。まず、軽自動車のようなDRAMやNANDフラッシュを設計し開発することをトップダウンで決めよう。マスク枚数や工程数を思い切って削減したプロセスフローを構築しよう。更に、1工程につき10円のコスト削減を目指そう。そのためには、処理時間を1秒でも早くする、稼働率を1%でも向上する、材料を1%でも削減する、ウェーハエッジエクスクルージョンを0.1mmでも拡大する、スクライブラインを1μmでも狭くする、などあらゆる工夫が必要になるだろう。
 このような創意工夫により、1ドルの価格でも利益が出る1G-DRAM、2ドルの価格でも利益が出る16G-NANDフラッシュを製造することが、イノベーションのジレンマを克服し、世界金融恐慌に打ち克つ方策であると考える。
 エルピーダの坂本社長は、ある講演会で、「半導体は、1にキャッシュ、2にキャッシュ、3に技術」と述べたという。最先端の半導体、特にメモリーに巨額の設備投資が必要なことは、筆者にも理解できる。しかし、上記の発言には賛同できない。世界金融恐慌の嵐が吹き荒れ、ネットブックなど超低価格製品が急成長する世の中であるからこそ、「1にイノベーション、2に創意工夫、3に経営戦略」と筆者は声を大にして言いたい。


長岡技術科学大学 極限エネルギー密度工学研究センター 客員教授
湯之上隆




注1:全国26社2,350店舗のPOSデータを集計しているBCN(Business Computer News)の調査結果による。
注2:クレイトン・クリステンセン著、玉田俊平田監修、伊豆原弓訳(2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版』、翔泳社。正式タイトルは、"The Innovator's Dilemma"。
注3:湯之上隆「《日本半導体産業のジレンマと復活への提言》コストと技術は別物ではない "儲ける技術"で悪循環を断て」電子ジャーナル2006年9月号、61〜65ページ。
注4:日本経済新聞、2008年10月8日朝刊、13版、"スズキ インドでコスト大幅削減 現地部品会社と協力 「1部品2.1円ずつ」目標"

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