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DRAM 1ドル時代の到来 一般汎用技術の基盤となった半導体

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1GビットDRAMのスポット価格が1ドルを切った。PC、インターネット、携帯電話などのIT技術が一般汎用技術となったことが、この背景にある。すなわち、半導体は、一般汎用技術を支える基盤となったのである。IT革命の本質は、情報処理コストと通信コストの劇的な低下にある。これにより、半導体は、常に、価格下落の猛烈な圧力に曝されている。現在、世界金融恐慌が吹き荒れている。生存の危機に瀕している半導体関連メーカーもあるに違いない。しかし、明けない夜はない。必ず夜明けがやってくる。ただし、昨日とは異なる明日になるに違いない。一般汎用技術の基盤となった半導体に対して、それに相応しい企業への転換が必要である。

1.DRAM 1ドル時代が到来した
 512MビットDRAMは、昨年、1ドルを下回り、今年は0.5ドルにまで値下がりした。1GビットDRAMは、今年11月、そのスポット価格が1ドルを切った(図1)。昨年から今年にかけての、このDRAM価格の推移は、“DRAM 1ドル時代”の到来を現わしていると思われる。DRAMメーカーにとっては、極めて高価な最先端の微細化技術を用い、苦心惨憺して製造した“DRAMがたったの100円”では、“やってられない!”という思いであろう。
 果たして、“DRAM 1ドル時代”の意味するものは何か? 筆者は、“PC、インターネット、携帯電話などの情報通信技術(Information Technology, IT技術)が一般汎用技術になった”ことがその背景にあると考える。つまり、“DRAM 1ドル時代”とは、“半導体が一般汎用技術を支える基盤デバイスになった”ことを意味すると考える。

1G-DRAMスポット価格

2.一般汎用技術とは?
 一般汎用技術(General Purpose Technology、GPT)とは、“産業横断的に使用され、さまざまな用途に使用しうる技術のことである(注1)。一般汎用技術の具体例として、電力・電気、鉄道、自動車などが挙げられる。
 一般汎用技術の概念は、スタンフォード大学の経済史家ポール・デイビッドによって提唱された(注2)。デイビッドの定義によれば、一般汎用技術は、経済活動に不連続的な大変化をもたらす。その変化は一国全体、あるいは地球全体に広がる。その半面、インフラストラクチャが整備される必要があるため、一般汎用技術の効果が現れるまでに相当な時間がかかる特徴があるという。
 例えば、電気について見てみると、三相交流の送電に成功したのは1890年のことであるが、使用量において、電気が蒸気を上回ったのはその30年後の1920年になってからである(注3)。
 また、発電と送電および配電システムを構築するのは大事業であったため、全ての国民がその恩恵に浴するまでには、更に約半世紀の経過を必要とした。例えば、イギリスにおいて電気を利用できた家庭は、1920年は12%、1950年は86%、96%となったのは1960年だった。

3.IT技術が一般汎用技術になるまで
 インテルがマイクロプロセッサとDRAMを発売したのが1971年である。これらを基幹部品としたPCが広く使われるようになるのは10年以上後のことである。また、1982年3月、アメリカ国防総省の軍用コンピュータ網のためにインターネットの通信規約TCP/IPが作成されたのは1982年である。イギリスの計算機科学者・ティム・バーナーズ・リーがインターネットのハイパーテキストシステムWorld Wide Web(WWW)を発明したのは1989年である。人々が広くインターネットを利用するようになったのは、その10年後である。
更に、これらのIT技術が、その効果を正しく認識されるまでには、識者による批判と非難を浴びた。1987年にノーベル経済学賞を受賞したロバート・ソローは、騒がれているほどIT技術の効果がないことを、“コンピュータ時代というが、生産性統計にその効果は表れていない”と批判した(注4)。この発言は“ソローのパラドックス”と言われ世間の反響を呼んだ。また、1990年代に入ってインターネット株が急騰した。この現象を見て、連邦準備制度(FRB)のグリーン・スパン議長は、“根拠なき熱狂”と警告した(注5)。
 IT技術が、誰の眼にも明らかに、人類に影響を及ぼしていると言えるようになったのは、1990年代後半から21世紀にかけてであろう。かつて、世界に5台、1国に1台、1社に1台、1課に1台、1家に1台だったコンピュータは、一人一台が当たり前になった(図2)。携帯電話は、2007年に、世界65億人の約半分が所持するまでになった(図3)。今や、PCと携帯電話なしには、あらゆる産業、あらゆる仕事は成り立たないだろう。それ程まで世界中の人々に、PCと携帯電話は浸透した。つまり、IT技術は、一般汎用技術になったのである。このように、数10年に渡って情報通信技術の変化を俯瞰してみると、IT技術の登場は、“革命”という名に相応しい。この“IT革命”の基盤を支えているのが、半導体であることは言うまでもない。


コンピュータと半導体の変遷

携帯電話加入者数と地域別普及率


4.IT革命の本質とは?
 IT技術は、情報処理コストと通信コストを劇的に低減した。例えば、1980年代初頭のメインフレームの価格は1億円以上した。今日のネットブックは、(恐らく)それよりも能力が高いにも関わらず、価格はたったの5万円である。つまり、情報処理コストは、20年間で2000分の1以下になった。1年平均で100分の1以下になるという猛烈な低下である。一方、通信コストも劇的に低下した。従来の回線方式の電話およびFAXに比較すると、パケット通信方式を用いるインターネットの電子メールのコストは、ほとんどゼロに等しい。
 このような、情報処理コストと通信コストの劇的低減に大きく貢献したのが、他ならぬ“ムーアの法則”に則った半導体である。通常、ムーアの法則は、“トランジスタの集積度は、3年で2倍になる”と言われている。これを、上記を参考にして、経済的に言い換えれば,“情報処理コストは1年に100分の1以下になる”ということになろう。このように考えてみると、IT技術の基盤となる半導体は、常に、価格低下の猛烈な圧力を受け続けている産業であると言えよう。すなわち、DRAMの価格低下は、その宿命であると言えるのではないか?

5.世界金融恐慌の夜明けは?
 今、世界は金融恐慌の嵐が吹き荒れている。半導体業界においても、インテルとサムスン以外の殆どの企業が、赤字に陥った。生存の危機に瀕している企業もあるかも知れない。
 しかし、明けない夜はない。必ず朝はやってくる。この金融恐慌も、いずれ、鎮静化する。夜が明けて、昨日とは違った明日がやってくる。
IT技術は一般汎用技術となった。半導体はそのIT技術を支える基盤産業である。人類の文明が続く限り、半導体産業が無くなることはない。また、人類にとって、半導体の重要性が失われることはあり得ない。
ただし、IT革命の本質から言って、半導体は、常に、猛烈な価格低下の圧力を受け続ける産業であることから、その性質にマッチしたビジネス方式に転換する必要がある。半導体メーカー、装置メーカー、材料メーカー、半導体関連企業すべてが、“DRAM 1ドル時代”に相応しい企業に、生まれ変わる必要があると言えるだろう。


長岡技術科学大学 極限エネルギー密度工学研究センター 客員教授
湯之上隆




注1:野口悠紀雄、遠藤諭(2008)「ジェネラルパーパス・テクノロジー、日本の停滞を打破する究極手段」アスキー新書、50ページ。
注2:Paul A.David, “The Dynamo and the Computer: An Historical Perspective on the Modern Productivity Paradox”, American Economics Review 80.
注3:前掲書、51ページ。
注4:Robert M. Solow, “We'd Better Watch Out”, New York times, Sunday, July 12, 1987, [Book Review] SEC 7, Page 36.
注5:1996年12月5日の演説の中で、この表現が使われた。

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