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ASML社の強さの秘訣

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同志社大学 ITEC研究センター COEフェロー
長岡技術科学大学 極限センター 客員教授 湯之上隆

 半導体の微細化が止まるかもしれない(注1)。もし、止まったらどうなるのだろう。半導体装置メーカーはどうなる?半導体デバイスメーカーはどうなる?デバイスを中核部品にすえるPC、携帯電話、デジタル家電、クルマ等のセットはどうなる?これらセットを使うユーザー、つまり私も含めた人類の未来はどうなるのだろう?(注2)

 このような研究課題を胸に秘め、7月16日から9月2日まで、48日間をかけて世界一周をしてみた(注3)。その間、半導体関連企業を中心に13カ国、40社を訪問した(注4)。その中で、最も印象的な訪問はどこかと問われたら、迷わずオランダのASML社を挙げる。印象的というよりも、強烈なインパクトを受けたと言った方が正確だ。ASML社を訪問した夜は、昼間のファブツアーを反芻して、なかなか眠りにつくことができなかった。

 ASML社は、世界で最も高価な精密機械である露光装置の専業メーカーである(注5)。半導体製造装置メーカーの売上高ランキングを見てみると、1996年にトップ10入りしている(図1)。その後、急速に順位を上げて行き、2002年以降は3位をキープしており、2位のTEL(東京エレクトロン)に追いつきそうな勢いである。

半導体製造装置メーカーのランキング


 装置業界では、1992年から2000年まで、AMAT(アプライドマテリアルズ)、TEL、ニコンの三強の時代が続いた。2002年以降は、AMAT、TEL、ASML三強の時代に突入したと言える。各年毎の売上高を見ても、この3社が突出していることが分かる(図2)。


半導体製造装置メーカーの売上高


 次に、露光装置分野における市場シェアを見てみよう。台数ベースでは、1990年代初めまで、ニコンとキヤノン合わせて世界の90%以上のシェアを独占していた(図3)。ところが、現在は、ASMLがトップに立った。また、売上高ベースのシェアでは、ASMLが50%を超えるシェアを占めている(図4)。つまり、ASMLの露光装置は、ニコンおよびキヤノンより単価が高いにもかかわらず売れているということになる(注6)。


露光装置のメーカー別シェア(台数ベース)
露光装置のメーカー別シェア(売上高ベース)


 このASML社の快進撃の秘訣はどこにあるのだろうか。その回答が、ASML社のファブツアーから明らかになった。その一部を紹介しよう。
 ファブは、100程度のセルから構成されている。一つのセルで、1台の露光装置が組み立てられていく。このファブでは、i線、KrF、ArF、およびArF液浸、4種類の露光装置が組み立てられているという。各セルには、上記4種類の装置のさまざまな組み立て途中の段階が見て取れた。

 驚いたことが二つある。
 まず、どの露光装置もほとんど同じように見えたことだ。そのことを質問すると、「i線、KrF、ArF、およびArF液浸、全て同じプラットフォームだ」と言う答えが返ってきた。
 更に、世界一高価な精密機械を組み立てている割には、随分人が少ない。筆者は、ドライエッチング装置の組み立て現場を数多く見たが、それと比較しても随分少ない 。そこで、1台何人で組み立てているのかと質問すると、なんと、「One guy」だと言う!

 恐らく、ASML社はトヨタのセル生産方式を採用していると思われる。部品のサプライチェーン管理もトヨタ方式ではないかと思われる。また、露光装置を、土台、ステージ、レンズ系、光源などのモジュールに分割している。各モジュールは、専門の外部メーカーが製造する。例えば、レンズ系はCarl Zeiss社が作る。ASML社では、外部で作られたモジュールのアッセンブルを行う。
 案内者の話によれば、露光装置の85%は社外で作られ、ASML社が行うのは残りの15%だという。ASML社とは、極論すれば、“アッセンブルメーカー”であるとも言える。そのアッセンブルする様は、まさに“積み木”のようである! だから、「One guy」で十分ということだ。

 ムーアの法則で知られる通り、半導体デバイスは、3年で4倍集積度を増大させてきた。それと共に、素子は70%に微細化されてきた。また、シリコンウエーハは大口径化し、配線材料は低抵抗化のためにAlからCuに変わった。このような技術の変わり目に、装置メーカーは、より高精度な装置を開発し、提供してきた。
 筆者の知る限り、ほとんどの装置メーカーは、そのたびに、新たな装置をゼロから作っていたのではないかと思われる。例えば、プラズマを使う成膜装置やドライエッチング装置は、シリコンウエーハが大口径化するたびに、莫大な開発投資を行って、これまでとは全く異なる新規装置を提供してきた。

 このような半導体装置業界の中で、ASML社の装置開発戦略は、極めて異色かつ合理的である。ASML社の強さの秘訣は、i線の露光装置を設計する際、その後10年以上に渡って通用するプラットフォームを構築したことにある。つまり、ASML社の今日の隆盛は、最初の“極めて卓越したアーキテクチャ(設計思想)”による所が大きい。

 ArF液浸の次の露光装置は、ArF高屈折率液浸か、EUVLか、リソグラフィの世界は混沌としている。世界では、EUVLの実現に期待する声も大きい。EUVLにおいては、これまでとは全く異なる装置構成が必要となる。したがって、ASML社も再び、ゼロから露光装置のアーキテクチャを作らなくてはならないだろう。
 ASML社がどんなEUVLのアーキテクチャを構築するのか。ニコン社およびキヤノン社の巻き返しはあるのか。更に、100億円とも噂されるEUVLを、本当に量産に使う半導体メーカーがどれだけあるのか。今後も、半導体の微細加工から目が離せない。


注1:2007年になって、米国テキサスインスツルメンツ社や日本のソニーなどが、45nm以降の自主開発は行わないことを発表した。微細化が物理的にも経済的にも困難になってきたからだ。もし微細化が止まれば、35年以上続いたムーアの法則が終焉を迎えることになる。

注2:角田直樹著『30万円台でぐるり夢の世界一周』(宝島社新書)によれば、世界一周とは“太平洋と大西洋を各々一回ずつ横断して出発地に戻ること”と定義されている。従って、その辺を適当に一周したからと言って、世界一周したことにはならない。

注3: “48日間世界一周“については、次回以降に詳細を紹介したい。

注4:東芝セミコンダクター社のリソグラフィの責任者・東木氏は、露光装置を“まさに兵器”と言った。いい得て妙である。

注5:現在の最先端露光装置ArF液浸においては、日本メーカーが30数億円であるのに対し、ASMLは50億円であるという噂を聞いた。

注6:ドライエッチング装置は、露光装置の10分の1の価格。恐らく、部品点数も価格に比例していると思われる。その10分の1の価格(部品点数)のドライエッチング装置と比較しても、格段に、人が少なかった。

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