半導体のトレーサビリティの本質は一気通貫
私は今、半導体デバイスのトレーサビリティの世界標準を仲間と作り上げようとしている。トレーサビリティの要は Identification であって略語でIDと書くことが多い。トレーサビリティはヒトやモノを見えない絆で唯一無二のIDと結び付ける仕掛けである。
ヒトのIDの場合、世の中では免許証やICカードが使われる場合があるが、これらは曖昧であって厳正なIDにはならない。曖昧性は偽造される可能性がある。パスポートの偽造はよく知られている。大阪では今年、住基カードを偽造した者が現れた。
ヒトは自身のDNAをIDとすべきである。厳密さが必要な犯罪の立証にDNAが使われることは正しいといえる。同じDNAは100兆人に1人の割で現れると言われているが、世界には多くても100億人程度しか人間はいない。ヒトのDNAは生まれてから死ぬまで変わらないため、そのIDはヒトが常時携帯していることになる。DNAをIDとすれば、ヒトは幼稚園児でも大学院生になっても社会人になって結婚しても、そしてご隠居さんになっても一生の間同じIDを持ち歩くことができる。これを、IDの一気通貫原理と我々は称している。一気通貫原理はIDに必要な要件である。
半導体のIDをパッケージに刻印もしくはマーキングしても正しいトレーサビリティとしては意味がない。パッケージ表面を削って磨けば最初のIDは消えるからだ。次に別のIDを勝手に刻印するのは第3者にとって容易である。ウェーハにミクロンサイズで小さく直接刻印できれば相当に強いIDになる。偽(にせ)の刻印が難しいためである。
さて、ここでのキーワードはダイレクトマーキングである。IDはヒトやモノに直接マーキングすべきである。即ち直接刻印するダイレクトマーキングのみが意味を有する。ヒトで言えばパスポートはダイレクトマーキングではない。DNAこそがダイレクトマーキングといえる。
半導体のIDをパッケージに刻印するのはダイレクトマーキングではない。半導体チップに直にマーキングしなくては意味がない。
この発想が我々の活動の原点になった。歴史的にはSEMI(Semiconductor Equipment and Materials International)に於いてT7と略称するウェーハIDに関する仕様書を先輩達が準備していた。これは材料メーカーがデバイスメーカーに納入する300mmサイズのウェーハの裏面にレーザーで書き込むIDであって、それは材料メーカーを識別し固有の英数字を使ってID化されていて、IDを読めばそのウェーハの履歴が全て解る仕組みになっている。T7を支配するそのオーナーが材料ウェーハメーカーであるのは当然のことである。
裏面にマークされたT7のIDは、しかしながらバックグラインド(裏面研磨)工程で消えてしまう。バックグラインド工程は通常は省略できない。
T7がバックグラインドで消えるとID情報が途絶えてしまう。そこで情報をつなぐためにファブ専用で使うウェーハIDが必要になった。これを我々のチームがマイクロIDの愛称を使いSEMIの組織内で委員会を立ち上げた。マイクロIDは、知られているIDでは世界一小さなIDであって2次元データマトリックスがほぼ100μm角に収まる。これが各ウェーハのベベルに刻印される。
委員会のコ・チェアマンは、筆者の他に森彰氏と中島隆二氏であり、作られた標準仕様はSEMIがT14と命名した。上述の一気通貫原理の考え方はこの委員達が作り上げた。
T14のオーナーはデバイスメーカーに他ならない。デバイスメーカーはT14にT7の情報を含ませるのが好ましい。さもないと、一気通貫特性は失われる。
さて、半導体集積回路の長い工程を考えるとここでストップする訳にはいかない。ファブを出た完成ウェーハは個別チップに切り離されてしまう。この瞬間にベベルに刻印されたT14は消えてしまう。このためウェーハ状態にある工程のどこかでチップに個別IDをメーカーが刻印する必要がある。
作業は、未だ仕様作成の途中段階であり、T14のようなT-番号はSEMIにはまだ存在しないが仮にTXXとしよう。
TXXのオーナーは、当然デバイスメーカーになる。TXXのオーナーであるデバイスメーカーは、これまで述べてきた事情と同様、TXXにT14の情報を含ませるのが好ましい。TXXは今年の夏には陽の目を見るはずだ。
TXXが陽の目を見ることによる効果は大きく、市場で故障した半導体の故障モードと製造データが1対1で結びつく。このことが日本製半導体の信頼性向上に貢献する度合いは計り知れないほど大きい。