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実用化に向かい邁進する、スピントルク型メモリ

東北大学の佐藤ら(敬称略)は電子スピンに情報を記憶させる新しいメモリ技術を開発し、米国ワシントンD.Cで2013年12月開催された国際学会IEDM(International Electron Devices Meeting)において発表したと、12月10日の日本経済新聞は報じた。スピンは直観的に電子の回転になぞらえることができるので、上向きのスピンに例えば”1”を割り付け、下向きのスピンに”0”を割り付けることが可能になる。

このメモリは、スピン注入磁化反転と呼ぶ新しいデータ書き込みモードを使ったデバイスである。下記にやや詳しく述べるが、MRAMデバイスとして活用するには種々の要件を満たさなくてはならない。日経の記事では、このメモリは記憶保存には外部電力を要しないので、不揮発性であり電源オフ時でもデータは保存される、としている。演算素子と一体化できるので、将来はプロセッサにレジスタやキャッシュなどとして内蔵できるだろう。加えて、新メモリはDRAMと比べて30倍も高速になると、語られた。PCに応用すれば、起動時にHDDからDRAMにメモリをローディングする必要がなく、不揮発性メモリそのものから起動プログラムを読み出せるため、素早く立ち上がる。

IEDMの歴史は古く、第1回の開催は1955年だった。当時は7歳になったばかりのトランジスタなどが中心の話題に上った。IEDMは、半導体デバイスの開発と発展に最も大きく貢献した学会であるといえる。斬新なデバイスの研究開発のテーマが発表される学会であるが、その査読は厳しいことで定評がある。多数の著者が論文を応募し、拒絶されて落胆する。したがって、今回の佐藤のように発表の栄誉に恵まれたことは世界的なトップレベルの判定を通ったということを意味し、内容の高さはもとよりそのデバイスが近く陽の目を見ることが強く期待される。

佐藤が発表したのはMRAMの中でも比較的新しい技術でSpin Torque Transfer、略してSTTと呼ぶ動作モードに従うタイプだ。邦訳ではスピン注入磁化反転と表現されている。佐藤の論文の詳細は、現在は筆者にはわからない。ただ、東芝は以前から、図1のようにMagneto Tunnel Junction (MTJ)を紹介している(参考資料1)。MTJは強磁性体フィルムそれぞれ、AとBの2枚からなる。その2枚のフィルムの間にトンネル電流を流す目的で薄いフィルムを挟むサンドイッチ構造をしている。MTJに垂直に電流を流す時には、磁性体A―トンネル絶縁膜―磁性体Bという具合に電流の経路が決まる。そして、大きな磁気抵抗GMR(giant magneto resistance)を出現させることが可能だ。


図1 MTJの動作原理

図1 MTJの動作原理


図1ではMTJの磁性体AとBにおいて磁化の向きが互いに平行(P、即ちparallel)な時を仮に”0”とするが、MTJは低抵抗を示す。反対に反平行(AP: anti parallel)な時を”1”とする。その時は、MTJは、GMRが発生し高抵抗状態になる。この事象が新しいMRAMの原理になっている。そしてMTJでは強磁性体Bでのスピンの向きは変えないことに留意すべきだ。

注意しなくてはならないのは、読出し時にスピンの向きが変わらないように低エネルギーの電流によってデータを検出することだ。”0”から”1”へデータを書くときはMTJが低抵抗なので、問題は少なく、書込み電流で磁化反転を発生させる。逆の場合は問題である。”1”から”0”への書込みは抵抗が大きいためである。しかしながら問題は克服されてSTT、即ち磁化反転が惹起される書込みの条件は理解されたと、信じている。

よく知られているがGMRを発見したのは、フランス人のAlbert Fertとドイツ人のPeter Grünbergだ。二人は2007年にこのGMRの発見を評価されてノーベル物理学賞を受賞している。量子力学で説明されるこの原理を用いて東芝はスピンMOSトランジスタを開発した。スピンMOSトランジスタは、MTJを搭載しておりドレインに直結させている。

MTJを使ったスピン注入方式の特徴は磁化反転に必要な電流値が磁性体の体積に比例するため、微細化に好都合なことだ。微細化を進めると、書込み電流が減り低電力化を達成しやすくなり、かつ集積度も上がる。

強磁性体BはハーフメタルがSTT材料として好都合だということもわかっている。佐藤とは、別のグループに属する東北大の高梨はハーフメタルの例を資料に示している(参考資料2)。それによると、ハーフメタルは、室温で100%のスピン分極率を持つ。そしてキュリー温度は室温を越え、フェルミ面近傍で数百mVのわずかなバンドギャップがある、などの特徴がある。例えばNiMnSbやCo2MnSiなどがハーフメタルであり、ホイスラー合金とも言われている。

幸い、東北大や東芝の努力により、我が国はGMR効果を用いたSTT MRAMにおいては世界的に見ても先頭集団を走っている。数年もすればこのデバイスが我が国において実用化されると、大きく期待している。

参考資料
1. 「スピンMOSトランジスタの基本技術を開発」 (2009/12/07)
2.高梨弘毅「スピントロニクス材料の現状と課題」 (2009/07/09)

エイデム 代表取締役 大和田 敦之

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