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シリコン(001)面ものがたり

今、日本の半導体産業は残念ながら弱体化してきた。しかし、かつてはもっと弱かった。それでも大国(米国)に挑戦してきた。1960年代、欧米のデバイスメーカーはMOSFETの開発の最中で、種々の技術を競っていた。弱かった日本が挑戦した例として、(001)面のMOSFET技術を紹介しよう。この開発ではむしろ日本が先頭に立ち、以降の半導体産業全体でトップに立つことができるようになった。この技術は当時、米国でも手がついていなかったようだ。

筆者らは、Japanese Journal of Applied Physicsという欧文誌に1969年に投稿した。それはShort Noteで短い論文を意味していた。題名は、"Effect of the Crystal Orientation upon the Electron Mobility at the Si-SiO2 Interface"(参考資料1)というものだが、和文は筆者の試訳では、「Si-SiO2界面に於ける電子移動度の面方位依存性」となる。その著者は、大和田、前田、田中(以下全て敬称略)の連名であった。当時、良い性能のMOSFETを製造する技術が求められていたので、この報告もその一環と言える。

内容を簡単に述べると、まず単結晶シリコンウェーハを5種類の結晶面で切り出した。そして、それぞれの面指数が、(110)、(111)、(112)、 (113)、そして(001)であった。そのウェーハが全て互いに誤りなく区別できるように、番号を付けて1ロットとして扱い、同一の洗浄と前処理を施し同じ炉で表面を酸化した。膜厚が2400Å(オングストローム)と、昨今のデバイスと比べて相当に厚いのが気になるが、1969年当時は普通のMOSFETはそのようなものだった。何しろ静電破壊を起こしてはならない。

試作したMOSFETはリングゲート構造であって、これは第一級の教科書によった。教科書のタイトルは、"Physics and Technology of Semiconductor Devices (1967, John Wiley, New York)"。その著者はフェアチャイルド社技術研究所所長、A. S. Grove。よく知られているがGroveはその後インテル社の社長・会長になった人である。リングゲート構造のMOSFETは通常の構造と異なり円対象なのでゲートの終端の影響を受けない。このため、測定結果がきれいに出やすい。リングゲート型のMOSFETは添付の図1にも示したが、そのレイアウトは中央に円形のドレイン拡散層を有し、その回りをリング状にゲートが囲む。その外側がソースであり基板と同電位にしておく。


図1 リング構造のMOSFETで実験 出典:Japanese Journal of Applied Physics

図1 リング構造のMOSFETで実験 出典:Japanese Journal of Applied Physics


このMOSFETを使った電子移動度の測定結果は図1に示したが、種々の理由で使われていた(111)面で製作したデバイスはその移動度が三極管領域の測定で450 cm2/Vs程度と低かった。それが(001)面のウェーハを使ったデバイスになると、800 cm2/Vs程度になった。もちろん、移動度は大きい方が好ましい。だから結論は当然、MOSFET量産製造には(001)面ウェーハを使うべしということになった。図に示すデータにおいて、測定結果は前田が計算し、点線で示した理論値とうまく一致した。一応の成果は出たのである。ところが、大変不思議に思ったのは、MOSFET量産製造技術において、1960年代に日本と同等もしくは越えていた欧米の研究が少なくともこのテーマであるウェーハ面方位に関した成果が一切出てこなかったことだ。

実はこの論文以前に早い段階で、日立製作所の大野、川地、桃井が同じような主旨で特許出願をしていた。その公報は特公昭42-21446で、その出願は1964年2月。詳しくは述べないが、他にもウェーハ面方位に関わるMOSFETの研究は日本のみからであった。この出願の特公昭42-21446は種々の反対クレームを乗り越えて日米で日立の権利になった。種々の事情に鑑み、公知性も考えて筆者らは特許出願をしていない。

それからずいぶん時が経った2008年、SEMI News vol. 24, No. 5に大野自身が上記の特許出願に関わる顛末を書いている。それによると、大野は結晶鉄の磁化率の軸依存性について茅理論を知っていた。茅は東北大金属材料研究所出身でその後、東大総長にもなった人だ。大野は直感から茅理論との相関を想定し、面指数を種々変えたMOSダイオードを作った。そのC-V特性を測定し、(001)面ダイオードの好特性を見出し、その再現性を調べた。MOSFETも作製し、(001)面デバイスの好い特性を確認し発明を出願した。筆者と同様に、(001)面MOSデバイスの研究が米国で出てこなかったその不思議な気持ちをも大野はSEMI Newsに書いている。しかもわざわざRCA社の知り合いに聞いて確認をしている。米国では良いデータが出なかった、とのことだ。

エイデム 代表取締役 大和田 敦之

参考資料
1. Ref: A. Ohwada, H. Maeda and K. Tanaka: JAPAN. J. APPL. PHYS 8 (1969) 629-630.

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