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新生ルネサスに期待する

本年1月、NHKなどの報道によると、半導体製造会社のルネサスエレクトロにクスは北海道と福井県、熊本県にある3工場を国内企業に売却することを決定した。昨年12月のこのセミコンポータルの記事でも詳しく紹介されたが、同社は官民で作られたファンド「産業革新機構」などからの1,500億円とされる出資を迎えて経営の再建に邁進する運びだ(参考資料1)。3工場の売却はその線に沿っていると考えられる。

筆者の現役時代、1960年から2000年頃にはその源流であった日立製作所、三菱電機そしてNECのエンジニアたちとは学会やセミコンショー、そしてセミナーで親しく接していただき、その時々の熱いテーマを論じあった懐かしい想い出がたくさんある。だが今は様変わりした半導体業界の激しい変容に戸惑わざるをえない。その後、NECの半導体部門はNECエレクトロニクスとなり、一方、日立製作所と三菱電機の半導体部門が分社・統合してルネサステクノロジになった。2010年にルネサステクノロジはNECエレクトロニクスを存続会社として合併して社名を変えルネサスエレクトロニクスが生まれた。この変遷はめまぐるしく、かつ単純ではなく3社の特徴とそれぞれの社風はどのように引継がれ経営に反映されたのかは、筆者の理解を越えている。

ルネサスエレは自動車や家電のモータ制御などのマイコンにおいて世界のトップメーカーであり、その市場シェアは全世界で3割にも上る。このように恵まれたポジションを占めながら直近の業績は7年連続の最終赤字になってしまった。これは深刻な経営問題であり、どうしたことなのだろうか?この事態に米系投資ファンドのKKRが食指を動かしたようだが、産業革新機構の動きがあったために、起れば最悪の事態になった技術流出を止めた。本年1月15日、読売新聞は社説で寄り合い世帯の非効率経営の弱点を論じたが、その指摘は的を射ていると思う。

仮にそうならば、筆者の経験から考えて我国の「お客様は神様」という意識が、強すぎると、その優位な立場に立つ顧客の強い要求に折れて少量の注文にも無差別に応じることになってしまう。結果は少量多品種製品の安値販売の罠であって高い利益は望むべくもない。販売経営戦略が全く欠如してしまう。

昔からあったが半導体事業の考え方はラーニングカーブをうまく利用することだ。例えば、重要顧客が新製品開発をもちかけて来たとする。設計部隊を含む総技術陣の努力と試行錯誤の元にその新製品が開発され、顧客の検収を見事にパスする。複数回の試作ロットの歩留まりなどの結果からコスト計算を実施し、当初の値段が提案される。顧客と試作結果を含む相当な交渉の結果、プライスが決定する。顧客の注文書を受けて製造を始めるが、当初の歩留まりは高くなく50%程度だ。しかし製造部門と技術部門の努力の結果は歩留まり向上に寄与し、徐々に良い結果が得られ始める。このようなシナリオが望まれる。

ラーニングカーブでは累積生産量が2倍になると、経験に基づく改善効果によって生産コストが下がるが、そのコスト低下比率は0.75〜0.80とされる。このコスト低下比率は、次のような経験則で定義されている。初期生産データを仮に最初の2カ月間として、その生産量を100、コストを1と決める。生産を続ける必要があるデバイスの場合、累積生産量が初期生産量の2倍、即ち200になる時点がやって来る。この時点の生産コストは、ラーニングカーブによって下がるが、その経験的な比率は通常0.7-0.8に収まる。この法則によって、歩留まりなどが向上するとそのコストに与える効果は絶大だ。生産量の倍増によってコストダウン効果を比率0.80としても、累積生産量が初期試作段階の例えば、8倍になった時点でのコストは0.8の3乗になるため、約半分になる。だからこの戦略をうまく使わない手はない。業界1位のインテル社などは、筆者のみるところ少量多品種の逆を行き、品種を絞りCPUチップに集中して量産している。従って、インテル社はラーニングカーブにうまく乗ってコストを下げていると考えてよいと思う。新生ルネサスもこの機会にラーニングカーブの効果を積極的に使いコストを下げる工夫が必要で、そうして利益を追求する経営手法を採って欲しいと願う。

ラーニングカーブが効くのは、デジタル的にイエス/ノーの境界がある訳ではない。DRAMほどの超大量でなくても同種のプロセスを長い期間、続けていれば経験と学習による効果が表れる。かつて、CBトランシーバ向けのCMOS PLLを量産していた頃に筆者自身が経験したことだが、累積生産量が2倍になる期間までにコストダウンできるため、超がつくほどの大量生産でなくてもある程度の長期わたる生産が続くならコストは意外に下がってくれたりするものだ。このため販売するからには製品をこの線に沿った量産思考で見直すことが期待される。

もちろん、製品の値段を決める局面での顧客との交渉は最も大事な経営判断の一つであることは、誰しも理解していることだが、できれば売値をメーカー側が敢えて下げる必要はないだろう。読売新聞が指摘するまでもなく、寄り合い世帯の結果、組織が縦割になりコミュニケーションがスムーズに行かないと、売価を自動的に下げるものだという罠にはまってしまう。

筆者がルネサスに期待するのは健全な経営に立脚する優良会社になってもらうことだ。自動車は機械として始まったが、この産業はいち早くメカトロニクス化を取り込んできた。今や自動車という機械は、ECU(電子制御ユニット)という電気でコントロールされて動く。関連するモータ制御は産業の要でもある。だからこの領域で世界トップの地位を保持し、さらに2位グループを引き離す独走をして欲しい。母体である三菱電機は工場オートメーション、FAにおけるリーダー企業だ。FA工場は作業員がほぼゼロの無人で稼働するようになって来たが、ルネサスの半導体を使うならさらに拍車をかけることが確実にできるだろう。

ルネサスが2011年、3.11において大地震に遭遇し甚大な被害を被ったのは唯々、不運であったとしか言いようがない。地震の多い我が国ではどんな企業も個人も覚悟しなくてはならない環境だ。それでもEE Timesの半導体売上ランキングデータを見ると2011年には世界6位に確定した。大震災を経て、この地位は立派な成績と言ってよい。よくぞ頑張ったと言いたい。

さて産業革新機構は、国民の財産を基に作られた政府系のファンド組織だ。そして今やファンドが主要株主である。新生ルネサスが利益を挙げ配当をすれば、ファンドの投資した分は少しでも回収される。そして、革新機構の時限である2025年までに保有株を売却するなどして資金が回収されることが願われる。その場合、今回投資された1,500億円は増えて戻って来る。願うのは、新経営陣がマーケティングに注力し成長市場を探し出し、その上で関連する新製品を開発し、売り上げを増やし利益を上げることだ。日本経済新聞2月9日電子版は、ルネサスが今3月期も営業赤字と報じた。安定的な黒字体質に到るのはまだ遠いが、ルネサスならできるはずだ。筆者は大いに期待している。

参考資料
1. ルネサスに対する革新機構、顧客8社の増資が決定、これで大丈夫かを考察する (2012/12/17)

エイデム 代表取締役  大和田 敦之

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