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隠れたチャンピオン企業

エルピーダメモリの倒産やルネサスエレクトロニクスの不調など試練の中にあるわが半導体業界であるが、SMBすなわちSmall & Medium Businessの中には、隠れたチャンピオン企業と呼ぶに相応しい企業が存在することも事実である。

旭化成エレクトロニクス社(以下、旭化成エレと略称する)は、半導体におけるHall効果を利用したホールICを製造販売している。担当者は現在、同社のホールICの世界シェアが70%越えであることを淡々と語る。名実ともに旭化成エレは、ホールICの技術、売上そしてビジネスの展開において圧倒的な存在感を示す。ブルーオーシャンとは競争がほとんどない独占状態でビジネスを進めることが可能な恵まれた状況をいうが、正に旭化成エレのホールIC事業はブルーオーシャンの環境にある。この会社では、ホールICを磁気センサーとして位置づけていて「位置の検知」「回転検知」および「電流検知」などの応用を提案している。位置の検知は、乗用車のパワーウィンドウなど大きな需要がある。

Hall効果を観測するには磁場が必要になる。直方体の半導体のx方向に電流Iを流し、下から上に向かうz方向に磁場Hを加えると、y方向に電圧Vが発生し、式(1)で表される。この現象がHall効果である。

V= -I*H/n*e*t …… (1)

式(1)において、nは半導体のキャリヤ密度、eは電子の電荷(= -1.6022 × 10-19 クーロン)でn型半導体はマイナス値をいれる。そしてtは直方体の厚さである。式を直視するとわかることは磁場強度H、電流値I、試料厚さt等は実測できるので半導体のキャリヤ密度nをHall測定によって容易に知ることができる。その上、半導体がp型かn型なのかもHall電圧Vの極性からわかる。このため、未知の半導体があった時にHall測定を行うのが研究者の常道である、と言える。測定は高度な機器を必要としないこともその特徴である。

筆者は若い頃、Hall測定をしたことがある。それは昭和40年の応用物理学会刊行の欧文誌に記録がある(Atsushi OHWADA, Highly sensitive Hall generators Japan, J. Appl, Phys 4 (1965) 382)。素材はN型シリコン、磁界は740ガウス、そして発生させたHall電圧は、0 – 3V程度であった。ありがたくも、応物学会はアーカイブとしてこれを電子的にクラウド上に保存してくれた。

Hall 効果を発見したのは、アメリカ人でEdwin Herbert Hall氏である。同氏はHall効果を1879年に理論化し、ジョンホプキンス大学で博士号を取得した。用いた材料は金箔であった。即ち、Hall効果は金属でも半導体でも観察できる。上記の説明でもわかる通り電流を流すことができればHall効果を測定できる。

旭化成エレのホールICの詳細は、企業秘密からわからないが、直方体とICをどう配備するかに工夫が必要なはずだ。筆者ならどうするかを以下に考えて見た。

よく知られた伝統的なCMOSの構造と製造プロセスを用いてホールICのヒナ型を試作することは可能だろう。先ずn型シリコンにpウェルを拡散法で形成する。pウェルにはCMOSの構成要素である、nチャンネルMOSトランジスタを設け、n型シリコン部分にはpチャンネルMOSトランジスタを作り込む。回路設計に従って金属結線を配備するとCMOS回路になる。詳細は紙面の制約があって述べないがCMOS差動アンプを作り込むこともできる。この過程でホールICの場合は一つのpウェルを遊離させHall素子とする。x軸を定め、二つあるその終端に電極を作って電流をx軸方向に流すものとする。pウェル平面で垂直にy軸を定めてHall電圧を取り出す二つのコンタクト電極を設ける。そして出力は差動アンプに入力する。

さて、ここでホールICの重要な応用例である乗用車のパワーウィンドウについて考えて見よう。パワーウィンドウはモーター制御で本来なら重いウィンドウの開閉をボタンで操作できる優れた仕掛けである。車内が暑くなって来たので窓を少々開ける、1/3ほどで止めたい、と思ったならボタン操作でゆっくり動くウィンドウをおおよそ1/3ほどで止められる。今度は、風が強くなって来たので窓を全閉しようという時は、閉めるボタンを押すと自動でウィンドウが全閉の位置まで止まらずに進む。全閉の終点ではその位置を検出してウィンドウは止まり電源が自動で切れる。誠に便利である。筆者がこの仕掛けの設計者ならどうするか。間違いなくホールICを使って近接スイッチを設ける。見えない所で窓と一体で動く場所にフェライトなどの安くて軽い永久磁石を設置する。別に固定した箇所にホールICを置いて近接するフェライト磁石を感知するのである。

Hermann Simon著、「グローバルビジネスの隠れたチャンピオン企業」、中央経済社刊(Hidden Champions of the Twenty-First Century: Success Strategies of Unknown World Market Leaders)が売れているが、世界シェア5割に至るコンピュータ制御医療システムなどの会社ブレインラボ社などを紹介している。日本からは浜松ホトニクス社が紹介されている。ただ、Simon教授は、旭化成エレのことには触れていない。教授はハーバード大学や慶応大学で教鞭をとっていた。本書の示す戦略は、「狭いニッチ市場に集中し、世界に展開し、その市場でナンバー1をとることだ」と述べている。正にこのホールIC製造販売会社は、小規模ながら絵に描いたように見事にこの教科書を実現している。  

エイデム 代表取締役 大和田 敦之

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