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クラウドによる電子カルテを普及させるための提案

大震災が発生して被災地の医療サービスの実態は、テレビなどのメディアを通して厳しいことが見えてきた。被災地では津波で多くの病院が流された。そして患者のカルテが消失し回復はほぼ不可能だ。このカルテ問題を解くカギの一つは、ITを利用したクラウド化による電子カルテの利用である。

クラウドはインターネットを使用し、利便性が高いインフラモデルでオン・デマンドが原則である。共有のITリソース(インターネット、サーバー、ストレージ、アプリケーション、サービス)の集合体だ。昨今はこれらがユビキタスに供与されるようになった。電子カルテはクラウドの中のサイトに無事に保管することができる。

病院が流されても医療クラウドにカルテを保存してあれば流出を免れた他の病院で診療を続けてもらえることができるため、被災の辛さは残るが保全されているカルテは使える。ここに来て医療クラウドが進む機運が出て来た、と筆者は見る。理由の一つは上に述べた通りだ。医療ITが大きく飛躍し日本人の健康増進に低コストかつ高い生産性で寄与して欲しいと願う。その上、ITは半導体事業にとって大きな顧客であるので医療ITの大きな飛躍は望ましい。

二つ目の理由は、昨年のことだが厚生労働省は医療データの扱いについてのガイドラインを改訂し、クラウド等の医療サービス機関外に医療データを保管することを認めることになったことによる。従来、紙のカルテは病院内の保管が義務化されていた。ガイドラインでは紙のカルテを作らなくてもよいことになった。医師が医療クラウドでカルテの情報を再現できれば十分なのだから。

3番目の理由は、政府が地域医療再生基金を設けて支援に乗り出したことである。この金額は、2013年までに総額4,450億円に上る。この1割の400億円強が医療IT関連に使われる見通しだ。ようやく、医療クラウドが発展していける基礎が作られて来たことは、半導体を大量消費する事業が伸びることにつながり喜ばしい。

医療クラウドが求められる背景の一つは電子カルテである。電子カルテは、患者の容態や治療過程を医師や歯科医が紙にペンで記録して保管し利用する紙のカルテをデジタル化してデータベース化したものだ。電子カルテは電子データ故に病院のサーバーに保管する所から始まり、次はそれをクラウド化し更に進んでパブリッククラウドに収納することも可能になった。文字入力は紙と同じで担当の医師や歯科医が行うが、入力のためのデバイスは当然ながらキーボードが一般的だ。近い将来は優れた音声認識ソフトを併用しマイクに音声を入力しテキスト化することが行われるだろう。医師にとっては音声入力が楽だからだ。

電子カルテを中心とした医療クラウドの提供者は3グループあることが知られている。
 1) 富士通、NECなど電子カルテシステムを提供するITベンダー
 2) GEヘルスケア、富士フィルムなど画像システムに特化した医療機器メーカー
 3) その他クラウドベンダー

このままではプレーヤーは5〜8社にもなり供給過剰と言わざるを得ない。カルテ以上に普及している表計算ソフトやワープロソフト、検索クラウドでさえ8社も競合していない。確かに電子カルテソフトは完成からまだほど遠い状態なので、将来は各社の特徴を反映させる余地が多いとはいえ、日本で生き残るカルテソフトは2種類を越えないだろうと思っている。筆者の見立てでは、日本マイクロソフトも多くのパートナー企業と組んで医療クラウドを始めるのではないかと思っている。果たしてどのプレーヤーが生き残るのだろうか?

クラウドによる電子カルテが普及すれば患者側のメリットは大きい。地震や津波、火事でカルテは消失しない。遠くの出張先で体調が急変して虫歯が痛くなった時に、近くの歯科医に駆込み診てもらい処置をしてもらえる。歯科医は電子カルテに処置を書き込む。その後、安心して出張をこなし地元に戻り暇を見ていつも世話になっている歯科医に行って続きの処置をお願いすることができる。患者はカルテのコピーを持ち歩くこともない。病院の受付と診療室間の情報が共有化されるので患者の待ち時間は減ることもメリットだ。

電子カルテの普及によって病院にもたらされるメリットも多い。紙カルテの物理的な管理は大変だが電子化されて物理管理から開放され検索は容易になる。一発の検索でヒットさせてカルテを探し出すことが可能だ。一部の悪筆に悩む医師や歯科医にとっても電子カルテは朗報だ。悪筆で判読不能のカルテはなくなる。電子カルテは検査画像とリンクできるので画像にコメントなどを付加でき、結果として説明効果が上がる。病院は紹介状や診断書を作成し発行するが、必要部分を電子カルテからコピーすれば容易になろう。医師が学会で発表する際もパワーポイントに電子カルテのデータをコピーすれば短時間で資料が完成する。

厚生労働省が平成20年10月1日に発表したデータではわが国の電子カルテの普及率は、14.2%とまだ低い。400床以上の大きな病院でも38.8%となっている、と担当の係官は話してくれた。残念ながらこの普及率はまだ低いと言わざるを得ない。

電子カルテが普及しない理由を調査してみると意外にも一覧性の問題だった。見開きができる紙と比べてPC画面の一覧性は格段に低い。困るのはそれを業務で読む医師や看護師たちだ。

国民皆保険の我が国の医療機関は、専任の要員を雇用し患者ごとにそのカルテから、病名、投薬、注射などの診療内容を点検し、保険点数に置き換えるという膨大な作業をして診療報酬請求書(レセプト)を作成しなくてはならない。レセプトを支払基金等に提出することにより、医療費が支払われ売り上げになるからだ。医療機関におけるこの専任の要員は紙のカルテでも作業をするとひどく疲れる、とされている。電子カルテでは紙カルテの何倍も疲労することがわかっている。一覧性が劣るからだ。このために電子カルテの現場における評価は悪い。一方、診療報酬の審査を行う審査支払機関には、社会保険診療報酬支払基金や国民健康保険団体連合会がある。かれらが業務をこなすために一覧性の悪い電子カルテを素早く読んで理解し作業を進める必要があり、根をつめる作業は疲労困憊すると言う。したがってこのような作業に従事する人々の間で、電子カルテの評判はすこぶる悪い。

電子カルテのデメリットは他にもある。例えば悪意の改ざんが秘かになされた時にその証拠が見えにくいなどである。それでも時代の流れは電子カルテを含めて医療のIT化を先に進める機運にある。関係者の創意工夫で課題を乗越えて欲しいと願う。

さて、今年の7月にFacebook社の本社を見学させていただいた。社員全員がデスクトップPCを与えられていたがモニターは全て液晶で、例外なく32インチを使っていた。好奇心からたずねて見た、「なぜ32インチか?」。答えは、一覧性の点から言って32インチが必要だと決めた、とのことであった。このことから、電子カルテ用のモニターを32インチにすることは問題を解決する一つの方法になる可能性がある。

エイデム 代表取締役 大和田 敦之

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