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Nvidiaの成功に学ぶ(その3)

本ブログでは、「並列演算回路」に取り組んだNvidia社の起業以来の足取りを振り返っている(参考資料12)。「IT(情報技術)分野のロジック系半導体市場」の再興を成すには、日系半導体企業の弱点を突き止め、次の『風』に備える必要があるからである。

今回、Nvidia社の当初の製品(NV1、NV2、Riva 128)における失敗と成功をもう一度振り返る。 先ずは、2001年9月1日のcnn.comに掲載された“The man who came back from the dead again and again”(何度も何度も死地から蘇って来た男)というJensen Huang CEOについて書かれた記事(参考資料3)を参照する。同記事には、“For companies like Nvidia, a superhot chipmaker, winning often has a lot to do with how you handle the agony of defeat.”と記された副題が付けられている。

製品コンセプトの失敗

Jensen Huang CEOは、1995年当時、Sega社とのビジネスに注力していた。VC(ベンチャーキャピタル)のSutter Hill社とSequoia社から250万ドルのシードマネーの提供を受けてNV1のチップ設計とチップ製造を進めたが、独自のAPI仕様を想定したため失敗した。そして、数十万個のチップを不健全在庫として処分、110人の従業員のうちの70人を解雇し、VCに更なる資金提供を求めに行った。

VCはその要求に応えたという。 その時の状況を、Huang氏のサポーターであったSutter Hill社のJim Gaither氏は、以下のように振り返る。「ベンチャー企業の当初計画が予定通り成功することなどめったにありません。私たちはこの素晴らしいエンジニアチームに賭けました。Huang氏は、最高の技術を構築すれば、ビジネスが実現するだろうと考えていましたが、それは真実ではありませんでした。失敗により、彼は難しい教訓を学びました。私達は、チップやグラフィック基板市場だけでなく、それを搭載したセット(PCやゲーム)の消費者市場での動向にも精通する必要がありました」。

筆者は、ここで、「私達」と表現する投資家と事業家との間の「ラテラルな関係」に先ず注目する。投資家と事業家のみならず、Nvidiaのストーリーにおいては、登場人物の関係は実にラテラルに語られるからである。但し、従業員との関係は、当初からラテラルであった訳ではなかった。NV1とNV2の失敗後、API仕様を切り替える「方針転換」を進めることに際して、経営層と従業員の関係は、危機に陥ったという。

NvidiaのCofounder(共同経営者)のMalachowsky氏は、以下のように当時を振り返る。「才能あるエンジニアの多くは、『技術を後退させるようなら、会社を辞め独立する』と経営陣を脅しました。経営層は、何週間もかけて、戦略シフトの論理的根拠を説明し続けました。それだけでは理解を得られず、経営層が、『社員の仕事は製品を作ることではなく、会社の事業を進めることだ』と強調すると、辛うじて理解を得ることができました」。

この時、経営陣は、「Nvidiaの事業とは、経営陣の戦略を進めることなのではなく、社員の才能に賭けることなんだ」と気が付き、その時、自ら語った話の意味する所を肝に銘じたという。以来、Nvidiaの社員は、事業を成功させる上での非常に広い裁量権と義務をもっているかのように振る舞うようになった。

同社の特徴をなす「この文化」について、Nvidia社日本代表の大崎真孝氏は、2017年に以下のように語っている(参考資料4)。「当社の営業マンは、製品カタログを持ち歩きません。顧客に『一緒に市場を作りませんか』などと発言します。例えば自動運転なら、『自動運転に必要なもの』を全て売ります。AIにデータを学習させるサーバーも、学習データを積む車載ボードも作ります。さらには、自社で世界中に車を走らせて自動運転に必要なデータも集め、自動運転で使う路上での障害物認識ソフトや、ルートナビゲーションソフトも作ります。必要に応じてチームを自在に編成し顧客の元に出向きます。だから当社には組織図がありません。全社員がJensen Huang CEOを含む全社員にレポートを提出し、CEOがそれに返信する、ということも毎週行われています」。

同社のストーリー中の人間関係がラテラルであるのは、同社が「意思決定の速さ」や「仕事の速さ」を追及していることと関係があるのだろう。また、営業マンが経営者のように顧客に発言するのは、「創業者達の立志伝」が同社の社員を鼓舞しているからなのだろう。大崎真孝氏は、同社の仕事の速さを以下のように説明する。「Nvidia社には、SOL(Speed of Light:光の速さ)というスローガンがあります。『光の速さ』とは物理的な限界のことです。つまり、競合他社ではなく、自分の物理的な限界に近づくことを努力指標にするのです。半導体に絶対的な性能を求めるゲーマーとの付き合いで鍛えられたやり方です」。

大崎真孝氏の文章を読むと、筆者は、「ゆとり」が流布される前の「モーレツ社員」が闊歩した昭和の時代を連想してしまう。

試験漏れ品の混入問題

1990年代のNvidia社に話しを戻そう。
「第三世代品(Riva 128)で、APIを変更する」旨の経営陣のキャンペーンは成功し、主要な従業員は退社することなく、約1年後の1997年に、Direct Xに対応した全く新しいグラフィックチップであるRiva 128を完成させた。そして、2800万ドルを投じて数十万個のチップを量産した。だが、そのチップに原因不明の不良品が30%程混入してしまうというトラブルが襲う。

この時、Malachowsky氏とHuang氏は、途方に暮れながらも、PC上での動作確認を全数手作業で行うことを決断した。「1個当たり5分かかるため、計数千時間を要しましたが、Nvidiaの従業員全員の協力を取り付け、交代で昼夜を問わずそのような再試験を行い出荷しました」という(参考資料3)。

創業当時の逸話として残ったこの作業を通じて、Nvidiaでは「誰もが、会社の事業にとっての最善を考え、必要な全ての作業を行うようになった」という。

「誰もが、会社の事業にとっての最善を考え、必要な全ての作業を行うようになった」という同社の文化は、第3世代(Riva 128)以降のビジネスモデルにも現れている。 Riva 128では、チップを消費者に届けるまでの商流に存在する全てへのサポートを行うこととした(図1のピンク色に塗りつぶした領域の業務)。

倒産寸前であった同社は、それまでの業務範囲(図1の黒い点線内の業務)に、ソフトウエア開発、マニュアル作成、リファレンスデザイン作成等のソリューション整備にリソースを割いた。


図1 Nvidia社のビジネスモデルの変化;NV2では、コアIPの開発とチップ設計が同社の「コア」となる業務(黒い点線内)であったが、Riva 128では「自らの技術を消費者に届けるまでの全工程をサポートする」ことを決断した(図のピンク色に塗りつぶした業務) 出典:Nvidia社がSEC(証券取引委員会)に提出したAnnual Reportを元に筆者が作成

図1 Nvidia社のビジネスモデルの変化;NV2では、コアIPの開発とチップ設計が同社の「コア」となる業務(黒い点線内)であったが、Riva 128では「自らの技術を消費者に届けるまでの全工程をサポートする」ことを決断した(図のピンク色に塗りつぶした業務) 出典:Nvidia社がSEC(証券取引委員会)に提出したAnnual Reportを元に筆者が作成


半導体産業の構造変化における同社のビジネスモデル転換の意味

Riva 128における「自らの技術を消費者市場に届けるまでの全工程をサポートする」との方針変更によって、彼らのビジネスを成立させる意思が全商流に伝わり、商流に関わる企業の担当者達は、具体的に何を行うと商売できるのかを理解するようになった。「OEM企業が業界紙からアウォードを受賞するまでをサポートした」という。

ところで、図1の右半分を成す垂直軸は、一般にIntegrated Device Manufacturing(IDM)と呼ばれる垂直統合型企業のオペレーション業務フローである(北米ではIDMの用語は「半導体事業とセットメーカ事業の両方を持つ企業」を意味することが多い)。

一方、図1の左半分は、いわゆる「水平分業」を成す事業群である。これらの事業は、水平方向右側に、オペレーション事業群の各工程が必要とする技術をサポートする。

左側の水平分業事業群の各々の事業は、モノカルチャーなB to B向けの専門的なサービスであるため、寡占化が進みやすい。従って、高度なレベルでの技術競争を勝ち残れば、利益率の高い事業を享受できる可能性を持つ。ウェーハファウンドリもOSAT(Outsourced Semiconductor Assembly and Test)も、共に、「製造」を「サイバー画面上のサービス」に仮想化することによって、水平分業事業に鞍替えさせた。

市場に多数存在する垂直軸の事業も記載してIT/半導体産業全体をイメージすると、図2の模式図のように表現し得るだろう。


図2 IT/半導体業界全体の模式図;左側の赤い点線の中は、水平分業事業群。赤い実線方向(水平方向)に、専門的なサービスを展開する。青い線で垂直下方向に進行するのが、製造オペレーション事業。1990年代以降、多くのオペレーション型事業が、左側の水平分業企業の提供するプラットフォーム、ツール、材料、装置、ライブラリ、ソリューションを利用するようになった。 出典:図1を参考に筆者が作成

図2 IT/半導体業界全体の模式図;左側の赤い点線の中は、水平分業事業群。赤い実線方向(水平方向)に、専門的なサービスを展開する。青い線で垂直下方向に進行するのが、製造オペレーション事業。1990年代以降、多くのオペレーション型事業が、左側の水平分業企業の提供するプラットフォーム、ツール、材料、装置、ライブラリ、ソリューションを利用するようになった。 出典:図1を参考に筆者が作成


各垂直軸は、コンシューマ向け(B to C)のアプリケーション・ビジネスを表現している。通常、複数の企業によって、この垂直方向のオペレーションのステップは進められる。

一般に、コンシューマ向けビジネスは価格競争が非常に厳しいので、垂直軸内の事業には、コスト追加(Cost-Addition)を最小化することが求められる。
「IT(情報技術)分野のロジック系半導体製品」では、様々な技術の標準化に対して協調作業が進むので、商品の開発速度が競争領域である。市場での先行者利益を得ないと、次世代への投資費用を確保することが難しくなり、コアIPであっても水平分業企業からのサービスに依存しがちである。

実際、1990年代以降、半導体業界において、ウェーハファウンドリ/OSAT/IP提供サービスが興隆し、垂直軸のオペレーション事業は、技術や製造能力の空洞化が進んだ。 オペレーション事業の空洞化は、「日系企業に生じた特徴的な出来事」ではなく、「各種技術の標準化が進むと、産業界が、オペレーション志向の縦軸事業群と知財志向の水平分業事業群で構成されるマトリックス体制となる方が効率良い」という、経済原理に従った産業界の構造変化であったと理解すべきである。

そのようなマトリックス型に産業構造が進化する中で、
(1)各工程の持つ知財は、水平分業企業を通じて市場に拡散する
(2)垂直軸をなすオペレーション事業は、R&D費用の捻出が難しくなる、
との現実が生じた。

創業時のNvidia社は、NV1/NV2の失敗により、「垂直オペレーション事業や各種水平分業事業に対する技術サポートやツール提供」というニーズを発見した。そして同社は、自らの回路IPを消費者に届けるまでの商流上のボトルネックを除去する体制構築に投資し、その体制を速やかに機能させることが出来たので、他社よりも早く製品を消費者に届けることができたということだろう。

Nvidia社は、ベンチャーでありながら、消費者に商品が亘るまでのサプライチェーンの動向に目配せを行い、製造オペレーション事業群に技術をサポートし、指令を発するビジネスを開始したといえる。

日系企業の失った30年

これらの逸話を読み、筆者は、「1990年代に進んだISO9000の品質システム導入や目標管理(成果主義)」のブームを忌まわしく思い出す。円高の進行と産業構造の大変動の最中にあって、それらは、企業のリソースをオペレーション事業(垂直軸)に張り付ける方向に作用したと思えるからである。

当時、筆者の勤めていた企業では、社内のどの事業部門も、インプット情報(依頼内容)を、自組織内で行う業務手順と、アウトプット(応答)とを明確にし、ブレイクダウンされた狭い業務内容での目標の達成が求められた。「事業戦略」のレベルは、経営層が責任を持ち、各組織は、組織間で行うべきことと指示系統を明確化し、より効率的に社内が機能することを目指した。しかし、このことによって企業を「オペレーション軸」に位置付け、エンジニアの多くが「コストダウン活動」に張り付くこととなった。

日本最大級のユニコーン企業、Preferred Networks社の創業者である西川徹CEOは、日本のエンジニアのポジションの低さを問題にする(参考資料5)。筆者は、1980年代の日本のエンジニアのポジションは、現在よりも高かったと記憶している。西川徹CEOの強調する「教育や政策の不足」に対処すると共に、1980年代の活力を取り戻さなくては、「次の風」を捉えることはできないように思えてしまう。

参考資料
1. 岡島義憲、「Nvidiaの成功に学ぶ(その1)」、セミコンポータル (2020/11/20)
2. 岡島義憲、「Nvidiaの成功に学ぶ(その2)」、セミコンポータル (2020/12/23)
3. Brian Dumaine、「The Man Who Came Back From The Dead Again And Again For companies like Nvidia, a superhot chipmaker, winning often has a lot to do with how you handle the agony of defeat」、cnn.com (2001/09/01)
4. 鈴木洋子、「アームvsインテルvsエヌビディア」、週刊ダイヤモンド (2017/10/28)
5. 「エンジニアが育たない国と育つ国の圧倒的違い」、東洋経済オンライン (2021/01/04)

岡島 義憲

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