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「ITMedia Virtual EXPO 2023春」の感想

ITMedia Virtual EXPO 2023 春が2023年2月14日-3月17日に開催された(参考資料1)。建設業と製造業のデジタル総合展として、その名の通りバーチャル展示会である。この種の展示会は、資料や動画がアーカイブになっていて、居ながらにして、いつでも視聴できるので非常にありがたい。本稿では各ブースを訪問し、AI&IoTに関する情報を収集して、僭越ながら筆者なりにその動向を分析した結果をまとめる。

結論から言うと、このEXPOの出展企業で見る限り、日本国内では、AI、IoT技術の基礎技術開発は依然として日進月歩の著しい進展を示しており、またAIやIoTの実用化技術や社会実装のための技術も進展している。特に前者の開発分野ではハード面のEV自動車関連技術、およびソフト面では特に自動運転技術開発に見られる例が顕著であり、後者ではアノテーション技術(詳細は後述)への展開が著しい。AIが得意とする高速大量処理力を用いて、今後ともデジタル分野での実用化と応用技術の拡大が続くだろうと予測されると言えよう。

ここで敢えて「出展企業で見る限り」と限定したのは、出展企業だけで技術動向を議論するにはいささか乱暴ではないかという思いと、往年のセミコンジャパンなどで見られたような、海外勢の参加が見られないので、国内情勢のデータしか得られなかったからである。しかしそれでも何らかの風は肌で感じられるだろうと期待しつつ見学した。

以下、分析する上で調査対象の母数を明確にしておくために、先ず本EXPO全体の構成を紹介する。次いでAIとIoTに重みを置いた筆者なりの分析結果を述べる。そして特に事例として、AIを用いた最近のアノテーション技術などを記述し、最後に筆者の所感をまとめる。


展示会の構成
主催者(アイティメディア社)は、出展ブースを「モノづくり業界向け」と、「建築・土木業界向け」、そして「横断技術」の3領域に分けている。それぞれの領域の構成をまとめたのが表1である。


ITMedia Virtual EXPO 2023 出展ブースの構成

表1 主催者による出展ブースの構成 出典:ITMedia(参考資料1、2023年3月4日時点)


AIとIoTに重点を置いて視聴する場合は、単にモノづくり業界向けの領域のみならず、建築・土木業界向けの領域にもスマートシティやIT分野があるので、通り過ぎるわけにはいかない。

また横断技術領域にはセキュリティ分野などIoTには欠かせない技術分野もある。また製造業×品質管理分野ではAI技術や、深層学習による検査技術も展示されており、AIによるトレーサビリティ技術などもあるので、ここも注意して見ていく必要がある。

本稿では表1の全85ブースを見学し、展示されている資料にも目を通して、全体を分析しまとめた。


AI、IoT、DX、クラウド、プラットフォームに重点

筆者は先ず各ブースの説明と展示資料などを調査し、特に後者の展示資料に関して表2に示す4項目のカテゴリー別に分類してみた。

表2の右の欄にそれぞれのブースで展示されている関連資料の中から各カテゴリーに属する資料の件数をまとめている。ブースによっては複数の資料を展示し、かつその資料も複数のカテゴリーにまたがる場合もあるので、合計件数が表1のブース数より多いのはその理由である。


ITMedia Virtual EXPO 2023 展示資料分類

表2 AI、IoT、DX、クラウド、プラットフォームに重点を置いた展示資料の分類
*同じブースでも複数のカテゴリーに該当する資料を出している企業もある。その資料をすべてカウントした件数を意味する。


お気づきと思うがこのカテゴリー仕分けは、AI開発のための基礎技術、要素技術からシステムとしての基礎と実用化技術、そしてAI実装実用化技術、更にはそれに必要な部材、機器、検査技術までの一連の過程を考慮している。それは、開発から実装まで、更にトレーサビリティまで、つまり開発から実用化までの各段階に、偏りがないかということを筆者なりに検証する意図があったためである。

以下、簡単にカテゴリーごとにわずかだが、数例を抽出して具体的に紹介する。但しその事例選択基準は筆者の独断と偏見によるものなので、別の見方もあると思う。その意味でもう少し詳しくお知りになりたい読者は参考資料1を開き、ご自身の視点で分析頂きたい。また本来なら一つ一つ根拠となる出典を明示しなければならないところ、ここではそれをすると出典数が大幅に増加してしまい、本コラムにそぐわない。読者は参考資料1から企業名を検索して、資料をご覧いただければすべてわかることなので、煩雑を避けるため省略した。

カテゴリーIでは、例えばソニービズネットワークス社より画像判別AIモデル(同社のソフトELFE on AWS)の構築ステップが展示されていた。現場で活用できるとうたわれている。

カテゴリーIIでは後述するように東芝情報システムと菱洋エレクトロのアノテーション技術が典型的な事例であった。更にまたシマンテックセールスセンターやトレンドマイクロなどセキュリティ関連特集8ブースの資料も有益である。

カテゴリーIIIでは東京エレクトロンデバイスの、Microsoft Azureを使って遠隔サポートを行う資料を興味深く拝読させて頂いた。同社のソフトFalconLink on Azureで早期のトラブルシュートが可能であるとうたわれている。また東芝ITサービスの、アフターサービス代行に関する資料も新鮮だった。更に製造業と品質に関してTebiki社など6ブースの展示も参考になった。

カテゴリーIVでは新電元工業のEV向け充電器や電源技術が目に留まった。またサンケン電気のAC-DCパワーマネジメントIC、更にはキーサイト・テクノロジーの検査測定技術などの展示も勉強させて頂いた。

図1は表2の右欄を円グラフで表示したものである。ここからも分かるように、カテゴリーIからIIIまではほぼ同じ割合で分布している。主催者が意図的にこのような企業を勧誘して配置したのではないかとも疑う向きもあろうが、少なくても表2や図1のカテゴリー分析は筆者独自の仕事なので、そのような懸念は無用と考えられる。


ITMedia Virtual EXPO 2023 展示資料分類の円グラフ

図1 カテゴリー別の割合


したがって本展示会の出展企業で見る限り、全体として基礎技術開発のみでなく、応用実装分野の資料も多数あるので、日本国内では、入口から出口まで、つまり基礎技術、システム技術の開発から実装実用化技術までバランスよく進展していると言えよう。

但しこのEXPOには国内企業の出展が主で、海外勢はわずかに日本国内拠点数社からの出展のみである。そのため上記の見方には「日本では」という制約が付く点に、注意を払わねばならない。


最先端の開発事例

最後に先端開発事例としてカテゴリーIIの東芝情報システムによる自動運転のためのソフト開発の実例を特記しよう。これは同社の自動アノテーションサービスに関する資料の展示である。東芝独自のAI技術によるもので、画像アノテーション用の高精度な教師データを自動作成する技術であると説明されている(参考資料2)。

AIソフトに詳しい専門家には釈迦に説法であるが、アノテーションとはウイキペディアによると「あるデータに対して、関連する情報(メタデータ)を注釈として付与すること」と定義されている(ウイキペディア最終更新日2022年9月2日18:01)。

分かり易いように自動運転車のソフトを開発する場合を考える。自動運転のためには、例えば交差点の画像データから「右折しようとする場合は何に注意すべきか」という予知技術の問題を解かねばならない。自動運転車が事故を起こさないように走行するには、この種の膨大な画像データに注釈をつける作業をして、教師データを作成し、機械学習をさせる必要がある。ここで適切な解を導くための情報を注釈として付与する作業をアノテーションと呼ぶ。

東芝情報システムは画像から領域を選択して領域抽出(セマンテックセグメンテーション(Semantic Segmentation))を行い、タグ付けをして選択した領域の持つ意味を特定し、教師データを自動で作成するという技術を展示している(参考資料2)。

その資料には同社の技術の成果も実例として数値で示されている。例えば車載向けのベンチマークを行いmIoUで精度84.7%を達成したことや、24時間で9600枚の教師データ作成も可能と説明している。mIoUのIoUはIntersection over Unionの略で、2つの領域の重なりを示す指標であり、その平均値がm(mean)IoUである。詳しく紹介したいが、参考資料2に記載されている「自動アノテーション詳細資料」を請求しダウンロードして読み進むと、「第三者が資料を一部あるいはそのものを書いて利用することはしないように」との注意書が出てくるので、ここではそれもできかねる。ご興味のある読者は参考資料2から直接当該資料をダウンロードされ、ご確認頂きたい。

同じく、菱洋エレクトロもブース内に「アノテーション・学習機」のコーナーを設け、そこで同社とFastLabel社とが協業し、アノテーションツール、教師データ作成サービス、MLOps構築を包含し統括した国内唯一のオールインワン ソリューションであるとうたっている。ここでMLOpsとはMachine Learning Operationsの略である。つまり既にアノテーション、教師データ作成、機械学習まで、通貫した技術サービスを行うソリューションが登場する時代になっている。


まとめ

ここまでを要約すると、ITMedia Virtual EXPO 2023 春の資料分析から、AI技術分野では個々の要素技術の開発が日進月歩で進んでおり、それと同時にシステム技術開発も進展していることが見られ、その実装応用技術開発も進み、部材・機器開発およびそのための検査測定技術も含めて、全体でバランスよく伸びていることが分かるということになる。

AIはその得意分野、つまり膨大なデータ処理を短時間でこなせるという利点を生かせる分野では今後ともますます重要視されるであろう。その良い事例が自動運転技術に見られるようなアノテーション分野であるというのが、このEXPOで再認識した筆者の所感である。

但し前にも注意したように、このEXPOには国内企業と、日本に拠点を置く海外企業しか出展していないので、日本国内だけの分析結果になる。従って海外勢に比較してデジタル技術は決して日本はトップ集団とは言えないことにも留意しておく必要がある(参考資料3)。
コロナ禍で海外の情報が入りにくくなっているが、その間、日本が追いついた、あるいは追い抜いたなどという話はなく、仮にあったとしてもわずかであろう。金融機関がサイバー攻撃に対するセキュリティを強化するというのが経営宣伝(参考資料4)になるのも、図らずも半面教師としてその一端を示している。

暗号鍵が盗まれないよう、早く量子産業分野(参考資料5)で日本は起死回生ができないものかと考えるが、技術力を備えた労働力の創出は容易ではない(参考資料6)。この原稿をまとめている間にも、オーストラリア戦略政策研究所から先端技術の国別ランキングが公表され、それを受けて「日本にはもう守るべき技術がなくなってきている」という危機感が報道された(参考資料7)。日本がいつの日か再び世界を牽引する力を持つことを祈りたい。

謝辞 いつものように津田編集長にはご査読をお願いした。有難く厚く御礼を申し上げたい。

技術コンサルタント 鴨志田 元孝

参考資料
1. ITMedia社Virtual EXPO 2023春
2. 東芝情報システム 自動アノテーションサービス
3. D. Zhang, et.al, 「AI Index Report for 2021(第4版)
(鴨志田元孝、「AIの統計が示す日本の課題」、セミコンポータル (2021/05/07)で紹介)
4. 「サイバーセキュリティ」、三井住友フィナンシャルグループ
5. "National Strategic Overview for Quantum Information Science", Subcommittee on Quantum Information Science, Committee on Science, National Science & Technology Council, (2018/09)
(鴨志田元孝、「米国の量子情報科学産業振興政策から判る国家戦略」、セミコンポータル (2022/05/26)で紹介)
6. "Quantum Information Science and Technology Workforce Development National Strategic Plan", Subcommittee on Quantum Information Science, Committee on Science, National Science & Technology Council, Feb. 2022
(鴨志田元孝、「一朝一夕にはできぬ労働力・人材育成の難しさ前編中編後編」、セミコンポータル (2022/09/09)で紹介)
7. 多鹿ちなみ、「先端技術 中国が米国圧倒」、朝日新聞(朝刊 国際欄) (2023/03/03)

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