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先見の明は先入観にとらわれないことから始まる

固定概念や先入観からの脱却は難しいものだとつくづく感じた。私事に関わることなのでこのコラムの目的には沿わないかもしれないが、この度、50年越しの疑念が少し晴れたような気がしたので、恥を承知で敢えてまとめてみたい。反面教師として読んでいただければ幸いである。

最近、名古屋大学教授財満鎭明先生の論文(参考資料1)を拝読してハッと思う所があった。内容そのものが「スケーリング後の技術」ということで、それだけでも興味津々であるが、実は衝撃を受けたのはそれのみではなく、同論文Fig.7の説明箇所に「理論計算では、GeにSnを入れていくと帯構造が変化すると報告されており、その計算(の仮定)にもよるが、Sn含有量がほぼ10%を超えると、Geは間接遷移半導体(参考資料2)から直接遷移半導体(参考資料3)に変化する」という具体的な数値を挙げての記述に対してであった。

筆者は50年前にGeで直接遷移電流成分を観測していながら、GeやSiは間接遷移半導体だという先入観から脱することができず、そのため長年、なぜ直接遷移成分の電流が流れるのだろうと思っていた。不勉強を恥じながら、財満先生が掲げられた参考資料を当たると、2010年にアルジェリアの科学者Y. ChibaneとM. Ferhat(参考資料4)がSnXGe1-X合金でその電気的特性を調べ、Sn含有量20%以下での結晶構造と帯構造を報告している。筆者には、間接遷移型半導体から直接遷移型半導体に移行するという考えは、思いもよらなかった。

以前も本コラムで記した(参考資料5)ことがあるが、筆者は1963年3月〜1966年3月の間、当時の東北大学電気通信研究所西澤潤一教授の研究室で、Geエサキダイオードにおける、フォノン・アシステッド・トンネル現象(phonon-assisted tunneling)の研究を担当していた。フォノンとは簡単に言えば格子振動を量子化したもので、フォノン・アシステッド・トンネル電流とは、そのフォノンの助けを受けてトンネル電流が流れる現象であり、上記の間接遷移に該当する。液体ヘリウム温度に冷却し、格子振動を抑えながら電圧を上げていき、電流―電圧特性を解析すると、フォノンのエネルギーに対応する電圧からフォノン・アシステッド・トンネル電流が流れ始める。したがってその電圧値を求めると、フォノンのエネルギーが測定できる。

先輩方に教えて頂きながら、エサキダイオードを手作りし、同大学金属材料研究所から定期的に液体ヘリウムの供給を受けて、これも先輩方が作られた微分コンダクタンス(dI/dV−V特性)測定装置(参考資料6)を使い観察をした。微分値を測定するのは電流―電圧特性の微小な変化分を捉えるためで、その典型的な特性の一例が、既に先の本コラム(参考資料5)で文末の参考図に掲げた図である。

詳細は修士課程修了時にまとめた論文(参考資料7,8 )に記述しているが、5×1019cm-3のGaをドープしたp-Geに、Sn-Sb(80:20wt%)ドットまたはSbドットを用いて急熱急冷合金法で急峻なpn接合を作った。n型合金層を試作する上で、Sn-Sb(80:20wt%)合金の方が低融点で、球状ドットが作りやすいため、当初それを用いてエサキダイオードを作っていた。しかしその後、Snの影響があるのではないかと疑い、Sbのみのドットでもエサキダイオードを作るようになったというのが経緯である。


図1
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図1 5×1019cm-3のGaをドープしたp-Geに、Sn-Sb(80:20wt%)ドット(図1A)またはSbドット (図1B)を用いて急熱急冷合金法で作製したエサキダイオードの、4.2Kにおける典型的なI-V特性とdI/dV-V特性(参考資料5, 6)。G0とΔGの求め方も記入している。それぞれ右上挿入図は試料断面の模式図である。(参考資料7, 8)


図1は上図(Sample No. P77)がSn-Sbドットの場合、下図(Sample No. P92)がSbドットの場合の絶対温度4.2K(ケルビン)での電流―電圧特性と、その変化を詳しく検知するための微分コンダクタンス(dI/dV)―電圧特性である。模式的な試料断面図をそれぞれ右上に挿入した。順方向でも逆方向でも、それぞれのフォノンエネルギー値に達すると電流値が増加し、フォノン・アシステッド・トンネル電流が観測できる。また我々の設備ではエサキダイオード試作時の急熱急冷合金温度のピーク値TMAが650℃を越すと、不純物が拡散して、濃度勾配の急峻なpn接合が得られず、負性抵抗を示さないバックワードダイオードになったが、そのようなバックワードダイオードでもフォノンのエネルギーは測定できた。

図2
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図2 各フォノン・アシステッド電流が流れ始める電圧でのdI/DVの変化分ΔGPをV=0に外挿した微分コンダクタンスG0で規格化したプロット。図2A, 2B, 2C, 2DはそれぞれTA, LA, LO, TOフォノン・アシステッド電流が流れ始める電圧でのΔGP/ G0値(単位%)で、○△は順バイアス特性、●▲は逆バイアス特性から求めた値である。横軸TMA(単位℃)は試料作製時の急熱急冷温度サイクルにおける最高温度である。GPの下添え字Pは当該TA, LA, LO, TOフォノンを意味する。(参考資料7, 8)


ゼロバイアスではゼロバイアス・アノーマリーズ(参考資料5)と呼ばれる別の現象が生じるので、その現象を排除し、図1のように順方向と逆方向とから外挿してゼロバイアスの微分コンダクタンス値G0を求め、その値に対する各フォノン・アシステッド電流が流れ始める点での微分コンダクタンス変化分ΔGの割合を規格化し、ΔG/G0として示したのが図2である。つまりΔG/G0が大きいほどそのフォノン・アシステッド電流の割合が大きい。図1、図2でTA、LA、LO、TOはそれぞれ横方向音響フォノン(transverse acoustic phonon)、縦方向音響フォノン(longitudinal acoustic phonon)、 縦方向光学フォノン(longitudinal optical phonon)、 横方向光学フォノン(transverse optical phonon)を意味する。 図2で○印と●印のデータはSn-Sbドット、△印と▲印のデータはSbドットの場合のダイオード特性から得られた値であり、○印と△印は順方向特性から得た値で、●印と▲印は逆方向特性から得た値である。(参考資料7、8)

両図から明らかなように、Sn-Sbドットで作製したpn接合より、Sb単独のpn接合の場合の方が、各フォノン・アシステッド電流が流れ始まる電圧値でのΔG/G0値が圧倒的に大きい。つまりフォノン・アシステッド電流がはっきり現れるということである。そして合金接合を形成するための急熱急冷ヒートサイクル温度の最高温度TMAを高くすると、いずれの場合でもその変化分が減少する。しかもSb単独の場合とSn-Sbの場合でこのようにΔG/G0値に大きな差があるのに、図1で明らかなように、最高温度が高くなるにつれ各フォノンエネルギーは両者でほぼ同じ値を示すようになる。

西澤先生に報告に行くと、微分コンダクタンス特性上、このように大きな変化率ではっきりフォノン・アシステッド電流成分をとらえた例がないので、論文にまとめるよう指示されたが、フォノン・アシステッド電流の微分コンダクタンス(参考資料9、10)、あるいは2次微分コンダクタンスの測定例(参考資料11)は既に発表されていた。しかしSnの効果については、学会発表(参考資料12)はしていたが、まだどこからも論文発表はなかった。したがって論文の新規性を出すにはSnの効果を前面に出す必要がある。しかし肝心の、なぜSnが入るとフォノン・アシステッド電流が流れ始める電圧での微分コンダクタンスの変化率が小さくなるのか、つまり直接遷移分が増えるのかが、わからなかった。修士課程修了時期が来ても、学術雑誌への投稿論文にまとめることができず、先生に対しても申し訳なく、また自分の非才を残念に思いながら、この歳まで50年も経過してしまった。今、財満先生の論文(参考資料1)を読んで思うに、帯構造が変化し、間接遷移半導体から直接遷移半導体になることで裏付けられると思い当った次第である。

思い起こすと、研究室の先輩の中には、原子半径の大きな元素を加えると、禁制帯幅が狭くなることを指摘してくれた方(参考資料13)もおられた。しかしGeやSiは間接遷移半導体だと頭から思い込んでいたし、帯構造の計算ができるほどの能力もなかったので、それ以上は進まなかった。あらためて先入観は恐ろしいと思う。

ただし、直接遷移型に移行するとしても、よく知られているように歪が加わったり、格子定数も変わるだろうに、なぜフォノンエネルギーは変わらないのだろうか。Geの基板にとっては接合面積も小さいので、フォノンエネルギーは圧倒的に大きな体積を占めるGeの基板で決まるのだろうか。愚問かもしれないが、これが今でも筆者の疑問として残る。

当時は手作りでサンプルを作っており、本当にトンネル電流なのか、作り方が悪くてリーク電流成分が流れているのかもわからず、自信がなかった。リーク電流が流れれば、それを見かけ上、直接遷移成分と誤認しかねない。事実、リーク電流なのかトンネル電流なのかという識別は今でも難しく、昔から研究者を悩ましてきた課題でもある(参考資料14)。

また合金法でpn接合は形成できるものの、その小さなドットへ電極を取り付けることが難しく、顕微鏡下で苦労して電極を取り付けていたので、その工程での汚染なども心配であった。加えて、次の液体ヘリウムが入手できる前にサンプルを作り上げなければならず、時間的な制約もあったため、ゆっくり時間をとって理論計算する余裕も能力もなかった。基本的なKane(参考資料15,16)のトンネル理論の論文の理解すらもなかなか進まなかった。言い訳をしても仕方がないが、そのような中でバラつきが大きくても、実験回数を重ねればデータは自ずと真の姿を示すようになるという、西澤研究室の気風もあって、がむしゃらに測定回数を重ねたものである。

今、財満先生の論文(参考資料1)を読んで、もし筆者にまだ知力と体力が残っていれば、Ge帯構造のSn濃度依存性を計算し、それとフォノン・アシステッド電流に対する影響などを定量的に調べられるのに、と残念に思う。またSnがそれだけ入っても、各フォノンエネルギーがSnの有無によって変わらない理由なども解明したいところだが、血だけむなしく騒ぐ身がもどかしい。近年、限恩義波焼蛎里紡个垢誅諜蚕僂箸いΠ嫐でもSnが再び見直されており、また高速低消費電力デバイスのTFET(トンネルFET)という意味でもトンネル現象が見直されているだけに、余計、年はとりたくないものと今さらのように思う。

思うに、50年前、まだブラウン管のモノクロテレビがやっと普及しだしたころ、東北大学工学部電子工学科の故和田正信教授は、固定電子工学の講義で液晶に触れられた折、将来は薄型ディスプレイになり壁掛けテレビも夢ではないと述べられた。液晶がまだ電卓の表示板にすら使われていない時代に、である。西澤教授も50年前にグラスファイバによる光通信を唱えられ、送信側光源の半導体レーザー、伝送線路の光ファイバ、受信側のpinフォトダイオードを発明されている。当時、学会で西澤先生の助教授だった、川上彰二郎先生(後の東北大学名誉教授)がグラスファイバによる信号伝送を発表すると、「厚さ1mmの眼鏡のレンズを通してさえも光は減衰するのに、ガラスを通して光伝送をするなんて」と笑われたという(参考資料17)。今やことごとく現実のものになっている。先入観を離れて、50年後の姿を描いて研究テーマを設定される、両先生のその先見の明に、あらためて凡人として頭が下がる。先見の明とは、先入観を離れる所からスタートするのだろう。

心配することはサイテーション第一主義である。一般に長期的視野に立った研究論文が陽の目を浴びるのはかなり後になってのことである。もちろん、サイテーションされるような立派な論文も大事であるが、現時点ではサイテーション率が低い論文の中にも、将来光るものがあることは忘れてはいけない。若い研究者にはサイテーション率が低いからといって嘆くことなく、要は先入観を排除して、その時点での最善の努力をし、悔いのない研究生活を送られるよう願ってやまない。

<謝辞>
名古屋大学教授財満鎭明先生にはご多忙の中、本稿を予め御一読いただいた。またセミコンダクタポータル社編集長津田建二氏にはこの度もまた本稿の査読をしていただいた。合わせ厚く御礼を申し上げたい。

技術コンサルタント 鴨志田元孝


参考資料
1. S. Zaima, "Technology Evolution for Silicon Nanotechnology: Postscaling Technology," Jpn. J. Appl. Phys. 52, 030001 (2013)
2. 間接遷移半導体とは、波数空間(k空間)に帯構造を描いたとき、伝導体の底と価電子帯の頂上が異なる波数ベクトルk上にあり、電子とホールの再結合に通常フォノンを介する必要がある半導体で、GeやSiなどがその例である。出典:ウィキペディア http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9B%B4%E6%8E%A5%E9%81%B7%E7%A7%BB
3. 直接遷移半導体とは、波数空間(k空間)に帯構造を描いたとき、伝導体の底と価電子帯の頂上が同じ波数ベクトルk上にあり、直接、電子とホールが再結合できる半導体で、GaAsなどがその例である。出典:ウィキペディア http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9B%B4%E6%8E%A5%E9%81%B7%E7%A7%BB
4. Y. Chibane and M. Ferhat, "Electrical Structure of SnXGe1-X Alloys for Small Sn Compositions: Unusual Structural and Electronic Properties," J. Appl. Phys. 107, 053512 (2010)
5. 鴨志田元孝、"先を見通す眼力を鍛錬し、スピントロニクスを含むナノテク産業活性化に期待、"セミコンポータル、2011年1月13日
6. J. J. Tiemann, "Automatic Conductivity Plotting Machine," Rev. Sci. Instrum. 32, 1093 (1961)
7. M. Kamoshida, K. Kijima and J. Nishizawa, "Components of the Tunnel Current in Sb-Alloyed Diodes and (Sn-Sb)-Alloyed Diodes," RIEC (The Research Institute of Electrical Communication、Tohoku University) Technical Report TR-11 (1966)
8. 鴨志田元孝、木島光一、西澤潤一、"不純物によるトンネル電流成分の変化について、"東北大学電通談話会記録35、50 (1966)
9. A. G. Chynoweth, R. A. Logan and D. E. Thomas, "Phonon-Assisted Tunneling in Silicon and Germanium Esaki Junctions," Phys. Rev. 125, 877 (1962)
10.R. A. Logan and A. G. Chynoweth, "Effect of Degenerate Semiconductor Band Structure on Current-Voltage Characteristics of Silicon Tunnel Diode," Phys. Rev. 131, 89 (1963)
11. R. T. Payne, "Phonon Energies in Germanium from Phonon-Assisted Tunneling, " Phys. Rev. 139, A570 (1965)
12. 例えば鴨志田元孝、木島光一、西澤潤一、"ゲルマニウムダイオードの直接遷移トンネル効果について、"昭和40年度電気通信学会全国大会講演論文集(分冊2) 525 (1965)
13. 記憶に間違いがなければ、故石川幸夫氏私信(1965)
14. 例えば鴨志田元孝、「改訂版ナノスケール半導体実践工学」丸善出版センター(2010) p.125 演習問題2、初版(2005)ではp.102 演習問題2。 トンネル電流とリーク電流の識別を問う問題でこの演習問題は今でも、例えば産業技術総合研究所ナノデバイスセンター主催、日本工学会共催、「ナノテク製造中核人材の養成プログラム」のコマ1の講義後、よく正解を尋ねられる。 http://www.seed-nt.jp/h24/NE.php
15. E. O. Kane, " Theory of Tunneling," J. Appl. Phys. 32, 83 (1961)
16. E. O. Kane, "Thomas-Fermi Approach to Impure Semiconductor Band Structure," Phys. Rev. 131, 79 (1963)
17. 例えば西澤潤一、「独創は闘いにあり」、プレシデント社刊(1986)のp155

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