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先を見通す眼力を鍛錬し、スピントロニクス含むナノテク産業活性化に期待

武田計測先端知財団ではアントレプレナーシップに富む工学知の創造に注目し、イノベーター列伝として出版する企画を通して、対象者の業績を広く知らしめる事業を行っている(参考資料1,2)。この度、筆者は、パソコンなどのハードディスクの読取ヘッドとして使われているトンネル磁気抵抗効果(以下TMRと略記)の先駆的研究者として、東北大学原子分子科学高等研究機構教授の宮照宣先生の業績を調査、執筆する役を担った。既に発刊されている(参考資料3)ので、ここではその余話をまとめたい。

「生活者の豊かさを創出したイノベーター」、オーム社刊(2010)


近年、スピントロニクスという名称でTMRのようにスピンを使ったデバイスの研究が進展している。上記の磁気ディスク読み取りヘッドだけでなく、LSIの分野でも早稲田大学グローバルCEO講演会で西義雄スタンフォード大学教授(参考資料4)が「将来はスピントロニクス?」と言及しているし、SEMATECH Symposium Japan 2010ではD. Armbrust(参考資料5)がbeyond CMOS時代の有力候補として、STT(Spin Torque Transfer)RAMをあげている。またIMEC Executive SeminarではD. Verkest(参考資料6)がFEOL(Front End Of Line LSIのウェーハ前工程)の将来技術としてVFET(Vertical FET、SIT)、TFET(Tunnel FET)と共にスピントロニクスを掲げてTMR素子に注目している。

TMR素子は、図1の模式図のように薄い絶縁膜を介して2枚の磁性材料を接合させた構造を持ち、接合を流れるトンネル電流の電気抵抗の変化を使うデバイスである。即ち両側の磁性材料の磁化の向きが揃っているときと、反対向きになっているときとでは電気抵抗値が異なり、前者の抵抗値に比較して後者の抵抗値が高くなる。したがって模式的に説明すると前者の場合(図1A)は接合を流れる電流の抵抗Rpが小さいのでランプは点灯するが、後者の場合(図1B)は電気抵抗Raが大きくなり、ランプは点灯しない。このとき〔(Ra−Rp)/Rp〕・100%の値を磁気抵抗比という(参考資料7)。この比が高いほど検出感度が高いことになる。

宮先生はトンネル磁気抵抗比が数%であった時代に、一挙に18%という高い磁気抵抗比(参考資料8)を示して、世界を驚かせ、次いで50%という値を記録し(参考資料9)、TMR素子実用化への道を拓いた。これが今日の磁気ハードディスクの読み取りヘッドの進歩のきっかけとなる。また電気抵抗が変化するこの効果は不揮発性メモリーにも使えるので、上記のようにLSI分野でも将来技術の有力候補とみなされている。


図1 トンネル磁気抵抗効果を説明する模式的な回路図
図1 トンネル磁気抵抗効果を説明する模式的な回路図


筆者はこの仕事を担当し、久しぶりにトンネル効果についてリフレッシュすることができた。しかしまず頭をよぎったのは、「スピン」や「磁気抵抗効果」、そして「トンネル効果」を一般にわかりやすく説明するにはどうしたらよいかということであった。宮先生に伺うと、「『スピン』はフィギュアスケートなどで馴染みがあるためか、読者もなんとなく、すっとわかってくれるし、『磁気抵抗』も電磁気学を復習すれば判ってもらえるが、『トンネル効果』の説明は難しい」とのことであった(参考資料10)。

「トンネル効果」に関してはインターネットなどで調べると、簡単なアナロジーとしてはいろいろな説明に出会う。しかしどうしても古典力学の領域を出ることができず、厳密性に欠ける。トンネル効果が一般に知られるようになったのはエサキダイオードの発明(参考資料11)による。散々悩んだが、幸いエサキダイオードなどで「トンネル効果」という語は既にポピュラーになっているので、薄い接合の場合はそういうことが起きるのだと読者に思っていただくこととして、既著(参考資料3)では深入りしないことにした。

筆者も卒業論文や修士論文で恩師、西澤潤一教授より「エサキダイオードのトンネル効果」というテーマを与えられ、液体ヘリウム温度で電流―電圧特性を測定して、フォノンの関与する電流(フォノンアシステッドトンネル電流)を観測した時代があった。5×1019/cm3のGaをドープしたp型Ge上に、Sbドットを乗せ、急熱急冷してn型合金層を作るとエサキダイオードが出来る。当時、西澤研究室では全て手作りでサンプルを作っていた。苦労したのは、顕微鏡の下でその微小ドットにリード線を取り付ける作業であった。サンプルができなければ測定もできず、研究室の報告会では極めて居心地が悪いことになる。古稀を越えた今でも、もうすぐ半世紀も経つというのに「サンプルができない」と夢にうなされることがある。

本稿の趣旨とは直接関係がないので、参考図に掲げたが、そのダイオードの電流‐電圧(I-V)特性の微分(dI/dV)をとると、TA(Transverse Acoustic)、LA(Longitudinal Acoustic)、TO(Transverse Optical)、LO(Longitudinal Optical) の各フォノンの関与する電流成分が観測できる(参考資料12)。I-V特性の変化分を検出する感度を上げるためd2I/dV2をとる場合もあり、非弾性電子トンネル分光法、あるいはトンネルスペクトロスコピーとも呼ばれる。Geの場合は間接遷移トンネルであるが、例えばGaAsで作ったダイオードでは直接遷移トンネルとなり、ゼロバイアス付近で図2Aのような異常な特性が現れる。これはゼロバイアスアノーマリーズ(zero bias anomalies)と呼ばれている(参考資料13)。

TMRの研究にも、このトンネルスペクトロスコピーとゼロバイアスアノーマリーズが登場する。図2Bはトンネル磁気抵抗素子の場合の例(参考資料14)である。


図2 ゼロバイアスアノーマリーズの例
図2 ゼロバイアスアノーマリーズの例
A: GaAsバックワードダイオードのdI/dV-V特性(参考資料13)、B: CoFeB/Al-O/CoFeBトンネル磁気抵抗素子のd2I/dV2-V特性(参考資料14) いずれも液体He温度での測定


宮先生は「大きな研究成果は何もない所に、パッと生まれるものではなく、関連した、いくつかの研究の中から生まれるのが一般的である」と繰り返し述べている(参考資料15,16)。また朝日賞受賞式で「テーマは天から降って来たり、地から湧いてくるものではない。多くの先人がいたからこそ、このテーマにたどり着くことができた。しかも先人たちが研究を途中で止めてくれておりました」と述べている(参考資料17)。

宮先生の業績を追いかけていて、時代はかなり離れているとはいえ、筆者自身せっかくこのような研究テーマを与えられていながら、なぜこの分野に思いを馳せることができなかったのかと、西澤先生には大変申し訳ない気持ちで一杯になった。エサキダイオードとTMRとでは分野が異なっているとしても、そこは同じトンネル現象なので、「先人達が研究を途中で止めていた」と言われるのは、グサリと胸に突き刺さる辛いものがある。 

さて日本の半導体産業が世界一、二を争っていた時代は、生産管理、工場管理技術もトップレベルを走っており、日本は管理技術が進んでいるから生産もうまく行くのだと言われていた。ところが半導体デバイス産業が韓国、台湾、中国に座を奪われるに伴い、最近の学会誌、例えばIEEE Trans. Semiconductor Manufacturingに現れる生産管理技術の論文は、圧倒的に米国や東南アジアからの投稿論文が多くなって、日本発の論文は影を潜めてしまった(注1)。産業と共に生産管理技術分野の学問も一緒に移転してしまった感がし、予期されたこととはいえ、これが生産移転ということかと、あらためて愕然とする。

TMRに代表されるスピントロニクスの分野は、まだ日本がリードしているので、ぜひ権利確保に努める必要がある。図3は既に述べた蠢話里陸LUS Greenソフト(参考資料18,19,20)を用いて得たレーダーチャートである。ここでは日本特許庁のデータベースから(独)工業所有権情報・研修館の特許電子図書館IPDLで2009年3月17日に「宮照宣」とインプットし、得られた12件のリストから発明の名称の異なる特許明細書7件をピックアップして、その全単語を入力し、関連特許の全貌の俯瞰を試みた。詳細は既に記述(参考資料3)した通りであるが、一大学の研究室で、周辺特許まで全てを網羅することは不可能なので、ぜひ産業界一丸となって、この日本で開発された技術の権利確保に努めていただきたいと願う。


図3 宮特許7件とそれと類似な特許群を示す、χLUS Greenによるレーダーチャート
図3 宮特許7件とそれと類似な特許群を示す、χLUS Greenによるレーダーチャート


スピントロニクス技術を生産移管する未来の話をするのは時期尚早だが、このスピントロニクスなどへの道を拓くナノテクノロジの分野でも、IEEE Trans.誌に見る論文掲載数では、韓国、台湾、など東南アジアからの伸びが最近著しい(注2)。宮先生がTMRの研究を継続した理由は「先を見通せたから」だと答えてくれた(参考資料3)。是非、先を見極める眼力の鍛錬と、きっかけを見逃さず挑戦する気力を充実させ、スピントロニクスを含めナノテクノロジ分野での日本の産業活性化と産業財産権確保を期待したい。半導体や液晶産業のように、長年にわたり営々と研究開発した成果が、わずか数年で他国に刈り取られてしまうのは、誠にやるせないからである。ましてや「日本人が研究を止めてくれたのが幸いした」などと後世、他国の研究者に言われないためにも、開発実用化研究の奮起継続を期待したい。


<謝辞>
著書(参考資料3)では紙面の都合で入れられなかったが、この調査にはご多忙の中をインタビューに応じていただき、その後もご指導いただいた宮先生と、宮先生を直接ご紹介いただき、インタビューにも同伴いただいた元宮研究室で元NECトーキン磯村明宏氏、さらにその磯村氏をご紹介いただきました元NECトーキン代表取締役副社長内山秀男氏に大変お世話になった。また調査をまとめる段階では武田計測先端知財団常任理事で東京農工大名誉教授、元超LSI技術研究組合共同研究所所長の垂井康夫先生をはじめ、赤城三男専務理事、溝渕裕三理事や他のプログラムオフィサー、プログラムスペシャリストの方々にご指導と多くのご意見を賜った。またいつものように本稿はセミコンダクタポータル編集長津田建二氏に査読をしていただいた。併せて厚く御礼申し上げる。


参考図
参考図 5×1019/cm3のGaをドープしたp型Ge上に、Sbドットを乗せ、急熱急冷して作ったエサキダイオードにおいて、液体ヘリウム温度にした時に、微分コンダクタンス(dI/dV)-V特性で検出されるフォノンアシステッドトンネル電流(参考資料12)


鴨志田 元孝
  武田計測先端知財団プログラムスペシャリスト
東北学院大学大学院工学研究科非常勤講師




参考資料
1. 例えば垂井康夫編、「世界をリードするイノベーター」、オーム社刊(2005)
2. 同様に垂井康夫編、「超波及度で世界を変えたイノベーター」、オーム社刊(2007)
3. 垂井康夫編、「生活者の豊かさを創出したイノベーター」、オーム社刊(2010)、pp.231-260第7章 宮照宣 トンネル磁気抵抗効果(TMR)の先駆的開発者
4. Y. Nishi, "Semiconductor technology' Old but still New' ", The 4th Intern. Symp. Waseda University Global COE Program, "Intern. Res. Edu. Center for Ambient SoC", "Intern. Symp. on Past, Present, and Future of Semiconductor technology", (2009.5.29)
5. D. Armbrust, "SEMATECH: Creative Collaboration in Advanced Technology R&D", SEMATECH Symposium Japan 2010 (Sep. 15, 2010)
6. D. Verkest, "Technology-Design Interaction", Towards the Ultimate IC, IMEC Executive Seminar 2010(Nov. 16. 2010)
7. 宮照宣、「スピントロニクス」、日刊工業新聞社刊、(2004)、pp.100-101
8. T. Miyazaki and N. Tezuka, "Giant Magnetic Tunneling Effect in Fe/Al2O3/Fe Junction", J. Magn. Magn. Mater. 139, L231 (1995)
9. X.-F. Han, T. Daibou, M. Kamijyo, K. Yaoita, Y. Ando, and T. Miyazaki, "Jpn. J. Appl. Phys. 39, Part2, No.5B, L439 (2000)
10. 宮照宣インタビュー(2009年7月2日)
11. L. Esaki and Y. Miyahara, Solid-State Electronics 1, 13 (1960)
12. M. Kamoshida, K. kijima, and J. Nishizawa, "Components of the Tunnel Current in Sb-Alloyed Diodes and (Sn-Sb)-Alloyed Diodes", RIEC Technical Report TR-11 (1966) , published by the Research Institute of Electrical Communication, Tohoku University
13. M. Kamoshida, M. Takusagawa, K. Demizu, K. Takahashi, and J. Nishizawa "Various Structures of Conductance Anomalies near Zero-Bias in GaAs Backward Diodes", RIEC Technical Report TR-16 (1966) , published by the Research Institute of Electrical Communication, Tohoku University
14. 例えばM. Mizuguchi, Y. Hamada, R. Matsumoto, S. Nishioka, H. Maehara, K. Tsunekawa, D. D. Djayaprawira, N. Watanabe, T. Nagahama, A. Fukushima, H. Kubota, S. Yuasa, M. Shiraishi, Y. Suzuki, "Tunneling Spectroscopy of Magnetic Jubctions: Comparison between CoFeB/MgO/CoFeB and CoFeB/Al-O/CoFeB", J. Appl. Phys. 99, 08T309 (2006)
15. 例えば宮崎照宣、大兼幹彦、桜庭裕弥、渡邉大輔、Resul Yilgin、佐久間昭正、安藤康夫、久保田均、"スピントロニクスの形成と発展"、粉体及び粉末冶金55、109 (2008)
16. 宮崎照宣、"TMR効果の歴史と展望"、まぐね/Magnetics Jpn. 3, 212 (2008)
17. "仲間と越えた死の谷  東北大教授 宮崎照宣氏"、朝日新聞 2008.01.30 東京朝刊24ページ
18. 鴨志田元孝、"類似性で検索するツールと特許電子図書館での有機薄膜特許の分析"、セミコンポータル(2010年4月22日)
19. χLUSに関しては中村達生、"第3章情報ネットが作る新しい知"、「共に生きる知恵」武田計測先端知財団編、化学同人(2009.10)に詳しい
20. 中村達生、"特許文献を俯瞰して脅威に気づきチャンスをモノにする"、 特許庁、「知的財産戦略に資する特許情報分析事例集」(2010.4)



注1. 例えば2010年のIEEE Trans. Semicond. Manuf誌1年間4冊の掲載論文を分析すると、生産製造の要素技術では日本から数件あるものの、生産製造のための生産管理、工場管理、品質管理等の管理技術では、米国26件、アジア(台湾7件韓国3件中国2件)12件、欧州3件に対し、日本からは見当たらない
注2. IEEE Trans. Electron Devices誌でこの傾向に気が付いたので、試みにIEEE Trans. Nanotechnology誌で2010年の1年間分6冊に掲載された論文104件を調べた。筆頭者(所属)の地域別では、北米54件、アジアオセアニア33件、欧州17件であるが、アジアオセアニア33件の内訳は韓国12件、中国10件、台湾3件で合計27件(82%)を占めており、日本は1件しか見当たらず、それも筆頭者は留学生である。北米54件の内、筆頭者が韓国、中国系の名前の論文が18件で1/3を占め、日本人名の筆頭者の論文はこの中にも見当たらない。仮に彼らが帰国すると北米と並ぶ勢力になる。日本が得意とする分野の投稿先が、物理、化学などもう少し基礎的な雑誌に集中していて、この学術誌とは異なるためかとも考えられる。しかしナノテクノロジの応用分野を考えるときの一つの分野として、この学術誌に現れる動向は無視できない。

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