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なぜ日本にベンチャーは育たないか〜Siバレーのオープンイノベーションに学べ

「日本のベンチャーキャピタルの投資は、2007年3月期に2800億円まで拡大したものの、2011年3月期に至って800億円まで急降下した。これはひどい。ひどすぎる。起業家精神は萎縮する一方で、大企業は本気でベンチャーを活用しようとはしていない。」日本アジア投資の熊本剛氏は吐き捨てるようにつぶやいた。

この1月17日に開催された金融系の新産業創出セミナーの席上のことである。このセミナーで開催されたパネルディスカッションでは、多くのパネリストが、日本の大企業は根性がない、投資にびびっている、ベンチャーは下請けぐらいにしか思っていない、などなどの発言が数多く出された。

こうした日本人による日本企業批判の嵐の中で、スタンフォード大学にあってアジア米国技術経営研究センター長であるリチャード・B・ダッシャー博士は、この雰囲気を制するようにこう発言した。「日本はとてもよい国ですよ。日本人の作る製品の信頼性は世界一です。和の精神には学ぶところが多く、国民はあまり嘘をつかない。このカルチャーを持つ以上、日本は必ず復活します。しかし、一つだけ日本に足りないところがあります。オープンイノベーションの国ではないというところです」。

ダッシャー博士によれば、シリコンバレーは、人口が249万人で全米の1%弱しかないのに、1世帯の収入は全米のミドルクラスより70%も高く、全ての特許件数の12%がここから生み出されているというのだ。おまけに、住民の35%は外国生まれであり、教育水準はずば抜けて高く、移動性の高い労働人口を抱えている。ベンチャー投資家も集中している。全米のベンチャーキャピタルの30%はシリコンバレーに存在し、これがシリコンイノベーションの推進力になっている。

確かにシリコンバレーは画期的なイノベーションによる歴史的発達を遂げてきた。半導体産業が集積してきたことから、1971年にシリコンバレーという名称が使われ始め、インテルに代表されるベンチャーが次々と生まれ、マイクロプロセッサーの発明からコンピュータ産業、半導体産業を次々と生み出していった。ベンチャーから身を起こしたインテルは今や世界1半導体メーカーとなっており、ワークステーションを生み出したサンマイクロシステムズ、ネットスケープ、グーグルなど革新的な企業はみなシリコンバレーのベンチャーから出発した。

「シリコンバレーの今までの成功は、イノベーションによって市場の変化を早い段階で予想し、これに応じるものを提供したことにあります。イノベーションというのは新しいアイデアを創造・発想からその実現まで持っていくプロセスです。これをオープンにすることが重要なのです」(ダッシャー博士)

オープンイノベーションとは、社外の知識(アイデア・機会・リソース)を社内のリソースおよび活動と統合して戦略を構築し、最高水準の成長を目指すというものだ。具体的には、企業や大学などと連携し、共同研究・開発にまい進する。ベンチャービジネスを活用する、またはこれを買収する。技術ライセンスを購入する、または売却する。こうした活動で米国においては、多くの企業が爆発的に伸びていった。ただ、この場合、「オープン」というのは、「無料」や「公開された」という意味ではない。また、オープンイノベーションは社内の研究開発を不必要にするというわけではなく、かえって社内研究グループに新たな才能を発掘することになる。

アップル社は全米における最もイノベイティブなカンパニーとして知られており、iPad、iPhoneなどの大成功で、今やマイクロソフト、グーグルを凌ぎITの覇権を握っている。2000年ごろから始まった運動は、第3者からのソフトウエアを利用するためベンチャービジネスやライセンスを買収し、あっという間に強固なビジネスを作り上げていった。2006年には6億ドルで5つのベンチャーカンパニーを買収している。

ところで、こうしたオープンイノベーションによって成功したiPodのアイデアは、外部のコンサルタントによって紹介されたものであり、アップル社内部の発案ではないのだ。iPodの場合、MP3再生のアイデアを契機に商品の仕様設定を決め、この目標技術をオープンにし、アップル内で開発チームを監督するという離れ技に出た。iPodのアイデアが外部からもたらされただけでなく、技術設計についてもポータルプレーヤーという別の会社にすべて任せてしまった。アップルはユーザーインターフェースと総合デザインを支配しただけなのだ。しかして、アイデアの始まりからたった6カ月でiPodは市場に出てきた。これぞオープンイノベーションの勝利なのだ。

「あらゆる動物の中で人間は一番強い動物ではない。しかし環境変化に対応することはナンバーワンであり、それゆえに地球を支配した。企業においても同じことが言える。最強の企業が生き残るわけではない。環境変化に柔軟に対応し、オープンイノベーションを活用する企業が生き残るのだ」(ダッシャー博士)。

産業タイムズ 取締役社長 泉谷 渉
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