タブレットPCとスマートフォンが急速に市場浸透する背景を分析II
情報端末機器市場で話題となっているスマートフォンとタブレットPCが急速に市場浸透する背景を前回(参考資料1)に続き分析し、さらに今後、携帯情報端末機器の市場浸透を大きくサポートすると考えられる非接触給電についても考察する。米国シスコシステムズ社が行った2010〜2015年の6年間に渡るインターネットトラフィックの予測を紹介した前回の資料の中で、最も成長率が最も高いモバイルデータトラフィックについて、今回はその詳細を分析する。
図1 グローバルのモバイルデータ トラフィックにおける市場推移
出典:Cisco Systems
前回(参考資料1)、シスコ社よる世界のネットワーク上を移動する音声、文書、画像などのデジタルデータ規模に関する市場動向を紹介した。このデジタルデータの内、タブレットPCやスマートフォンなど携帯機器が対象となるモバイルデータトラフィックの規模について、2010〜2015年の6年間に渡る予測データを2011年2月に発表している(図1)。年平均92%という高い成長率(全体平均では2009〜2014年の6年間の平均成長率は34%、参考資料1参照)で増加すると推測している。参考のため前年(2010年2月)公表のデータを併記したが、1年前に公表した前回と今回とでほぼ同一の市場動向を推測しており、携帯情報端末機器の市場予測を考える上で有益な参照データとなりえる。
図2 グローバルのモバイルデータトラフィックの市場推移(アプリケーション別)
出典:Cisco Systems
図2はグローバルのモバイルトラフィック市場を2010〜2015年の6年間に渡り、アプリケーション別に図示化したものである。シスコ社は、グローバルなモバイルデータトラフィックのアプリケーション別での大きな需要をビデオコンテンツとしており、月間グローバルモバイルトラフィック市場全体で、2010年50%、2015年では66%も占め、年平均104%の高いペースで増加すると推定している。前回(参考資料1)紹介したようにシスコ社はコンシューマ・インターネット市場においても ビデオコンテンツ市場が最大の需要先と予測しており、ビデオコンテンツ市場でどれだけの魅力を発揮し、ユーザーの心を掴むことがビジネスの成功のカギとなることが理解できる。
図3 グローバルのモバイルデータトラフィックの市場推移(デバイス別)
出典:Cisco Systems
図3はグローバルモバイルトラフィック市場を2010〜2015年の6年間に渡り、デバイス別に図示化したものである。シスコ社は、グローバルのモバイルデータトラフィックのデバイス別での大きな需要として、モバイルPC(ラップトップおよびネットブック)としているが、平均成長率でみるとスマートフォンが116%、タブレットPCは190%と非常に高い成長率で増加すると見ている。月間グローバルモバイルトラフィック市場全体に占めるそれぞれのデバイスの割合でスマートフォンが2010年15%から 2015年に27%に、タブレットPC は2010年1%弱から2015年4%に増加すると推定している。
図4 モバイルネットワークの平均接続速度推移
出典:Cisco Systems
図4はモバイル機器全体とスマートフォンの平均接続速度推移を2009〜2015年の7年間に渡り、図示化したものである。接続速度の平均成長率においてスマートフォンは、モバイル機器全体の平均値より低いものとなっているが、接続速度そのものは約2倍と大きく、この接続速度の大きさが携帯情報端末機器として持つべき要素である情報を“より短時間”で、“より快適”に入手することを可能としている。
また、シスコ社は今回発表した2011年版のWhite paperの中で、各デバイスに対するデータトラフィック量を、携帯電話を基準としてスマートフォンは24倍、タブレットPCは122倍、ラップトップPCを515倍としている。ちなみに2010年版にはタブレットの記述はなかった。スマートフォンは PCと同等な性能に近づくべく高機能化を目指して、まだまだ進化すると考えられている。低消費電力を伴った高性能化を実現するため、携帯情報端末機器に搭載される半導体性能の競争は一層激化すると想定される。
図5 携帯情報端末機器としての必要な条件
図5は、タブレットPC、スマートフォンに代表される携帯情報端末機器が持つべき必要条件を示す。 求められる必要条件は「いつでも、どこでも情報にアクセス可能」であり、これを満たすためにはロケーション・フリーであり、コネクション・フリーでなければならない。
具体的には 下記三つの項目が満たされねばならない。
1 常時待ち歩けるために機器形状としては携帯タイプ――ロケーション・フリー
2 場所を選ばず情報にアクセスできるために通信手段としては無線――ロケーション・フリーおよびコネクション・フリー
3 情報に常時アクセスできるために常時安定した電源供給、手段としては非接触給電――コネクション・フリー
1と2については現在の携帯情報端末機器で実現されているものの、3については携帯情報端末機器を使用する際、身近に見出すことができない。しかし、非接触給電そのものの技術は、既に身近なところで実用化されており、例えば電動歯ブラシ、コードレス電話機(子機)など販売もされている。
非接触給電として現在実用化されている電動歯ブラシ、コードレス電話機(子機)などと、今後市場浸透が期待される携帯情報端末機器との充電に対する環境の大きな違いは下記の表1である。
表1 携帯情報端末への要求性能
現在、非接触給電が一部実用化されていながら市場浸透しない理由として下記のような課題がある。
1 異なるメーカーの充電機器から充電ができない
2 共通する一台の電源から充電ができない
3 給電電力が1W程度と低く、充電時間も8〜24時間と長い
上記のような課題が解決しない限り、ユーザーが複数の機器を所有していた場合、複数の充電機器あるいはACアダプタを持たなければならず、携帯情報端末機器として持つべき機能;ロケーション・フリー、コネクション・フリーに大きな制約を与えることになる。
一方で、電動歯ブラシに非接触給電が採用された理由は防水対策である。電動歯ブラシは、洗面所など防水対策が必要なエリアで使用されるケースが多く、充電用の端子にカバーをつけるなどの対策を施しても防水あるいは水没に耐える耐水対策は簡単ではない。加えて、防水(耐水)性能を持たせる場合には製品のコストアップを招くことになる。しかし、非接触給電を採用すれば充電用の金属端子が外部に露出せず、機器内蔵となり防水対策は簡単になる。非接触給電が持つこの長所は、屋外で使用する機会の多い携帯情報端末機器における防水対策に対しても同様のことがいえる。
この非接触給電を実現する方式としては 非放射型で伝送距離が短い電磁誘導、電磁界共鳴、放射型で伝送距離の長いマイクロ波、レーザー光などがあり、詳細についての記述は既に各種メデイアなどで紹介されているのでここでの詳細説明は省略するが、その概要を表2にまとめた。現在、携帯情報端末機器向けに実用化が始まっているのは電磁誘導方式であり、その原理は理科の教科書にも出てくる英国の物理学者マイケル・ファラデー(Michael Faraday)が1831年に発見したファラデーの電磁誘導の法則である。電磁誘導方式は数百kWクラスの電力伝送も可能であり、現在脚光を浴びている電気自動車(含む バス、トラック、路面電車)向けなど、大電力が必要な製品の非接触充電を目的として開発、試作が行われている。一方、米国MIT(マサチューセッツ工科大学)マリン・ソウルヤチーチ教授(Marin Soljacic)らのチームが2007年6月、電磁界共鳴方式の実験に成功しその理論を実証した。電磁誘導方式より伝送距離の長いこの方式の実用化も図られ、試作が行われている。
表2 主な非接触給電方式
非接触電給電を使用した製品は、各社が独自に設計するため互換性はなかった。しかし、非接触給電の本格的な市場浸透を図るうえで複数の企業が協力して互換性を確保することは必要である。
このような環境の下、非接触給電の利便性向上を目的とした業界団体WPC (Wireless Power Consortium) が2008年12月に設立された(非接触給電技術としては電磁誘導方式を採用)。現在(2011年2月18日時点)メンバー会社は72社あり、韓国の三星、スウェーデンのノキア、米国テキサス・インスツルメンツなどが加盟しており、日本のメーカーもパナソニックやローム、デンソーなどが加盟している。
このWPCより、5W給電を可能とする規格Volume I:Low Power (WPC 1.0) が 2010年8月リリースされた。規格認証済み製品の出荷が米国のバッテリーメーカーであるEnergizer社より昨年末にQi Inductive Charger/モデル名:IC2B-US と実際に販売が始まっている。
WPCとしては次の規格として、送電電力120W 以下を対象としたVolume II;Medium Powerの策定に2010年7月着手している。この規格認証済み製品の出荷が始まれば、ノートPC、ネットブック、タブレットPCなど、パソコン機器のコネクション・フリーが実現される。
上記に紹介しているシスコ社のデータが示すように携帯情報端末機器市場は高い成長が期待されており、これに伴い非接触給電機器市場も高い成長が期待される。日本メーカーが新しく生まれたこの市場で潮流に乗り、地位を確保することを期待したい。
さらに、携帯情報端末機器の充電が思いがけず必要となるのは自宅ではなく、外出先である。このため今は外出時に、ACアダプタや余分なバッテリを持参している。共通規格に準じた非接触給電システムが市場浸透することにより、いつでも・どこでも置くだけで充電でき、充電という作業を忘れる社会はもうそこまで来ている。本当の意味でのロケーション・フリー、コネクション・フリーを伴った 携帯情報端末機器の実現を体感できるのを心待ちにしている。
参考資料:
1. タブレットPCとスマートフォンが急速に市場浸透する背景を分析 (2011/01/21)
2. Cisco System社Visual Networking Index: Global Mobile Data Traffic Forecast Update、2010-2015の資料ダウンロード
3. Wireless Power Consortium(WPC) ホームページ
4. Energizer社 非接触充電マット(Qi Inductive Charger/モデル名:IC2B-US) ホームページ