タブレットPCとスマートフォンが急速に市場浸透する背景を分析
今回は現在、情報端末市場で話題となっているスマートフォンとタブレットPCが急速に市場に浸透している背景を分析する。
図1 情報端末機器に求められる機能
図1は現在、「情報端末機器に求められる機能とは?」との質問に対し、回答の形で示したものであり、大きくは3つの項目を並べることができる。
1. 場所と時間を選ばずWWW (World Wide Web) ブラウザ、メールおよびメディアの再生がシームレスに可能
2. ユーザーの多種多様な要求を満足でき(自分好みにカスタマイズが可能)、かつ購入後も機能(製品の魅力)を変更でき、時間の経過に伴うユーザーの要求内容の変化に対応可能
3. 携帯性:常時持ち歩け、かつ片手で操作可能
上記の項目を現在、情報端末機器の主流として浸透しているパソコンに当てはめると情報通信能力という点では十分と考えられるが、携帯性、シームレスな情報入手力という点で不十分である。次に、携帯電話に当てはめると携帯性では十分と考えられるが、アプリケーションソフトウエアの自由度が限定的であり、パソコンと比べると情報通信能力が不十分である。パソコンや携帯電話が満たすことのできなかったこれらの点をスマートフォン&タブレットPCがまだ完璧でないが、情報端末機器としてユーザーの要求を補完し、満たした点が市場に受け入れられ、日々進化しながら市場浸透を加速させている。
また、スマートフォン&タブレットPCの市場浸透が加速する要因の一つとして、情報(データ)には2種類あることを認識しなければならない。一つは、時事問題を取り扱った情報のように時間の経過と共に価値が減衰する情報、もう一つは歴史的事実のように時間が経過しても価値が維持される情報である。われわれを日々囲む情報(データ)の多くは、時間の経過と共に価値が減衰する前者に属している。このため情報端末機器の機能としてリアルタイムの情報入手力を求め、シームレスな情報通信能力と常時持ち歩くことができる携帯性を必要とする。
さらに、パソコンではできなかった携帯性と、携帯電話ではできなかったアプリケーションソフトウエアの自由度を持つことにより、アプリケーションソフトウエアのビジネス領域も一気に増大し、われわれに平等与えられる一日24時間において情報端末機器に触れる時間を増やし、ユーザーの時間の取り合い競争に勝ち残るための魅力あるコンテンツ作り(ソフトウエア)と共に日々、使い勝手の良い新製品(ハードウエア)が生まれる結果となっている。
図2 グローバルIPトラフィックIPにおける市場推移 出典:Cisco Systems
Consumerとは、家庭や大学関係者、インターネットカフェなどからのIPトラフィック量と定義している。同様に、Businessとは、ビジネス業界や官公庁からのインターネットとIP WANのトラフィック量を合算している(定義はセミコンポータルが翻訳)。
次の質問事項としてわれわれが日々、情報端末機器で入手しようとするデジタルデータにどのような分野がどの程度あり、どのように成長してゆくのかを調べたものである。その回答として、米国シスコシステムズ社が世界におけるネットワーク上を移動する音声、文書、画像などデジタルデータの規模について2009〜2014年の6年間に渡り予測している。
図2においてシスコ社は、2009年で月間グローバルIP (Internet Protocol) トラフィック市場全体の21%をビジネス市場、79%をコンシューマ市場が占めると予想している。コンシューマ市場が圧倒的に大きな規模となっている。また、ビジネス市場が年平均21%のペースで増加するのに対し、コンシューマ市場は年平均37%のペースで増加し、2014年では月間グローバルIPトラフィック市場全体の87%になると予測している。本図から情報端末機器市場においてコンシューマ市場を攻略できるかどうかがビジネスを成功できるかどうかのカギとなることが理解できる。
図3 グローバルコンシューマIPにおけるトラフィックの推移 出典:Cisco Systems
Mobile Dataとは、携帯端末や、ノートPCのカード、モバイルブロードバンドゲートウェイからのインターネットとモバイルデータのトラフィック量と定義し、Managed IPとは、企業のIP WANとテレビ/ビデオオンデマンドのIP送信のトラフィック量、Internetはインターネットのバックボーンを通る全てのIPトラフィック量と定義している(定義はセミコンポータルが翻訳)。
図3は、今後成長が期待されるコンシューマ市場をタイプ別にその動向を示したものである。シスコ社は2009〜2014年においてインターネット市場はコンシューマ市場全体の75%と圧倒的に大きな規模として予測している。また、市場規模はまだ大きくないもののモバイルデータ市場が年平均112%と非常に高いペースで増加し、月間コンシューマIPトラフィック市場全体で2009年の1%弱から2014年に5%になると予測している点に注目する必要がある。このためには、情報端末機器が持つべき性能として「シームレスかつリアルタイムでのインターネットアクセス能力」が必須であり、「高速通信能力を持ちかつ複数の無線周波数や無線方式(Wi-Fi, GPS, Bluetooth, NFC など)に対応しなければならないため通信帯域の確保に伴い、バンド数の増加に対応する無線部品の市場拡大」が期待される。
図4 コンシューマインターネットIPにおけるトラフィックの推移 出典:Cisco Systems
図4は、今後成長が期待されるコンシューマインターネット市場においてアプリケーションごとの動向を示したものである。シスコ社はコンシューマインターネット市場において増加の主なけん引役はインターネットビデオであり、それは2009年の月間コンシューマインターネット市場全体の31%から 2014年には46%になると予測している。本図から コンシューマ市場攻略の具体的分野として、インターネットビデオ市場においてどれだけ製品の魅力を発揮し、ユーザーの心を掴むことができるか否かがビジネスを成功できるかどうかのカギとなることが理解できる。また、市場成長率という点ではインターネットビデオからテレビへの市場が年平均107%と非常に高いペースで増加し、月間コンシューマインターネット市場全体で、2009年の1%から2014年には10%と急速な成長を予測している。最近、インターネット対応TVの話題が増え、新製品発表の多い背景が理解できる。
図5 五感と錯覚
iPhoneの急速な市場浸透に拍車をかけた、タッチパネルの指先によるスクロールが話題として採り上げられるが、このタッチパネルの指先による操作は情報端末機器の価値観を大きく変えている。従来、製品の性能は主にハードウエアによって実現されているため、製品の仕様を比較する場合、簡単に客観的比較表が作成されて各種の雑誌やカタログ、ホームページなどメディアなど通じ知ることができる。このような製品の比較表を容易に入手できる環境は、製品の低価格化へより一層拍車をかけていた。しかしながら、タッチパネルによる使い勝手は個人個人によって異なるアナログ的なものであり、この「使い勝手」の客観的な比較は容易ではない。さらに、カタログやホームページでは伝えることのできないこの感触を伴った機能はユーザーに実機を触れさせる大きな機会を生み、強力な拡販ツールになっていると理解できる。今後の情報端末機器に搭載される機能は、客観的なデジタルデータとしての比較が容易ではない。「使い勝手」のようなアナログ的性能を持つことが単純な価格競争を避ける要素であり、差別化できるようになると理解している。
図5は一般的に五感と呼ばれているものを具体的に示したものであり、それらは視覚、触覚、嗅覚、味覚、聴覚の5つがある。情報端末機器を対象に考えた場合、ユーザーにその効果を示しやすく、効果を出しやすい触覚と視覚に対する技術、具体的には「錯覚」を与える技術がさらなる進化をし、われわれに新しい価値観を与えてくれると想定される。
現在、話題の一つとなっている3Dディスプレイは、画面上に立体映像が表示されるが、これは“視覚上の錯覚”を利用した技術であり、メガネなし3D対応が着実に現実化しており 日々更なる進化を遂げている。一方、「触覚上の錯覚」を利用した技術はまだ情報端末機器に実際に搭載された形では生まれていない。「触覚上の錯覚」を利用した技術というとイメージしにくいかも知れないが、例えばザラザラやデコボコのような感触をディスプレイ上に表示することである。現時点で触覚における錯覚を体験させてくれる技術の一つとして フィンランドSenseg社/東芝情報システムによるE-Sense Technologyがある。本技術は 2010年5月の組み込みシステム開発技術展と同年12月の組み込み総合技術展示で紹介されている。
従来、情報端末機器の表示に求められた技術は、視覚を対象とした高精細技術が追求され、 これに3D対応が加わった。今後はさらに触感を対象とした手ざわりを伝達する技術が実現すると想定している。この技術が市場に浸透する場合には情報端末機器市場において新しい価値観、新しい市場が創出されることを期待している。
図6 アプリケーションプロセッサに求められる性能
情報端末機器が持つ機能として、図4で見られるようにインターネットビデオが占めるトラフィック量が急増していくことから、ビデオ処理能力やグラフィック処理能力を持ちながら携帯性を維持するために電池駆動時間を長く保つことが大きな要素となる。このため、搭載されるアプリケーションプロセッサの性能としては 1.0〜1.3GHzレベルが主流となり、かつ低消費電力性能が非常に高い重要性を持ってくる。アプリケーションプロセッサの消費電力は図6に示す、Case C ⇒Case B と、より一層低消費電力化が求められ、極端にはCase Aのような特性を持つような半導体を携帯情報機器メーカーは 半導体メーカーに求める。この傾向は、現在一部でしか利用されていないが、スマートフォンを外部モデムとしてインターネット回線に常時接続させるテザリング(Tethering)機能が普及した場合には、より一層低消費電力化に拍車がかかると想定される。
このため半導体メーカーは、半導体製造装置メーカーに対して、より低消費電力が可能とする半導体プロセスの提案を求め、半導体製造装置メーカーは低消費電力化に対し、より深い知識と自社の製品のどのような技術で低消費電力化をサポートできるのかを追求せざるをえない、と想定される。
また、nVidiaやQualcommは、ARM系プロセッサコアとGPU(グラフィックプロセッサ)コアを集積したSoCを商品化しているが、IntelもSandy Bridge(開発コードネーム)を2011年1月に市場投入することによりCPUにGPUを集積したMPUが本格的となる。加えて、マイクロソフトは次期WindowsにおいてARM系SoCのサポートを発表している。最近、われわれの生活スタイルを変える、あるいは興味をもたらす技術的変革がなく、技術的飽和感を感じさせていたIT業界において2011年、再び大きな進化、変化が起き、ユーザーに新たな便利さ、価値を与えてくれると期待している。
さらに、この市場の進化、変化の中で再び日本メーカーが潮流に乗り、IT業界で地位を確保する事を期待したい。
次回の第五回は、再び半導体産業に対する数学的アプローチとして、半導体生産における主要な材料であるウェーハ市場を対象としたInoue Formulaを紹介する。
参考資料:
1. 東芝情報システム(株)Senseg E-Sense技術紹介ホームページ
2. Cisco Visual Networking Index; Forecast and Methodology, 2009-2014