トランプ大統領にとって台湾半導体は敵なのか味方なのか?
米国トランプ大統領は昨年の選挙期間中から「台湾はアメリカの半導体ビジネスをほぼ100%奪っていった。それを取り戻したい」と発言し、台湾半導体産業に対して批判的な発言をしてきた。大統領就任後には、「台湾製半導体に最高で100%の関税率を課す」可能性について言及している。
トランプ大統領はアメリカに投資をした半導体企業への補助金の見直しも検討しており、バイデン政権が半導体産業誘致のために「CHIPS・科学法」を制定し、補助金を支給したことを「滑稽で馬鹿げている」として、半導体に高関税を課せば、補助金など出さずとも、半導体工場を誘致できると主張してきた。さらに、米国第一主義を掲げるトランプ米大統領は、2月13日、「台湾が米国から半導体産業を奪っている。米国に取り戻す」と再び過去の主張を繰り返して記者団に語り、半導体産業の米国回帰を目指して台湾の半導体に高関税を課す方針を表明し、台湾側に圧力をかけた。本稿執筆時点(3月3日)では、半導体関税に関してまだ具体的な発表は行われていない。
これに対して、台湾政府の頼清徳総統は、2月14日、トランプ大統領の半導体産業に対する懸念について米国と協議することとし、米国から台湾への投資や米国からの輸入を増やすとともに、防衛費も増やすと約束した。頼清徳総統は、「トランプ大統領の懸念は承知している。台湾政府は半導体業界とコミュニケーションを取り、良い戦略を打ち出す。その後、良い提案を出し、米国とさらに議論を進めていく」と述べ、すでに台湾政府関係者をワシントンに送ったことを認めている。
トランプ政権の要請でTSMCはIntelの半導体工場の運営に参画するか?
米国トランプ政権が、経営的にも技術的にも息詰まっているIntelを救済するため、TSMCにIntel製造部門(Intel Foundry)を米国企業(米国半導体企業や投資会社など)と共同で運営するように要請していると米国の多数のメディアが伝えている(参考資料1)。
事の起こりは、米証券会社ベアードのアナリストであるトリスタン・ジェラ氏が「トランプ政権がTSMCに対してIntelの複数のファウンドリプロジェクトを共同所有して開発する合弁会社を設立するよう要求している」との噂が証券業界にあると述べたため、Intelの株価が2割以上急騰したとWall Street Journalが2月12日に伝えたことである。
同紙によると、米国政府当局はIntelに対し、米国で建設済みおよび建設中の最先端(Intel18A)半導体チップ工場プロジェクトをIntel/TSMCの合弁事業に組み込むよう要請している模様である。さらに、TSMCは、Intelの最先端チップの生産を支援するため、ベテラン台湾人半導体エンジニアを派遣するよう求められているという。
Intelの暫定会長フランク・イアリー氏は、過去数カ月にわたり、米国政権関係者やTSMCの幹部らと協議し、経営難に陥っているインテルの製造事業を半導体設計・製品事業から分離する取引について協議してきており、TSMCはプライベートエクイティ会社や他のハイテク企業(大手半導体ファブレスなど)を含む投資家連合とともにIntelの製造事業の経営権を取得する模様だと米国メディアはIntel内情に詳しい関係者の声を伝えている。TSMCがインテルの製造事業をどの程度引き継ぐのか、また台湾企業がどの程度の資金を投資するのかは明らかではない。
そんな中、今度は、米BroadcomがIntelの製品部門(半導体チップ企画・設計・マーケティング)を買収することを検討しているというニュースが飛び込んできた。実際に入札を行うか否かは、製造部門の買収パートナーを見つけられるかどうかに依存するという。インテルを巡っては、2024年秋にQualcommが買収を検討しているという話が出ていたが実現しなかった(参考資料2)。Intelにとって製品部門は企業のコア部分であるから、Intel Foundryは分社化しても製品部門は死守したいところだろう。
TSMCにとってメリットはない?
TSMCはジレンマに直面すると予想されると台湾メディアは指摘している。TSMCがトランプ政権の条件を受け入れてIntelと協力すれば、チップ法に基づくアリゾナ工場への補助金の維持と、米国に輸出されるチップへの高関税の回避につながるというメリットがある。しかし、マイナス面としては、最先端ロジック量産技術移転の提供を含め、インテルのファウンドリ事業への投資は、TSMCの最新製造技術流出につながるという点が挙げられる。
TSMCの魏哲家会長は、今年1月の決算説明会で、「(Intelのような)IDMは私たちの重要な顧客であり、競争相手ではない。TSMCの重要なビジネスパートナーを買収することはあり得ない」とIntel買収を否定していた。しかし、この発言は、トランプ政権からの要請が出る前のものであり、現在はコメントを避けている。
Appleは、2月24日に、米国での製造振興に75兆円もの巨額を投資すると発表したが、その中には、全米各地の製造業支援のための米国先進製造業基金の倍増が含まれている。その多くは、TSMCのアリゾナ工場への金銭的な支援に充てられる。このため、Apple向けに注力する必要があり、企業文化が全く異なるIntel支援の余力がどこまであるのだろうか。
投資は歓迎するも買収は認めぬということか?
一部の米国メディアは「トランプ政権は外国企業の米国への投資や工場建設を支持しているが、外国企業がIntelの工場を運営することを支持する可能性は低い」とのホワイトハウス高官の声を伝えている。TSMCへの要請事項に関して肝心のトランプ大統領自身の声は聞こえてこず、本心は不明のままだ(3月3日現在)。
日本製鉄のUSスチール買収の案件同様に、トランプ政権は、外国企業による米国への投資は歓迎するが米国企業の買収や支配は認めないということなのかもしれない。トランプ政権は、敵である台湾半導体産業をなんとか味方につけて巧みに米国半導体復興に利用しようとしてしたたかな交渉をしているように見える。
(なお、本稿は2025年3月3日時点の最新情報に基づいているが、事態は流動的であり、その後大きく変化する可能性がある。)
3月4日追記)TSMCが米国に15兆円規模の追加投資
トランプ米大統領は,3月3日(米国時間、日本では4日)、TSMCが米国に新たに1000億ドル(約15兆円)を投資すると発表した。TSMCの魏哲家会長がホワイトハウスを訪れてトランプ氏と共同で表明した。TSMCはすでにアリゾナ工場に650億ドル投資しているので合計1650億ドル投資することになり、外国企業の単独投資としては過去最高額になるという。TSMの発表によれば、米国に3つの大規模なデバイス製造工場、2つの先進パッケージング工場、および1つの大規模な研究開発センターの設置計画が含まれるという。
トランプ大統領はまんまと敵を味方につけてしまったようだ。
参考資料
1. 2025年2月12日から15日にかけてのWall Stret Journal, New York Times, Bloomberg, Reuters,台湾日刊紙各紙の一連の報道記事
2. 服部毅、「QualcommがIntelに買収を打診か?背景にある半導体業界の変化」、マイナビニュース、(2024/09/24)
3. 服部毅、「史上最高売上・利益を更新し続けるTSMCの魏哲家会長が今後の戦略を語る」、セミコンポータル、(2025/01/24)
編集注)
1. 台湾の視点から見たトランプ大統領と台湾の関係は山田周平氏のブログ「半導体でトランプ氏に恭順の意を示す台湾の頼政権」でも掲載している