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Gelsinger CEO 突然退任後のIntel再建戦略を再び検証する

2024年10月に執筆した「Intelが発表した事業立て直し計画を検証する」と題するブログで、米Intelが同年9月に開催された取締役会で業績立て直しのための今後の戦略について討議し、それを踏まえてPat Gelsinger(パット・ゲルシンガー)CEOが発表した方針や戦略を検証し、産業界はIntelの復興はままならないと見ていることをお伝えした(参考資料1)。
今回はその後のIntelの状況をフォローし、業績が果たして回復するかを再び検証しよう。

巨額CHIPS補助金受給決定で命拾い

米国のいくつかの大手企業がIntel買収を検討していると伝えられ、米投資会社は大規模の投資を提案しているとの報道もあったが、2024年末までに更なる動きは見られなかった。

一方で、米国商務省は、11月26日に米国本土における半導体製造力強化のための「CHIPSおよび科学法」に基づき、Intelに対して78億6500万ドル(1兆2000億円超)の補助金支給を最終的に確定した。商務省とIntelは昨年3月に、最大85億ドルの助成について予備的覚書を締結していたが、デューディリジェンス(企業の経営状態や投資計画の審査)の結果、6億ドル余り減額された。商務省は、すでに20数社に補助金を支給することを決めているが、その中で断トツの最大支給額である(参考資料2)。

加えて政府融資も110億ドル(1兆7000億円超)と業界最大規模だ。巨額赤字で財政難のIntelにとって天の恵みともいえる補助金と政府融資で、アリゾナ州、ニューメキシコ州、オハイオ州、そしてオレゴン州の製造施設の新設・拡張や最新製造装置導入に使われることになっている。これは、米国政府との契約であるから、後には引けず猛進するしかない。ましてや企業売却やファウンドリ事業の身売りは不可能になった。


12月に入りIntelにCEO退任という突然の事態が発生

Gelsinger CEO(図1)が12月1日に取締役を辞任するとともに即日退社したと同社が翌2日に発表した。この突然の退任をどの米国メディアも以前に予想しておらず驚きをもって伝えた。


Pat Gelsinger氏 / Intel

図1 2024年12月1日に突然Intel 取締役とCEOを退任し即日退職したPat Gelsinger氏。事実上の解任とみられている。 出典:Intel


David Zinsner(デビッド・ジンスナー)最高財務責任者(CFO)と製品部門責任者のMichelle Johnston Holthaus(ミシェル・ジョンストン・ホルトハウス)CEOが暫定共同CEOに就任した。そして、取締役会は、CEO適任者を世界中から探して近く指名するとしていたが、昨年末までには指名には至らなかった。米国証券関係者の多くは、誰がやってもうまくいくまいと見ている。

Intelは、去る9月の取締役会を開催して時間をかけて今後の戦略を議論し、Gelsinger氏が「最も大胆な再建計画」を発表し続投することになったが、その後も株価は全く回復せず、Gelsinger氏の経営手腕を疑問視する有力投資家(大株主)の圧力により取締役会は同氏に退社かさもなければ解雇を迫ったため、同氏は自主退社の道を選んだと伝えられている。

会長となったFrank D. Yeary(フランク・イアリー)取締役会議長は「私たちは、投資家との信頼回復に尽力する」と述べる一方、Gelsinger氏は、Intelが同氏の退任を発表した文書のなかで、「今日はほろ苦い気持ち」と複雑な感情を吐露している。


株価は回復せず時価総額は下落一途で赤字は増える一方

Gelsinger氏が2021年2月15日にCEO に就任した際には、まるで救世主の降臨のごとく大歓迎されたが、それ以来、4年足らずの就任期間中に四半期売上高は3割下落、時価総額に至っては6割も下落しており、直近の2024年第3四半期(7〜9月期)に過去最大の166億ドル(約2兆5000億円)もの赤字を記録するなど業績がさらに悪化した。

主力のパソコン向け半導体事業が伸び悩む中、過去には、スマートフォン用半導体への参入に失敗し、さらに最近は急成長する人工知能(AI)向け半導体の開発で後れを取り、トップに躍り出たNvidiaとの差は広がるばかりだ。Gelsinger氏は、ファウンドリ(製造受託)事業に本格参入し、2030年までに世界2位を目標にすると宣言し、社外資金を調達しやすいように社内分社化した。しかし、ロジックデバイス製造歩留まりが長期にわたり低迷の上、最先端プロセス開発費や設備投資が雪だるま式に増加の一途で、ファウンドリ事業は直近の第3四半期だけでも 9000億円(58億ドル)もの赤字となっている。

Yeary取締役会議長は、「私たちは何よりもまず、(ファウンドリ事業ではなく)『製品グループ』をすべての活動の中心に据えなければならない」と述べ、PC用半導体や先端ファウンドリの需要を過大視して製造能力の急激な増加を企てたGelsinger 氏の批判ともとれる発言をしている。


社運を賭けるIntel 18Aプロセスは完成していない

TSMCの2nmロジック試作段階の歩留まりは、すでに60%を超え70%に達しようとしており、今年後半の量産開始は確実だが、SamsungやIntelの歩留まりは10%にも達していないとのうわさが絶えない(参考資料3)。


Naga Chandrasekaran氏 / Intel

図2:2024年7月末に、IntelコーポレートEVP(上席副社長)、最高グローバル業務責任者、Intel Foundry EVP 兼GM(ゼネラルマネージャー)に就任したNaga Chandrasekaran(ナガ・チャンドラセカラン)氏、それまで米Micron Technology 技術開発SVPだったがIntelに引き抜かれた。 出典:Intel


Gelsinger氏が、「18Aプロセスはほぼ完成した」と強調していたのとは対照的にIntel EVPでファウンドリ事業責任者のChandrasekaran氏(図2)は「成功とみなされるには、まだ多くのマイルストーンを達成しなければならない」と慎重な見解を示した。Gelsinger CEO退任の2日後の12月4日に米国アリゾナ州で開催されたUBS グローバルテクノロジ―コンファレンス でのことである(参考資料4)。このリスクに加えて、18Aはモバイル向けではなく、HPCにしか適さないことが判明したという。設計次第では、モバイル向けに活用できる可能性も残されてはいるが、顧客との連携が遅れているため、早急には無理だという。18Aについては今後2〜3年の最大の顧客はIntel製品であり、18AのPDKはIntel製品に特化しており、広範なファウンドリエコシステムには十分には対応できていないという。同氏は、次の14Aに期待をかけることを示唆したが、それまでにTSMCとの勝負はついてしまうのではあるまいか。


「Intel建て直しには企業文化の大きな変革が必要」

米Micron TechnologyからIntel に昨年7月末に移籍してIntel FoundryのGMに就任したChandrasekaran氏(図2)は、数カ月にわたりIntelの内情を見聞した結論として、「Intelは『企業文化』の大きな変革が必要だ」と前述のコンファレンスで述べた。Intelの研究開発と製造の連携が不十分で多くの改善が必要で、Intelの製造部門には『継続的改善』の意識が十分根付いていない」と苦言を呈した。

当面、Intel再建のカギを握るのは、ライバルに追いつくためにGelsinger氏がヒトとカネを集中的に投入した1.8nmプロセスでの量産を2025年上半期(当初の計画では2024年下半期だった)に果たして開始できるか、そしてNVIDIAやAMDに対抗できるAI(人工知能) 向けGPUを一刻も早く開発できるかということだろう。業界では、いずれも短期間では困難との見方が有力である。

Intelは全従業員の15%にあたる15000人以上の従業員の削減、1.5兆円規模のコスト削減を実施中である。相次ぐリストラで技術力も社員の士気も上がらず、NVIDIAなどライバル企業への転職が止まらない。一刻も早く辣腕CEOを迎えて積極的な投資で大胆な経営・技術革新を断行して、伝統的な企業文化をも革新し、かつての輝きを取り戻すことが期待される。しかし、そのような人物を見出すことはできるのだろうか。

(なお、本稿は2024年末時点の最新情報に基づいているが、事態は流動的であり、その後変化する可能性がある。)

参考資料
1. 服部毅、「トランプ大統領就任前に米商務省、半導体メーカーへの補助金支給を相次ぎ確定」、セミコンポータル、(2024/12/25)
2. 服部毅、「世界先進ロジックファウンドリの中で一人勝ちのTSMCの戦略を読み解く」、セミコンポータル、(2024/11/12)
3. 服部毅、「TSMCが新竹での2nm製造を2025年1月より開始か?」、マイナビニュースTECH+、(2024/12/12)
4. 「UBSグローバルテクノロジーコンファレンス」、Intel ニュースルームIRカレンダー、(2024/12/04)

Hattori Consulting International代表、国際技術ジャーナリスト 服部毅
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