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米中の半導体新仕組みやTSMCの日本での活動などの疑問を明確に

SPIマーケットセミナー「世界半導体市場、2022年を議論しよう」がオンライン形式で2月16日に開催され、Omdia主席アナリストの南川明氏が「2022年の半導体市場」について講演し、引き続きセミコンポータル編集長の津田建二氏が市場調査会社各社の見方を紹介した。 私もコメンテータとして参加させていただいた。

活発な質問が多数寄せられたが、津田編集長から回答するように振られた質問は、機微な内容を含んでいるので、この場を借りて改めて詳しい解説を交えつつ丁寧にお答えすることにする。米国の競争法成立の見通し、中国の半導体越境産業サービス工作委員会、TSMCの日本での活動などについて紹介する。

米国競争法成立の見通しに関して

Q:中国に対抗して米国での半導体製造強化する「米国競争法案」の成立見通しは?
A:米国連邦議会下院は2月4日(米国時間)、米国の中国に対する競争力強化を目指し国内産業界を支援する包括法案であり、米国半導体製造を強化するための520億ドル(約6兆円)の政府出資を含む「米国競争法案(The America COMPETES Act of 2022)」を賛成222、反対210という僅差で可決した。

今回下院で可決された法案はこのまま成立するわけではなく、成立までには再び上下両院での手続きを経なければならない。上院はすでに2021年6月に類似の「米国イノベーション・競争法案(United States Innovation and Competition Act of 2021 (USICA)」を超党派で可決しているが、上下院で可決された法案は内容がやや異なるため、議会事務局が今後、上下両院で可決された法案を擦り合わせて調整し、一本化した修正法案を上下院が再可決したうえで、ホワイトハウスに送られてバイデン大統領が署名して成立する運びになっている。

しかし、米国競争法には、中国の内政を非難し制裁する内容が含まれており、中国政府(在米中国大使館)が激しく抗議している。さらに野党・共和党が法案の一部の内容に強く反発してこの法案に反対票を投じたため、調整作業の難航や議事妨害などが予想され、法案成立ははっきりとは見通せていない。調整作業に少なくとも数ヵ月を要すると議会関係者は見ている。それ以降でなければ補助金は支給されず、GlobalFoundriesは、補助金受給のめどが立つまでニューヨーク州のファブ8の拡張工事を延期したほどだ。6兆円支給が決まったとしても多数の半導体・装置・材料メーカーなどで山分けすることになるので、1件当たりの補助金は、日本政府が熊本に進出するTSMCの合弁会社に支給する額よりは少なくなる見込みである。なお、この予算には、日本の装置材料メーカーを米国に誘致するための費用も含まれていると米国商務省は朝日新聞峰村記者の取材に答えている。TV情報番組でこれを聞いた甘利明自民党半導体戦略推進議員連盟会長は、「日本は米国の同盟国なのに・・・」と絶句していた。こんなことでは、America Firstの国に足元をすくわれかねない(参考資料1)。

中国半導体越境産業サービス工作委員会の役割は何か

Q: 中国の半導体越境産業サービス工作委員会が今後の米中関係に及ぼす影響は?
A:  半導体越境産業サービス工作委員会というのは、米商務省が中国の一部の企業に輸出規制をかけている米国の先端技術には依存せず、米国の制裁の影響を受けない国際的な半導体サプライチェーンを構築しようと中国商務部投資促進事務局が設立を準備している国境を超えた半導体産業のネットワークである。Intelはじめ米国企業とは、さらに積極的かつしたたかに協業を進めようとしている。米国企業にとっても中国は巨大かつ有望な市場であるから売り上げを伸ばすチャンスであり、お互いwin-winの関係を構築しようとしている。日本の装置材料メーカーにも参画するように要請している。

この仕組みは、中国勢が海外企業と協業することを中国政府が支援・奨励する仕組みであるから、中国が対抗的に米国側を制裁するためのものでも抗議する目的のものではない。米国政府は、自由貿易を守る国際ルールで認められた正当な理由(国家の存続を危うくする国家安全保障侵害とか人間としての尊厳を冒す人権侵害など)なく、米国企業が中国勢と取引することを禁じることはできない。もし米国にも同様な組織ができて、日本企業に踏み絵を迫ってくる可能性はないとは言えないが、それまでは、米国に忖度して中国市場を失うことなく、中国にも米国にも工場持つTSMCのしたたかな戦略を見習う必要があろう。政治家は、国際緊張をあおるような言動は避けて、国際緊張を軽減し自由貿易を守るように手腕を発揮してほしいものだ(参考資料2)。

TSMCは熊本以外にも前工程工場を建設するか

Q:南川さんのプレゼン資料で「北九州、熊本、北上にTSMCが28-16nmの工場建設」とあったが本当か。
A: あとで南川さんにお尋ねしたところ、以前の資料をそのまま載せてしまったとのこと。経済産業省が以前海外企業の誘致を計画しはじめた際の資料ではないかと思われる。南川さんによれば北九州や北上の計画はすでに消えたという。経産省がTSMC誘致活動を始めたころ、一部のメディアが経産省のリークをもとにしたこの種の憶測記事を載せていた。

なお、TSMCとソニー合弁のJapan Advanced Semiconductor Manufacturing (JASM、熊本県菊陽町)は、2月15日にデンソーの少数持ち分投資発表に際に、当初の特殊技術(イメージセンサー)向け28/22nmプロセスに加えてロジックデバイス向け16/12nmプロセスが生産対象に追加されたので、JASMの守備範囲は28nm〜12nmに拡大された。

TSMCは日本に後工程工場を建設するか

Q: TSMCは、後工程の研究所を筑波に設置しましたが、そこでの成果を取り入れる後工程の工場も日本に設置するのか。
A:TSMCのC.C. Weiは、昨年、3DIC研究開発センターを筑波に設置する件に関する機関投資家の質問に答える形で「後工程工場を日本に設置する計画はない」と明言している。これが今のところ最新かつ正確なTSMC見解である。

日本での研究成果は台湾の最先端後工程ファブに取り入れるとのこと。もちろん、台湾でも最先端実装技術の研究開発は続ける。しかし、いつものことながらTSMCの見解は絶対的なものではなく、熊本進出見ればわかるように、政府の補助金や顧客要望などの外部要因で変化するので、今後どうなるかは誰にもわからない。

TSMCの政府補助金の支払い形態は?

Q:日本政府によるTSMC熊本投資額の半額支払いはどのような形で行われるのか。 
A: 昨年12月の臨時国会で「特定高度情報通信技術活用システムの開発供給及び導入の促進に関する法律及び国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構法」(略称:5G促進法・NEDO法)の一部を改正する法律案が成立し、2022年3月1日に施行されました。経済産業省はNEDOを通して複数年度にわたりTSMCに「助成金」として国家資金(税金)を投入できることになった。この法律による助成金支給の適用第一号がJASMとなる。

なお、本回答は2月末時点の情報に基づいており、その後事態が変化する可能性がある。

参考資料
1. 服部毅、「米議会下院が520億ドルの半導体製造支援法案を可決、法案成立に向けて前進」、マイナビニュースTECH+ (2022/02/07)
2. 服部毅、「中国政府が『半導体越境産業サービス工作委員会』を設立、海外企業との協業強化へ」、マイナビニュースTECH+ (2022/02/09)
      

Hattori Consulting International 代表 服部毅

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