Intel新CEO就任秘話:出戻りの新CEOは危機直面のIntelを救えるか?
Intelの2020年売上額は前年比8%増と業界平均でしかなく、第4四半期は前年同期比1%減だった。これに対してIntelのライバルAMDの2020年売上高は前年比45%増、4Qに限れば53%増という急成長ぶりで、インテルの市場シェアを脅かしている。
そんな中、Intelは2021年1月13日(米国時間)に臨時取締役会を開催し、突然CEOの交代を発表した。財務出身の現経営最高責任者(CEO)であるBob Swanが異例ともいえるわずか2年で退任し(事実上解任され)、12年前にIntelを依願退社していたPat Gelsingerが2月15日付けで8代目の新CEOに就任するという「出戻り」人事を発表した。インテルは今回の人事発表について、2020年の財務実績とは無関係だとしているが、業界関係者は誰も鵜呑みにはしていないだろう。
「テクノロジー熟知したPh.D.保持者でなければIntelを救えない」−T.J. Rogers
CEO交代発表は突然のように見えるが、ライバル各社の株価が高騰する中、Intelは製造技術力低下による危機直面で株価は低迷の一途で、モノ言う株主のIntelトップに対する不満は強まるばかりで、シリコンバレーの半導体コミュニティでも「CEO交代させねばIntelは危うい」との論調が高まっていた。
シリコンバレーの論客で、Cypress Semiconductorの創業者兼元CEO(現在は業界からリタイヤ)のT. J. Rogersは、昨年末に全米に放映されたテレビニュースのインタビューで、「Intelのようなハイテク企業では、Ph.D(博士号)を保有する、テクノロジーを熟知した人物をCEOに就任させぬ限り危機を乗り越えられない」と強く主張していたことを津田編集長が紹介している(参考資料1)。
しかし、選ばれた新しいIntel CEOはPh.D.を保持していない。これについては、面白いエピソードがシリコンバレーで語られているので紹介しよう。まずは彼の経歴を調べることから始めよう。
図1 2月15日にIntel CEOに就任するPat Gelsinger氏 出典:VMware
18歳でIntelに入社、30年後に依願退職
Gelsinger氏は、1月14日付けでIntel全社員にあてた書簡で、「1979年に18歳でIntelに入社した」と述べている。日本なら高校卒業ということになるが、彼は「Lincoln Technical Instituteを出てすぐに」と追記している。同校は、全米展開している営利目的の職業訓練スクールであり、高校を飛び級で終えてから電気工学の実務を習得しようとしていたようだ。インテルに品質管理部門のテクニシャン(エンジニアの補助職)として入社した彼は、会社の便宜により、勤務しながらIntel本社の近くにあるSanta Clara大学(上智大学と同じカトリック・イエズス会が経営する4年制大学)で電子工学を専攻し4年後の1983年に学士号を得たのち、Stanford大学大学院修士課程を1985年に修了した。学業と会社勤務の両立はさぞかし大変だったろう。
余談だが、Stanford大学は、半導体に関する専門授業はすべてIntelはじめ近郊の企業に数十年前からCATVでライブ配信されており、しかも同大学で修士号を得るには授業で所定の単位を取得さえすれば修士論文が不要なので、企業にフルタイムで勤務したまま修士号を取得することは今も昔も可能である。今ではすべての講義がインターネット経由で世界中のSFH(Study from Home)学生に配信されている。
Gelsinger氏は、修士課程修了後、博士課程に進みたかったが、教授が主宰する研究室に属して研究しなければ、授業を受講しただけでは博士号を取得できない。そこで、以前から目をかけてくれていた Grove社長(当時)に退職の相談に行った。
「本物の飛行機を飛ばす気はないか?」−Grove
その時、Grove氏は「スタンフォード大学でシミュレータ上の飛行機を飛ばしてそれで満足するか、ここに残って本物の飛行機を飛ばすつもりはないか」といって、Gelsinger氏がIntelに留まるよう説得し, 弱冠25歳の彼を、これから開発を計画していた80486プロセッサのデザインマネージャーに任命した。これが、のちにIntelにとって人気の高いドル箱商品となり、彼はIntel史上最年少の32歳でVPに昇格した。
彼はCPU設計技術一筋で、30年勤務し十数種類のCPU設計を陣頭指揮しIntel の初代CTOに任命された。そしてシニアバイスプレジデントに上り詰めたが、2009年、彼が主宰し基調講演を行うことになっていたIntel Developer Forumの開催直前に、理由を明らかにせず突然Intelを依願退職してしまった。文系出身の当時のCEOのマーケット重視の経営に息苦しさを感じ自分の活躍の場がますます狭まるのが耐えられなかったようだ。彼はストレージサプライヤのEMC(現Dell EMC)へ転職した。そのころからIntelの技術的凋落が始まったと見る向きがシリコンバレーの半導体関係者には多い。彼は、2012年以降、EMC傘下のクラウドコンピューティング向け仮想ソフトウェアサプライヤであるVMwareのCEOを務めていた。Intel取締役会は、彼がVMwareの売上高をほぼ3倍に増やすことに成功したことを評価したと説明している。
VMwareのCEOとして同氏はシリコンバレーで5指に入る高給取りだったが、Intelは、彼を呼び戻すために基本給175万ドル、雇用契約ボーナス175万ドル、年間ボーナス最大340万ドル (業績により変動)、無償株式報奨1億ドル相当、株式購入マッチング報奨として最大1000万ドル相当(Intel株式を購入したら同数の株式を無償贈与)の合計1億1690万ドルを提示したと伝えられている。
表 Intel 歴代CEOリスト Gelsingerが名前を挙げた歴代トップ3名を赤字で示す(敬称略)。彼はこの3名のリーダーシップの伝統に戻ると宣言した。青字は文系出身者。Ph.D.=博士号(上記はすべて理系)、M.A.=文系修士号、M.S.=理系修士号、B.S.=理系学士号、MBA=ビジネススクール修士号 出典:Intel社史などを参照し筆者作成
「Moore, Noyce, Groveのリーダーシップの伝統を継承する」−Gelsinger
Gelsinger氏は就任に際し、「Moore、Noyce、Groveらの歴代トップの足元で学んだので、このリーダーシップの伝統に戻ることは私の特権と名誉である。私は、世界のデジタルインフラを構築してきたIntelの豊かな歴史と強力なテクノロジーに多大な敬意を払っている」と述べ、我こそが技術を重視するIntelの基礎を築いた3名の跡を継ぐ正統派人材であることを誇張している。彼が入社当時、Moore氏が会長、Noyce氏が(共同創業者のMoore氏と会長職を交代した)副会長、Grove氏が社長だったので、この順に名前を挙げたようだ。彼はそれ以降の多くのCEO達のやり方から決別しIntel 伝統の技術回帰を鮮明にした。
しかし、「微細化の優位性をTSMCに奪われてしまい、主力のパソコンやデータセンター向けCPUでAMDにシェアを奪われ、かつAI分野ではNVIDIAが支配的な地位を確保しつつあり、存在感はほとんどない」(注1)という劣勢なIntelの現状から早急に挽回することは至難の業だろう。
Gelsinger氏は1月の全社員会同に顔を出し「私たちはクパチーノ(注2)のライフスタイル創造企業が作れるものよりも優れた製品をPCエコシステムに提供できるようにならなければならない」と目標を語ったといわれている。彼にとって最初の大仕事は、2023年に商品化予定の7nmプロセスによるCPUの製造をどこで行うかの決断だろう(参考資料2)。いままでIntelをやめていった大物設計技術者の呼び戻しが始まっているといわれているが、すぐに新たなマルチアーキテクチャXPUが開発できるというわけではあるまい。12年ぶりに古巣に戻った浦島太郎のような新CEOの手腕を世界中の半導体・コンピュータ関係者が見守っている。
注1. ソニーに半導体事業の分離を迫ったモノ言う株主として知られるアクティビストファンドThird Point のCEOがIntel取締役会長に昨年末に送ったとされるIntel経営を辛らつに批判する書簡。詳しい背景説明は、参考文献3を参照。
注2. 巨大なApple本社が所在することで知られる米国カリフォルニア州シリコンバレー中心部の都市名
参考資料
1. 津田建二「IntelのCEOに、技術に強いPat Gelsinger氏が就任へ」 セミコンポータル (2021/01/15)
2. 服部毅「Intel、7nm CPUの外部製造委託の最終判断を新CEO就任後に先送り」 マイナビニュース (2021/01/22)
3. 服部毅「岐路に立つIntel、物言う株主がIDM事業の抜本的な見直しを要求」 マイナビニュース (2021/01/07)