IntelのCEOに、技術に強いPat Gelsinger氏が就任へ
かつてIntelのCTO(最高技術責任者)を務めていたPatrick Gelsinger氏(図1)が新CEOに決まった。Intelに30年以上在籍し、同社のプロセス技術をけん引してきた。創業者のRobert Noyceやムーアの法則で有名なGordon Moore氏、ビジネス書籍「パラノイアだけが生き残る」を記したAndy Grove氏などから、技術と経営を学んでいた。これまでIntelのCEOだったBob Swan氏は2月15日に退任する。
図1 Intelの新CEOに就任するPat Gelsinger氏
Gelsinger氏はIntel退社後EMC、そしてVMwareに入社、2012年からその仮想化ソフトウエア会社のCEOを務めていた。Gelsinger氏がVMwareのCEOを退任するというニュースが流れた米国時間1月13日には同社の株価は6.8%も急落した。
Intelの最近の業績を見ると、低迷ぶりがよくわかる。2020年の第2四半期まではテレワーク需要を受け比較的順調に成長していた。しかし、第3四半期は前年同期比10%減という残念な結果に終わった。得意なデータセンターへとシフトしていたのにもかかわらず、データ部門は業績を落とした。IntelはPCビジネスからデータビジネスへとシフトしていたが、テレワーク需要をうまく取り込むことができなかった。PC部門の売上額はわずかに増えただけにとどまった。株価は少しずつだが落ちて行き、2020年の4〜5月ごろからAMDから大きく引き離される結果になった。
兆候は少しずつ表れていた。その前の第2四半期の決算発表で、7nmプロセスの立ち上がりの延期を発表した。TSMCが7nmプロセスサービスですでに大きな売り上げを手にしていたことと対照的だった。Intelは第3四半期の決算報告では、CPUの製造を自社工場ではなく、他のファウンドリに依頼することも選択肢にあると述べた。
AMDもPCビジネスに加え、データセンター需要も取り込もうとしていたが、テレワークによる急速なPC需要への対応を忘れなかった。しかしIntelは対応できなかった。プロセス技術が7nmへの対応が間に合わなかったためである。
Intelは、7nmプロセスの遅れに対してプロセス開発のマネージャーをガラリと変えた。しかし株価低迷は止まらず、CEOのBob Swan氏に対する風当たりはますます強くなった。シリコンバレーの論客で、元Cypress Semiconductorの創業者兼CEOだったT. J. Rogers氏は、米国のニュース番組専門チャンネルのCNBC放送の12月31日におけるインタビューで、CEOを代えなければIntelは危ないと警告していた(参考資料1)。同氏は、Intelのようなハイテク企業では、Ph.D(博士)などの資格を持つ、もっとテクノロジーを熟知した人間をCEOにすべきだ、と主張していた。現に差を付けられたAMDのCEOは、Ph.Dの学位を持つLisa Sue氏(参考資料2)であり、彼女はIEEE Robert Noyce賞も2020年に受賞している。
このほど退任するBob Swan氏は、前CEOのBrian Krzanich氏が従業員と関係を持ったことが社内規定に触れ退任した2018年6月に、CEOとなった元CFO(最高財務責任者)であった。Intelに入社する前もずっと財務畑を歩んできた人物である。テクノロジーには詳しくないため、ワンポイントリリーフだと見られていた。2年余りCEOの地位にいたものの、テクノロジーに疎いため将来に向けた絵を自分で描くことができなかった。
Intelのプロセスは、TSMCやSamsungよりも微細なプロセスを使っていたと言われてきた。例えば、Intelの16nmプロセスはTSMCの10nmプロセスと同程度といわれており、TSMCの7nmプロセスはIntelの10nmプロセスよりも少し小さい程度だった。微細化がここまで進むと配線幅は40nm程度あり、どこの寸法が7nmなのかさえ不透明になっていた。しかし、一般投資家やアナリストにはそういった技術の詳細は通用しない。容赦なくIntelのプロセスは遅れている、と言っていた。
だが、TSMCの微細化のスピードは極めて速い。1月14日に開かれたTSMCの第4四半期決算報告会では、売上額の20%を、7nmプロセスの一つ先の5nmプロセスがすでに占めていた(図2)。第3四半期では10%程度しかなかったにもかかわらずだ。第2四半期には5nmプロセスは影も形もなかった。Intelがプロセス技術でもたついている間に、TSMCはあっという間にその先を走り、大きく差を広げていたのである。
図2 TSMCの売上額はすでに5nmプロセスが20%も占める 出典:TSMC
米国では、テクノロジーに付いていけない経営トップはやはり短期的なつなぎでしかないようだ。米国のソフトウエアベースの計測器メーカーで有名なNational Instruments社でも、2017年からCEOであった財務出身のAlex Davern氏は、2020年2月にEric Starkloff氏に代わった。Starkloff氏は、アプリケーションエンジニアから戦略立案のリーダーを務めていた。Davern氏が任命される前は、創業者のJames Truchard博士が1976年以来、2016年12月まで40年間、CEOを務めていた。
日本ではハイテク企業であってもテクノロジーに疎い人間がトップを務める例が実に多いが、これこそが、日本のテクノロジー企業が遅れている要因の一つかもしれない。半導体やITのようなスピードが求められる産業では、常にテクノロジートレンドに気を配っていなければハイテク世界から置いていかれる。テクノロジートレンドを先読みできる経営トップがいる企業は強い。
参考資料
1. 米国ニュース専門チャネルCNBC (2020/12/30)
2. CES2021、AMD CEOの基調講演;コロナで大きく変わったことは何か? (2021/01/13)