キオクシアはSK Hynixを味方につけるのかそれとも敵に回すのか?
韓国SK Hynixと米国Intelは、去る10月20日、SK HynixがIntelのNAND型フラッシュメモリとSSDストレージ事業を90億ドルで買収する契約を締結したと発表した。
この取引には、IntelのFab 68の買収 が含まれる。これは、中国大連にあるNANDフラッシュメモリ専用工場だが、Intelにとって68番目のファブというわけではなく、中国では6は順調な航行、8は繁栄を意味する数字であり、縁起を担いで名付けられたといわれている。もしも買収が最終承認されれば、SK Hynixは中国国内にDRAM量産ファブ(無錫)に加えてNAND量産ファブも所有することになる。Intelも本格的米中デカップリングに備えて大連工場を整理したかったのではなかろうか。すでにGloblalFoundriesの成都工場も閉鎖されている。
図1 SK Hynix本社工場(韓国京畿道利川市) 出典:SK Hynix
SK Hynix は、DRAM分野ではトップSamsung に次ぐ2位の地位を固めているが、DRAMよりプレーヤーの多いNANDフラッシュメモリ分野では、下位にあたる4〜5位をうろうろしてきた。NANDビジネスの6割以上がスマートフォン向けだったSK Hynixは、今回の買収でエンタープライズSSD市場における補完的な恩恵を受け、総合的なNANDフラッシュメモリ・ストレージメーカーとなれるだけではなく、NAND業界のシェアでキオクシアやその開発・製造パートナーであるWestern Digitalを抜き2位に浮上することとなり、その結果、NAND業界の再編を引き起こすことになる(表1参照)
表1 世界NANDフラッシュメモリ市場における各サプライヤの市場シェア
出典:*OMDIA調べ、**TrendForce調べ
SK Hynixはキオクシアと組めばSamsungを越えて業界トップに
SK Hynixは、米ベインキャピタルを核とした米日韓連合による東芝メモリ(現キオクシア)買収の際、新株予約権付社債(転換社債)として3950億円を拠出し、議決権ベースで14.96%のキオクシアオーナーになった。SK Hynixはキオクシアの合意がない限り、買収後10年間(2028年まで)15%超の議決権を保有することはできない。これは韓国企業の出資に難色を示した経済産業省への配慮によるものだが、上限15%という出資比率が課せられても、SKがためらいなく資金を拠出したのには理由がある。
10月初めに予定されていたキオクシアの東京証券取引所への上場は、米国の対中半導体輸出規制などキオクシアに不利な条件が重なり、来年に延期されたようだが(参考資料1)、SK Hynixは、キオクシアがいずれ上場すれば、その株式の一部(14.96%)を手に入れることが決まっており、正式にキオクシアの3番手の大株主となる。その暁には、キオクシアのパートナーであるWestern Digitalも含めれば、このSK Hynix-Intel-キオクシア-Western Digitalの日米韓連合の市場シェアは単純合算で5割を超えるし、WDが加わらなくても、4割を超え業界トップのSamsungを抜くことになり、中国勢の参戦にも余裕で対抗できる。実際にそんなコラボレーションが起きるのだろうか?
SK Hynixは、日米韓連合によるキオクシア買収後、10年間(2028年まで)キオクシアの議決権の15%以下しか保有できない契約となっており、あと8年ほどは、これ以上の株式の買い増しができないようになっているが、これを別な言い方をすれば、8年後には巨大化したアグレッシブなSK財閥グループがキオクシアを買収することもありうるということだ(注参照)。また、現行の契約も関係者が同意すれば−経済産業省は反対するだろうが−8年も待たずに変更は可能である。ベインのような外資ファンドは、株価を吊り上げて利益を回収したらさっさとキオクシアから手を引くだろうし、半導体事業はこりごりとしNAND事業を売却しシステムLSI事業からも撤退を決めた東芝もキオクシアの株を手放せば、キオクシアはSK Hynixの手中に収まる可能性が高い。
ただし、Western Digitalは、SK Hynixと東芝メモリ買収で競って敗れたこともあり、SK Hynixのキオクシア経営参画に強く反対したこともあり、このコラボレーションには反対する可能性が高い。2014年に、四日市工場で東芝(当時)と共同で開発・製造するサンディスク(現Western Digital)の社員を通じ、SK Hynixが東芝のNAND型フラッシュメモリの情報を不正に入手したとして、東芝はSK Hynixに1100億円の損害賠償を求める訴えを起こしたことがあった。これに対して、SK側が東芝に300億円の和解金を支払うことで解決したばかりか、両社は技術提携をさらに強めることを発表した。事実、SK Hynixと東芝は次世代メモリ(SK Hynix本社研究センタ拠点)やナノインプリントリソグラフィ(キオクシア横浜テクノロジーキャンパス拠点)の共同研究を行う協業パートナーである。キオクシア四日市工場の半導体製造装置は同社とWDの共同出資となっており、企業(土地、建物、人材など)のオーナーと製造装置のオーナーが異なる特殊事情が、東芝の東芝メモリ売却のネックとなったが、WDがキオクシアを丸ごと買収でもしない限り今後も尾を引きそうだ。
キオクシアの新棟建設はSK Hynixに対抗した攻撃的投資か?
キオクシア(旧東芝メモリ)は三重県四日市市に1兆円を投資し、NAND型フラッシュメモリの7番目の製造施設であるY7棟建設を来春にも始めると10月29日に発表したが、韓国メディアは、これを「SK HynixによるIntelのNAND部門買収で、世界シェアがSK Hynixに逆転されてしまう危機に直面したキオクシアが攻撃的投資で活路を見いだそうとしている」(朝鮮日報)と分析している。つまり、キオクシアのライバルSK対抗策との見方である。
フレンドとエネミーを組みあわせたフレネミー(Frenemy)という造語がシリコンバレーで成長する企業同士の関係を象徴する言葉として使われることが多いが、SK Hynixとキオクシアの関係もそのような関係なのかもしれない。
SK創業者の甥である崔泰源(チェ・テウォン)氏率いるSKグループの果敢なグローバルM&A戦略は、キオクシアにとって脅威であるだろう。中国YMTCは、米国政府の制裁(米国製半導体製造装置の禁輸など)を恐れて今は鳴りを潜めているが、低歩留まりながら128層3次元NANDフラッシュメモリの量産を準備しているようであるから(参考資料2)、SK HynixはIntelの買収に加えてキオクシアと連合を組んで、中国勢の追い上げをかわさねばならない状況がいずれ来るかもしれない。
注)SKグループは、半導体を今後の成長の柱の1つとして自己完結型の半導体垂直統合型エコシステムを構築しようとしている。SKグループの持ち株会社であるSK Holdingsの投資部門が司令塔となり、HyundaiグループだったHynix を買収したのに続きLGグループからシリコン基板メーカーのSiltronを買収した。SK Hynixは、キオクシアやMagnachipに資本参加し、さらには、韓国京畿道龍仁市に2022年からの10年間で120兆ウォン(約11兆円)かけて大規模な半導体クラスターを構築する計画がすでに政府及び地方自治体の承認を得ている。一方、SK SiltronはDuPontのSiC事業を買収し、SK Materialsは昭和電工と半導体用特殊ガスの製造メーカーSK Showa Denkoを韓国内に設立するともに、フッ化水素はじめ半導体素材の国産化にも熱心に取り組んでいる。なお、SK Hynixの李社長は、11月4日、2020年第3四半期の決算発表テレコンファレンスで、キオクシアの14.96%の株式取得に関して触れ、「Intelの場合は、短期的な収益を狙った買収だが、キオクシアの場合は長期的な視点に立った戦略的投資である」と述べて、将来に向けたキオクシアM&Aにつなげる戦略の一環であることを示唆した。
参考資料
1. 服部毅:「キオクシア上場やソニー売上にも影響が及んできた米国の対中半導体輸出規制」、 セミコンポータル (2020/10/07)
2. 服部毅:「YMTCの128層NANDの実現でNAND市場の勢力図は変わるのか?」、マイナビニュース (2020/04/24)