キオクシア上場やソニー売上にも影響が及んできた米国の対中半導体輸出規制
キオクシアは、10月6日に予定していた東京証券取引所への上場手続きを延期する、と9月28日発表した。米国商務省の8月17日付け通達によりキオクシアが主要顧客の一つであるHuaweiへのNANDフラッシュメモリの輸出を全面的に取りやめざるを得なくなったため、業績の先行きが不透明になり、同社の株式価値が大幅に下落してしまい、キオクシアが想定していた公募株価が内外の投資家の支持を得られそうにはないのが上場延期の主因だと業界関係者は見ている。
ソニーの子会社であるソニーセミコンダクタソリューションズも、Appleに次いで2番目に取引の大きな顧客であるHuawei(ファーウェイ)への特注ハイエンドCMOSイメージセンサ(CIS)の輸出を9月15日以降止めざるを得なくなっている。ソニーのHuaweiへのCIS販売額は非公表であるが年間数千億円規模とみられており、これを一気に失えば、業績への影響は避けられない。もっとも、今後はHuawei以外の中国スマートフォンメーカーに拡販するという手もあるが、ソニーにとって得意ではない低価格競争に巻き込まれることになろう。Huaweiがスマートフォンの製造を縮小、あるいは断念するようなことになれば、Huaweiを上得意客とする村田製作所、TDKはじめ電子部品業界への打撃も避けられない。このように、日本勢にも、米国政府の対中制裁措置が直接的に悪影響を与え始めている。
米国政府は米国製半導体のHuaweiへの輸出を許可
「米インテルは中国通信機器大手の華為技術(Huawei)に一部半導体製品を引き続き供給する許可を米当局から取得したとIntelの広報担当者が明らかにした」という速報をロイターが流したのは9月22日午後のことである。日本経済新聞朝刊に「ファーウェイと半導体取引、米、インテルなど一部許可」という見出しの記事を掲載されたのは4日後の9月26日のことだ。インテル広報はその事実を認め、日本AMD広報は「米国政府の方針に従う」とだけコメントした(つまり否定はしなかった)という。
しかし、中国メディアは、ロイター電よりも先にこれらの事実を正確に伝えていた。ロイター電も「すでに中国メディアが報道している」後追いであることを速報の中で明らかにしていた。そのメディアとは中国共産党中央委員会機関紙「人民日報」の姉妹紙で証券業界情報専門の「証券時報」と国際ニュース中心の「環球時報」(英字版“Global Times”)である。ともに、人民日報社が発行しているが、米国政府は今年6月に同社を報道機関ではなく共産党の宣伝機関と認定し、米国での業務や取材を制限している。
環球時報は、9月21日に付けで「AMDの上級副社長であるForest Norrod氏は、先週土曜日のドイツ銀行との定例会議で、同社が米国のエンティティリスト掲載企業の一部に自社製品を販売するライセンスを米国規制当局から付与されたと述べた。Norrod氏はHuaweiの名前こそ出さなかったが、同社にとって米国からの特別な承認を必要とする唯一の中国の会社であると述べた」と伝えた。さらに「Intelは、環球時報の問い合わせに対して、「かねてより申請していたライセンスを取得した」と伝えてきた」という。取材ソースを明示して記事の信頼性を高めようとしていることがうかがえる。このように米国政府から共産党のプロパガンダ媒体と名指しで批判された中国メディアがほかの海外メディアより早く正確な情報を速報したわけで、中国共産党傘下の媒体の米国情報収集ネットワークのすごさに驚かされる。米国政府から煙たがれるわけだ。
ところで、米国商務省は、中国勢に対する制裁措置で、禁輸や販売禁止ということばは使わず、「米国規制当局に申請してライセンスを得る必要がある」としている。商務省長官は原則としてライセンスは発行しないと明言しており、実質的には禁輸措置と同じといわれてきた。今回は、例外的にIntelとAMDにライセンスを発行した。なぜか?
上海でHuaweiがIntelと共同開発したサーバーを共同発表
環球時報によれば、「トランプ政権はすでにHuawei全体を停止させることはできないことを認識しているため、競争力のある5Gモバイルビジネスを絞め、競争力の低いパソコンなどのビジネスについては手を緩めるという新たな戦略を採用し始めたようだ」とし、その一方で、米国がHuaweiのモバイルや基地局などの6G関連事業に対する規制を放棄することはないと見ている。
Huaweiは9月22日に上海で開催した「Working Together to Drive New Value - FusionServer Pro V6 Launch (新製品発表)」のイベントで、米Intelと共同で当核サーバーを発表した。そのイベントでHuaweiから最も重要なグローバルパートナーの1社として紹介されたIntelは同社の最新のプロセッサも紹介した。このHuawei/Intelイベントは世界に配信され、プレスリリースとしても発表されている(参考資料1)。
図1 中Huaweiと米Intelが共同発表したインテリジェントサーバー
出典:2020年9月22日上海で開催された発表会に関するHuaweiのプレスリリース
米半導体業界は中国制裁施策に反対しつつ輸出ライセンス取得めざすロビー活動強化
米国の半導体メーカーや装置・材料メーカー各社は、米国政府の中国ハイテク企業に対する制裁の強化により、世界最大の市場である中国市場での売り上げの減少に直面している。そのため、米半導体工業会(SIA)や半導体製造材料の業界団体であるSEMIは、会員企業とともに、米国政府の自由貿易を阻害する諸政策に反対を表明しつつ、輸出許可ライセンス取得に向けたロビー活動を強化してきた。このような活動が奏功して、米国政府は、米国半導体企業に5G技術に直接関係ない分野のCPUチップのHuaweiへの販売を改めて許可したのではないかとみられている。トランプ政権も、米国の大手企業を敵に回して世界最大の中国市場にアクセスを禁じ、米国企業の業績を悪化させるような政策を打ち続ければ、大統領選挙にも悪影響を及ぼすだろう。
しかし、米国商務省の規制当局が、米国議会の国会議員へのロビー活動に巨額の費用を使っている米国企業にだけ輸出許可ライセンスを与え、米国の主権の及ばない海外(日本、韓国、台湾、中国など)の半導体企業の一部中国企業への半導体供給を事実上禁止し続ける不公平さに対して、不満が募ることが予想される。
不透明かつ不公平になってきた米国の対中制裁措置
現在、世界の大手半導体メーカー各社(Qualcomm, MediaTek, SMIC, Samsung, SK Hynixなど)は、Huaweiへの製品供給を継続するライセンスを米国政府に申請していると伝えられている。キオクシアやソニーなど日本企業もダメもとで申請中のようだ。韓国勢は、現在、米国政府の措置に従い、半導体メモリのHuaweiへの出荷を止めているが、ライセンスに許可が下りてはいない。現に、韓国メディアの一部は、韓国勢の半導体メモリの輸出を許可しないでいる米国政府の「二重基準」に疑問を投げかけている。環球時報は、「米国企業はライセンス取得に向けて首都ワシントンでのロビー活動を強化するほか、米国外のライセンスを取得する可能性が低い企業は、協力して米国の制裁に違反して生き残りを図る可能性がある」との見方を伝えて、(中国共産党系メディアらしく?)米国規制当局をけん制している。
米国企業が9月初めに中SMIC制裁を検討し始めたことが明らかになって以来、米中台の半導体業界の動きが活発化していたが(参考資料2)、その後、商務省は公式発表せぬまま極めて不透明な形でSMICと取引のある米国企業に輸出許可ライセンスを要求しはじめたようである。一方、中国政府は「中国製造2025」の進展を阻害する恐れのある『NvidiaによるArm買収』を阻止する可能性が高いと多数の中国メディアが伝えているが、これについてはいずれ筆を改めて議論したい。
注)本稿は9月末時点の最新情報に基づいておりますが、事態は流動的で、その後情勢が変化している可能性があります。
参考資料
1. “Huawei and Intel Jointly Launch the Next-Gen FusionServer Pro V6 Intelligent Server” (「HuaweiとIntelが次世代インテリジェントサーバーを共同発表」) Huawei プレス発表 2020.9.22.
2. 服部毅:「米国政府のSMICへの制裁検討を受け、米中台の半導体業界の動きが活発化」 マイナビニュース 2020.9.25.