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GaNの常識を覆す1200Vの技術でEV市場を狙うパワー半導体ベンチャー

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高耐圧のパワー半導体には、物質特性としてSiよりも絶縁耐圧の高いSiCやGaNの方が有利だ。しかしながらSiCでは1200Vの耐圧を得られるが、高価でなかなか普及しない。GaNの横型HEMTトランジスタは650V程度しか耐圧が得られない。こんな常識がSi、SiC、GaNのパワー半導体でこれまでまかり通っていた。

これを覆すようなGaNデバイスを無名のベンチャーが開発した。パワー半導体を志すパウデック(Powdec)社だ。元ソニー中央研究所出身の河合弘治氏が2001年5月に創業した会社であるが、独自に開発した高耐圧GaNをコアとしてパワー半導体の新分野を切り開こうとしている。苦節10余年、2013年に特許を申請、以降13件の基本特許を取得した。海外特許も9件所有する。

これまで実際に試作を行い、高耐圧動作を実証するのに10年以上かかった。この間、耐圧3300V、6600V、1万Vの横型GaN HEMTパワートランジスタを開発試作してきた。技術開発力はあってもこの間、ビジネスはなかなか進まなかった。しかし、ようやく最近になってGaNビジネスが立ち上がり始めた。2020年4月に代表取締役社長に就任した成井啓修氏(図1)は、EV(電気自動車)市場の期が熟し始めたと見る。


パウデック社成井啓修代表取締役と八木修一氏締役

図1 パウデック社代表取締役の成井啓修氏(左)と同社取締役・電子デバイス技術総括の八木修一氏(右)


EVでは約4Vのリチウムイオン電池セルを直列に100個程度接続した400Vのバッテリパックがモーターを動かすエネルギーとなる。400Vのエネルギーをオンオフさせることでモーターを動かす交流を生み出すわけだが、ここに650Vあるいは750V耐圧のパワートランジスタが使われてきた。しかし、最近の急速充電ではこの程度の耐圧では不十分。800Vをクルマに加えて大電力で充電するからだ。このためパワートランジスタには1200V程度の耐圧が求められる。過渡的にノイズなどで1000V程度の高電圧が加わることも配慮している。現在、SiCがTeslaのEV「モデル3」に採用されている。しかしSiCは高価なため普及が進んでいない。

サファイア基板上に形成されるGaNは、青色LEDや照明用白色LEDですでに20年以上の実績を持っており、SiCほど高価ではない。しかし、これまでは数10Aの電流を流すパワー半導体では650Vまでしか耐圧がもたない、と言われてきた。その考えを覆す技術がパウデックのパワー半導体技術である。

簡単にそれを紹介しよう。GaNパワー半導体は、これまでは富士通が発明したHEMT(高移動度トランジスタ)構造を基本とし、電流は半導体表面に流れる横型タイプであった。パウデックは、この構造に手を加えて、電圧が加わったときに電界強度を一定にする構造(アンドープのGaN層)を導入したのである。

HEMT構造のトランジスタは、バンドギャップの広いAlGaN層とドープしないGaN層との界面に2次元電子ガスを発生させ、ドレインからソースへ平面上を電流が流れるデバイスである(図2)。サファイア基板上のアンドープGaNとさらにバンドギャップの広いAlGaNとの間の界面のアンドープGaN側に沿って2次元電子がソースからドレインへ走行していく。平面的に電子が走ることで、不純物散乱や格子散乱の影響をまともに受けにくいことから電子移動度が高く低抵抗で電流を流すことができる。p型GaNのゲートにマイナスの電圧をかけるとアンドープGaNに空乏層が広がり2次元電子ガスを遮断することで電流をカットする。いわゆるノーマリオン型のFETの一種である。


パウデックの基本技術1 / パウデック

図2 従来のHEMT構造に加えて、ゲートp-GaNとAlGaNとの間にアンドープのGaNを加えたことで、AlGaN層内部に分極を生じさせ、逆バイアスをかけた時に全ての2次元電子ガスを素早く排除できるようにした。このことでドレインーソース間の電界が均一になり耐圧を上げられるようになった 出典:パウデック


負のゲート電圧による空乏層はチャンネルまで伸びてきて2次元電子ガスをカットすることで電流が流れないだけではなく、ドレインとソースに残った2次元電子ガスも素早く排除することでチャンネル全体に渡り電界強度が一定になり、局所的に電界が高いところがなくなる。これが高耐圧にできたカギである。一般に電子や正孔が残っていれば局所的に電界が変わりそこに電界が集中すれば耐圧は低くなる。パウデックのHEMTでは、AlGaN膜の上にさらに別のアンドープGaN層を設け、AlGaN膜の上下に電子と正孔のミラー構造を設けることで、キャリアを素早く抜けるようにし、電界集中を避け電界強度を一定に保つようにした。

製造上でも、ランプ過熱によるMOCVD(有機金属化学的気相成長)装置においてウェーハを炉心管内の天井に配置し反応ガスが天井のウェーハに堆積するようにした。従来の装置では炉心管の底にウェーハを配置しその上に堆積していたが、炉心管の天井にも堆積する生成物がウェーハ上にときどき剥がれ落ちてしまうことがあったため、均一な薄膜を形成することが難しかった。歩留まりも上がらなかったという。

これら二つの基本技術の特許を取得している。しかも試作で確認しており、これらがパウデックの基本技術となる。

なぜ横型のHEMT構造にこだわるのか、またシリコン基板を使わずにサファイア基板を使うのか。実はシリコン基板上のGaNは、これまで低コストにできることから期待されていたが、結晶欠陥が多すぎて、HEMTなどのトランジスタではリーク電流が多すぎて実用的ではないという(図3)。また、Si基板は界面準位の多い(111)面でGaNを成長させているため、簡単にはSi LSIを集積できない。


Si以外のパワーデバイスの特徴 / パウデック

図3 縦型SiCとGaN、さらにGaN-on-Siliconとも比較 出典:パウデック


一方でウェーハの裏面から表面に流れる縦型のGaN結晶の研究もある。しかし、SiCと同様、高価だ。また縦方向に走っている結晶欠陥に沿って電流が流れると欠陥が増えてくるという。このため信頼性が悪かった。この点、サファイア基板上のGaNで構成する横型HEMTはリーク電流が少なく、大電流が取れるという。しかもサファイアは絶縁体であるから100µm程度に薄く削ることでパッケージの金属基板にそのままつなぐことができる。さらにその基板を放熱フィンにも直結できる。

デバイスの電流電圧などの静特性だけではなく、スイッチング特性などの動特性も測定している。デバイスもトランジスタだけではなくショットキーバリアダイオードも製作している。例えばトランジスタに400Vの直流電圧をかけ、20Aをインダクタ負荷のテスト回路において周波数1MHzでスイッチングする波形も測定している。ターンオン時間15.6ns、ターンオフ時間15.7nsときれいな波形を示している。またショットキーダイオードは、ノイズの少ない逆回復波形を示している。

パウデックのビジネスモデルは、3インチと4インチのサファイアウェーハ上にGaNエピタキシャル層を形成したウェーハの販売と、GaNトランジスタの製造販売、さらにゲートドライバICも搭載したパワーモジュールの製造販売、およびライセンス/ロイヤルティ販売である(図4、5)。小さなビルの試作工場にクリーンルームを設置し、結晶成長からデバイス製作まで手掛ける。試作開発用の製造ラインであるため、GaNトランジスタの製作には直径3インチと4インチのサファイアウェーハ基板を使っている。試作したGaNトランジスタのチップ面積は6mm×4mm。1枚のウェーハから数十個とれる。


パウデックのウェーハとトランジスタ、スマートフォンの大きさを比較

図4 GaN製品(中央)とそれを製作した3インチのGaNウェーハ(左)


パウデックのモジュール基板

図5 試作したGaNパワートランジスタを使ったモジュール基板各種


信頼性試験も終えており、高温逆バイアス試験では、150°C、1400Vで100時間、24個のデバイスをテストした。その結果、1000時間後でも壊れたダイオードはゼロであった。

成井氏は「GaNは日本生まれの半導体だからこそ、(今は米国のNavitasやPower Integrationsに負けているが)盛り返していきたい」とその熱意を語る。

(2023/02/10)

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