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完全固体薄膜電池のパートナーを求める英Ilika社

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完全固体の薄膜電池を英国のベンチャーIlika社が開発しているが、このほど使用温度範囲を大きく広げ、-40°Cから150°Cまで使える製品Stereax P180を開発した。これは自動車をはじめとする工業用に使えるレベルだ。同社のビジネスモデルは、IPベンダーであり、大手電子部品メーカーにライセンス供与することで、量産へつなげる意向だ。

図1 英Ilika社セールス担当VPのEmmanuel Till-Vattier氏(左)とCSOのBrian Hayden氏(右)

図1 英Ilika社セールス担当VPのEmmanuel Till-Vattier氏(左)とCSOのBrian Hayden氏(右)


Ilika社のテクノロジーは半導体プロセスと同様の薄膜プロセスを使うため、液漏れは全くない。このため最も安全な固体薄膜電池である。電池を製作する工程で使う基板はガラスでもシリコンウェーハでも構わない。ここでは厚さ650µmの6インチシリコンウェーハを使っているが、もっと薄い基板でも製造可能だ。同社は試作用のパイロットラインを持っており、この製造ラインで性能・機能を確認した。

電池はパッケージ後の最終形態でも1.0mmの厚さしかない。電池として働くアクティブエリアは1cm×1cmで、パッケージ後でも1.4cm×1.4cm程度ですむ。150°Cでの仕様は以下の通り。電流容量は180µAhで、電圧は3.4V、充電時間は90%になるまでわずか1分以下という。ピーク電流は18mA。150°Cでの充放電サイクルはこれまでのところ4000回は十分クリアしている。

この薄膜電池は、アノード(負極)、固体電解質、カソード(正極)の薄膜構造を積み重ねていく構造を採る(図2)。これらの成膜プロセス技術には電子ビーム蒸着法を使っている。アノードには一般的なリチウムイオン電池と似たような材料を使うが、カソードと固体電解質がリチウムイオン電池とは全く違う。特にカソードにはシリコンを用いている。また従来の全固体電池では、Liイオンが自由に動き回れるフリーLiイオンを利用しているため、きっちりとした封止が必要で、外に漏れると湿気や空気と激しく反応してしまう危険があった。今回の電池ではフリーのLiイオンはなく、Liが合金状態になっているため、反応しないという。


図2 薄膜を積層する構造 出典:Ilika

図2 薄膜を積層する構造 出典:Ilika


電池1層分で3.8Vの出力電圧だが、2層、3層の電池を直列接続すると、電圧を7.6V、11.4Vへと上げることが可能だ。スパッタリングとは違い、積層していくうえで下地へのダメージがないため、原理的には何層でも積層できるという。同社は、現在6つの特許を取得しており、電池内の材料構成と、電池製造工程、電池のセル構造に関するものだという。

期待される用途は、工業用IoTセンサ端末の電源だ。民生用IoTの市場は依然としてまだ見えないが、工業用IoTは工場の機械やインフラ設備に設置し、それらの装置や設備の寿命を見積り予防保全(predictive maintenance)を行ったり、装置そのもののパラメータを最適化したりする。着実なニーズはあるが、いくつかの市場調査会社のレポートとは違い、500億個が2020年までに出荷されるというほどの急速な動きはまだない。

工業用IoTでは、エネルギーハーベスティングと組み合わせてこの全固体薄膜バッテリを使うと威力を発揮する。一般に工場の機械や設備、また橋梁や鉄道などのインフラ設備でIoTを設置する場合には、人間の手が届かないような場所が多い。IoT端末を置く場合でも簡単に電池を交換できるような場所に設置する必要がない。自由にどこでも置くことができる。それがエネルギーハーベスティングの最大の強みであり、電源用の配線もいらない。今回開発した全固体薄膜電池は、工業用にピッタリの幅広い温度範囲を持ち、しかも薄い。

図3に示すようにサンプルはパッケージングしてあり、Ilikaはパッケージングした全固体薄膜電池とソーラーパネルを実装し、タブレットデバイスの温度を測定してBluetooth LE(low energy)回路からデータを飛ばすためのデモキットを作製している。このキットは市販のIC(Texas InstrumentsやRegadoなど)や部品、ソーラーパネル(シャープ)を使って設計した。


図3 ソーラーパネルと組み合わせて全固体薄膜電池を使って温度データをBluetooth LEで送信できる開発キット ボードの裏にソーラーパネルを張り付けている 出典:Ilika

図3 ソーラーパネルと組み合わせて全固体薄膜電池を使って温度データをBluetooth LEで送信できる開発キット ボードの裏にソーラーパネルを張り付けている 出典:Ilika


クルマへの応用も期待できるという。クルマには100個ものセンサが搭載されており、これらは必ず配線によってECUとつながっている。このケーブルの束(ワイヤーハーネス)は重いため、クルマの燃費を悪くする。クルマはできるだけ軽くしたい。このような要求でしかもミッションクリティカルではない部分にセンサ端末(IoT)を設置すればクルマを軽量化できる。クルマと同様に航空機も大量のセンサを使っており、ワイヤーハーネスの問題は大きい。こういった工業用途では戸外にセンサを設置することが多く、保存温度や動作温度は150°C程度が望まれる。

ビジネスモデルは、CPUコアのARMと同様、あくまでもライセンスとロイヤルティだ。量産可能な設備を持つ大手企業とパートナーシップを組みたいとしている。全固体薄膜電池の製造法からパッケージングを含む方法まで包括した技術ライセンスを結びたいとする。ビジネスモデルとして、OEMと一緒にカスタム仕様の電池を開発する場合もある。プロセス装置についても半導体装置メーカーと一緒により良いものをライセンス提供することもあるという。Ilikaはたくさんのビジネスモデルの選択肢を持っていることも特長だ。カスタマイズ、拡張性の選択肢もあり、装置産業などへも働きかけている。

これまでも固体薄膜電池の商品化はあったが、事業を断念するところが多く、全固体薄膜電池を製造することは容易ではない。材料の様々な組み合わせや、製造温度範囲などの製造条件の最適地を見つけることが困難だからだ。Ilika社は独自の試作ラインを持ち、実際に材料の組み合わせによって最適な特性の材料を得ている。材料は2種類、3種類の元素でもその組み合わせの数は無限に近いほどたくさんある。Ilikaは、数百種類という組み合わせを1回の生産プロセスで実現できる、コンビナトリアル手法(参考資料1)を開発したことで、全固体薄膜電池に最適な材料を得ることができた。

参考資料
1. 自己放電が少なく1万回の充放電サイクル可能な全固体Liイオン電池 (2016/04/27)

(2017/07/04)

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